文化祭・11月【3】
「楽しかった」
明日香が満足げに言った。涼介も「急ごしらえにしてはよくできてたな」とそれなりの評価だ。休憩をもらって梛と律子は明日香たちと一緒に外に出てきていた。弘暉はそのままお留守番だ。
「僕はそれどころじゃなかった……」
「お兄ちゃんも怒ってるわけじゃないんですけど……」
うなだれる翔に律子が苦笑する。梛も「顔が怖いからね」と結構ひどい。
「梛、弘暉さんと殴り合いしたことあるって言ってなかった?」
「はあ!?」
男性陣から声が上がる。袴に羽織姿のまま出てきた梛は、袖に手を突っ込んだまま言った。
「殴り合いというか、つかみ合いだね。殴り合いだと私が負ける」
「そこかぁ?」
「殺し合いなら勝てるけど、殺すわけにはいかないでしょ」
なのでつかみ合いだ。なんでそんな喧嘩になったのかわからないが。
「まあ、基本的に弘暉さんは私たちより大人だよね。理不尽に怒ったりしないから大丈夫。一回ちゃんと喋ってみなよ」
「……目の前にすると声が出ない」
「重症だな」
涼介が笑った。彼は弘暉と妖魔を斬りに行ったことがあるのですでに話したことがあるのだ。翔の今後の課題である。
少し離れたところできゃあきゃあ騒ぐ声が聞こえた。袴姿でポニーテールにしている梛は、幕末の若侍のようだ、とよく言われる。女子高生くらいの少女たちに笑ってひらひら手を振った。きゃあ! と声があがる。
「……梛」
明日香が咎めるように梛を見る。付き合いが長いので、明日香は梛に甘くはなかった。
「いや、ノリで」
「まあ、文化祭ですしねぇ」
律子は苦笑してとりなした。涼介も「アイドルが愛想振りまくのと似たようなもんだろ」と納得した。
「式部……訓練されてきてない?」
「え、マジで?」
翔に突っ込まれ、涼介は『陽炎』に染まってきていることを自覚したらしい。女子三人が笑った。
普段は和装だと浮くが、今日ばかりは梛も浮いていなかった。妙な仮装の人間が多い。端的に言えばコスプレが多い。
「お腹すいた」
「明日香ちゃんたちはお昼、まだなんですよね」
「私らはもう食べちゃったからね。気にせずどうぞ」
律子と梛は先に昼食をとっているが、昼に遊びに来たのでまだ食べていないのだろう。学生が出している模擬店に顔をだし、カレーを買う。律子はともかく、梛はもう少し食べられそうだが、さすがにどうかと思ったので隣の店であんみつを買った。なんでもあるな、この大学の学祭。
あんみつはちょっとパサついていたが、食べられなくはない。律子と分け合いながら食べる。
「なんか遊んでいこう」
「ゲームとか出してるところ、ある?」
「あ、射撃があるよ」
完成度はどうあれ、おそらく物理学研究室が行っているRPGが一番大掛かりなゲームのようだ。
ひとまず順番にめぐってみることにした。射撃は案外翔が得意で、彼だけ景品をゲットしていた。後は参加賞である。
「弓矢ならもう少し当たるんですが」
「同じく」
律子と梛はそう言って苦笑した。梛は神事の一つとして弓術を治めていたし、律子は姉の双葉が弓術師だ。
「お、律子、梛~!」
その双葉が少し離れたところから手を振っていた。魔女らしきコスプレをしている。隣には着ぐるみパジャマ的な猫の着ぐるみを着た依織がいる。モデル体型の美女がどうしてそうなった。
「あ、お姉ちゃん」
普通の良いところのお嬢さんの格好をした律子が笑って手を振り返す。
「やっぱり律子の分も何か見繕えばよかったわね~」
双葉が律子を抱きしめながら言った。ちなみに、明日香も学生服風の格好をしているので、仮装に見えたかもしれない。
「梛はかっこいいな。刀を持ってほしい」
「いつも持ってるでしょ。依織ちゃんはぶれないね……」
「っていうか、なんでそうなったんです?」
前に怒られたので許可を取ってから梛を撮影した依織は、明日香の問いかけに小首をかしげた。
「楽かと思って。失敗した。トイレに行きにくい」
