女神のささやき・12月【1】
「梛。十二月の三週目なんだが、空いてるか」
「……」
任務後、依織にそんなことを尋ねられ、梛は思わず無の表情になった。彼女にこうやって声をかけられて、ろくなことになったためしがない。前は山狩りに行ったか。それ以外にも、コンクリートの壁に閉じ込められたり、依織を抱えたまま大型の妖鳥にさらわれたこともある。依織はいろんな意味で引きが強いのかもしれない。なので、梛が警戒するのはある意味当然だった。
「……特に予定はないけど」
大学の講義も、今年の分はもう終わっている。カリキュラム的にまだ講義はあるはずだが、大学の教授たちが年末は休みたい、と休講にした。
「そうか。では、私と双葉と一緒に温泉に行かないか」
「は?」
なぜ温泉。
「正確には、温泉街に面した山城の跡地だな。大和海に面した、景色のいいところだ」
「……それってただ旅行に行こうっていう誘いじゃないよね。というか、依織ちゃんも双葉ちゃんも、卒論は?」
「私はもうしあがっている。双葉も後は参考文献だけだと言っていたな」
「二人とも仕事が早いね……」
期日ギリギリに仕上げて提出する学生が多い中、優秀な学生だ……。いや、今はそれではない。
「それで、その城跡がどうかしたの」
「それを聞くと言うことは、一緒に行ってくれるんだな」
「……………そうだね」
かなり間が開いたが、依織は気にしなかった。
「その山城、観光地なんだが」
「だろうね」
「最近、鬼火が出ると言われていて」
「うん」
「あと、誰もいないのに誰かが話している声が聞こえるとか」
「それは怖いね」
「なので、調査に行こうと」
「……なるほど。依織ちゃんと、双葉ちゃん、私で」
「そう。私と双葉だけでは戦力的に不足しているし、梛の『眼』を借りたいと思って」
まあ、梛も『千里眼・水鏡』の効力を期待されてよく調査に連れていかれるし、まあその気持ちはわからないではない。だが。
依織ちゃんと双葉ちゃん……絶対にツッコミが追い付かない……。
「あ、弘暉さん!」
梛は目に入った長身の男を反射的に呼び止めた。祐真と土御門と共に歩いてきた弘暉は「ああ!?」とガラの悪い声を上げる。
「お前、呼び止めるなら祐真にしろ」
「弘暉さん、十二月の三週目、暇? 論文終わってる?」
弘暉も大学院二年生なので、卒業年度だ。ただし、提出物は卒業論文ではなく卒業研究だが。
「なんだぁ、お前、突然。院生はもう授業ねぇし、研究は前にお前に手伝ってもらった分で終わってるぞ」
怪しいと思いつつも答えてくれる弘暉はやっぱり人がいい。梛は依織を振りける。
「依織ちゃん、君の彼氏を確保したよ!」
「そうなのか? では、一緒に来てくれ」
「どこにだ!」
勝手に数にいれる梛も梛だが、そのまま信じる依織も依織である。弘暉は近くまで来ていた祐真の肩をつかんだ。
「俺が行くなら祐真も連れていけ!」
「え、俺?」
梛は自分の婚約者はよく巻き込まれる男だな、と思いつつ、依織を見た。
「どうする? さすがに戦力過剰じゃない?」
そうだろう、という顔を、弘暉はする。依織は思案した後、
「調整してみる」
と言った。言い出しっぺの梛だが、弘暉と共に叫んだ。
「違う! そうじゃない!!」
「梛、お前さぁ。ツッコミほしかっただけだろ。自分以外の」
「ああ、やっぱりわかる?」
祐真越しに通路を挟んだ斜め後ろの席の弘暉を見て、梛は苦笑した。今、新幹線で移動中である。
「私一人で双葉ちゃんと依織ちゃんのツッコミは無理」
完全に天然が入っている依織の相手はなかなか難しい。双葉は確信犯的なところがあるが。
「言いがかりだー」
「そうだぞ」
双葉と依織は梛と祐真が座っている席の後ろの席にいる。座席をまわすこともできるが、全員進行方向を向いている。弘暉だけ通路を挟んだ依織の隣にぽつんと一人で座っている。
「双葉、お前、わかってやってるだろ」
兄に突っ込まれても、双葉はどこ吹く風だ。無駄だと思ったのか、弘暉はそのまま引き下がる。
「……まあ、頭数が多くて困ることはないだろう」
「瀬名さんの言う通りだ」
祐真と依織が大真面目に言うので、梛と弘暉は思わず顔を見合わせた。
「とりあえず梛。お前、ボケに回るなよ。絶対だぞ」
「善処します」
きりっとして応えたところで、新幹線が目的の駅に到着した。荷物を持って駅を降りる。男性陣が荷物持ちをしてくれるので、旅が楽だ。家族で出かけるとそうはいかない。ここからはレンタカーで移動だ。弘暉と祐真がじゃんけんをして、負けた弘暉がハンドルを握った。
「梛、案内頼む」
「了解。ほぼ一本道だよ」
「適当に言うんじゃねぇよ」
梛が助手席に座って言った。ちなみに八人乗りのミニバンである。後部座席に依織と双葉、一番後ろの席に祐真がぽつんと座っている。
ナビはセットしたが、梛の言う通りほぼ一本道だ。一時間弱で到着したのは、目の前は海、後ろには山の温泉街だ。
「結構がっつり温泉街だね」
「っていうか、寒い!」
梛が周囲を見渡して言うと、双葉がくっついてきた。寒いのはわかっていたので着込んできたが、それでも寒い。
「なんであんたも兄さんも瀬名さんも、そんな軽装なのよぉ」
「いざというとき動けないから」
異口同音に三人とも同じことを言った。双葉は顔をしかめたが、依織は小首をかしげて「仲良しだな」と言った。この子、大丈夫だろうか。
朝一で出てきたので、まだ午前中だ。宿として確保した旅館にはまだ入れない。しかし、荷物を預かってくれるらしいので、すべて預けて身軽になる。戦闘用の装備だけは持って行くことにした。
「どう見ても怪しい集団だよな……」
「祐真もそう言うこと思うんだな……」
弘暉、友人に対して結構失礼である。
温泉街とはいえ、田舎だ。車がなければ移動もままならない。そして、彼女らは調査に来た。さて、どうするか。
「一度、山城に登ってみよう」
依織が言った。彼女が主体の調査なので当然だ。ほか四人は了承する。
「一応、兄さんに鳴山城の歴史を聞いてきたよ」
「さすがは梛だな」
「依織ぃ。梛への賛歌が止まらないね」
「わかったから、話進めて」
絶対こうなると思った。双葉のノリが良すぎるのも問題だ。話し合いの結果、五合目から上ることにした。
「九合目まで車で行けるぞ。逆に、俺と祐真は一合目から登ってもいいし」
「体力あるな……いや、とりあえず五合目からにしよう。そして疲れたら負ぶってくれ」
「……お前、俺たちが来なかったらどうやって登るつもりだったんだよ」
依織に弘暉がツッコんでいる。その時は九合目まで車で行った、とあっけらかんと言い放つ。その場合は、梛が一人で山登りだっただろうな……。
とにかく五合目まで車で登り、広めの駐車場に車を置いた。軽い登山である。まあ、ピクニック程度だが。
「昼、少し過ぎるかもな」
「そうだね」
時間を見て祐真が言った。弘暉と祐真だけなら昼前に帰ってこられそうだが、今回は依織もいる。彼女を置いて行くわけにはいかない。
「さて、行こう」
依織はやる気満々だが、他の四人はお前が一番心配なんだよ、と思った。
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