そりゃそうだ。こういうところがちょっと残念なのである。ついでに言うなら、袴も行きにくい。
「東海林さん……ミスコンの方に登録されてませんでした? それでいいんですか?」
明日香がツッコミを入れる。双葉が笑った。
「この格好でも美人だから依織なのよ」
それは否定できないかもしれない。依織は相変わらずちょっとずれていて。
「とりあえず、梛に投票しておいた」
「いや、彼氏に投票しなよ」
梛が登録されているのはミスターコンの方なので、弘暉も名前があったはずだ。彼氏にいれればよかったのでは。
四年生の二人は、文化祭を満喫するつもりらしい。双葉が手を振るので、梛たちも振り返した。
「東海林さんに会って、水無瀬以外にも残念な美人っているんだな……って思った」
というのが涼介の感想である。明日香は「ちょっとわかるなぁ」と苦笑した。
「ま、あたしたちも行こ。あ、うちのサークルのも見に来てよ」
そういえば涼介と翔はどこから引っ張ってこられたのだろう、とこの問いになって思った。
文化祭二日目は、律子も仮装だった。双葉に持たされたらしい。と言っても、本物の巫女装束である。巫女さんが受付にいるので、男性客が多い。今も学生らしい青年に声をかけられており、バックヤードから覗いた弘暉が舌打ちする。
「おい、梛、交代してこい」
「ちょっと過保護すぎるよ。自分で対処できてる間はあのままでいいと思うけど」
昨日の評判がよかったので、梛は今日も袴姿だ。弘暉は学生っぽい格好をしている。少なくともやのつく自由業の人っぽい格好ではない。彼は第一印象が怖いので完全に裏方だ。梛は進行役をしている。つまり、梛と律子が交代したら、律子が進行役になるわけだ。それくらいなら受付してる、と言ったのは律子自身である。
「ほら、シスコン発揮してないで、参加賞運んでよ」
「はいはい」
弘暉が佐倉に連れていかれた。代わりに律子が顔をのぞかせる。
「お兄ちゃんの声がしませんでした?」
「ああ、うん。連れていかれた」
「そうですか……梛ちゃん、お客さんですよ」
「うん」
顔を出すと、兄たちが遊びに来ていた。
「やあ、梛」
「今日もかっこいいわねぇ」
透一郎と、香江と、晴季だ。もはや親子にしか見えないし、みんな親子だと思っているだろう。
「いらっしゃい。ほんとに来たんだ。遠かったでしょ」
キャンパスは広く、この研究室の棟はキャンパスの奥にある。透一郎は歩いてくるのが大変だったのではないだろうか。
「そうだね。でも、楽しそうだったから」
そうか、なるほど。後で企画者の佐倉に伝えておこう。
「じゃあ梛ちゃん、進行役よろしく。先に二組入ってるから、追い越すなよ」
「了解」
もう一人の受付に言われ、梛は家族を連れて迷路の中に入った。
「さて、ここは妖魔の出没する廃病院です。今から皆さんには、この病院内の妖魔を退治しつつ、病院脱出を目指していただきます」
ざっくりと説明しつつ、先に進んでいく。案外香江の順応が早かった。透一郎や晴季に補足して説明してくれる。そして、透一郎はものすごくひきが悪かった。
「晴季が一番だね。兄さんは断トツ最下位」
妖魔を倒すごとにポイントがつくのだが、その総合得点がものすごく低い。たぶん、今まで体験した人の中でもワースト一位なのではないだろうか。
「透一郎、引きが悪いものね」
「おみくじでも小吉以下しか引いたことないよね」
香江と晴季にもそう言われ、さすがの透一郎もうなだれた。ちなみに、水無瀬家は総じて引きが悪いらしく、梛も大吉は引いたことがない。
「まあ、脱出できたからよかったってことで」
参加賞は三人分すべて晴季が選んだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
TRPGは実際にやったことがないので、ネットで調べただけの知識です。なので、違うと思います。突っ込まないでいただけると嬉しいです。
1回やってみたいな…。




