文化祭・11月【2】
学祭当日となった。物理学研究室がフロアを構えているのは奥まった場所にあるので、あまり人が来ない。なので、みんなのんびりしていた。時々お客さんが来るので、その対応に出るが、たまたま弘暉が出たとき、小学校低学年くらいの子供が来ていて、泣かれた。泣かれて、弘暉が裏でしょげていた。
「お兄ちゃん、元気出してください」
「そうだよ。同じ小学生の晴季は弘暉さんのこと大好きだよ」
下手したら梛や透一郎よりも好きかもしれないくらい慕われているのだから、元気出してくれ。
「ちょっと、そこの女子二人。その辛気臭いの連れて買い物行ってきてよ。はい、これ買うものね」
佐倉は遠慮がない。律子がメモを受け取り、パイプ椅子に座り込んでいる兄の腕を引っ張った。
「お兄ちゃん、気分転換に行きましょう」
「そうそう。荷物持ちぐらいしてよ」
「梛ちゃん、容赦ないわねぇ」
佐倉が笑うが、彼女に言われたくない。
買い物のため、大学を一度出る。大学構内にも売店はあるが、やはり普通の店の方が売り物の種類が多い。
「こんなもん、何に使うんだよ……」
ホームセンターで資材や造花などをカートに入れながら、弘暉が呆れたように言った。たぶん、フロアの飾りつけや迷路の壁の強化のためではないだろうか。
「接着剤とか、いりますかねぇ。あ、お兄ちゃん、そこの上のやつ取ってください」
「これか」
律子が手が届かなかったクッション材を弘暉が取る。弘暉がいるので、買い物が楽だ。
「こんなものですかね」
「何か食べ物とかかっていく? でも、出店とかも出てるからいいかなぁ」
「それ、持つの俺だろ。やめようぜ」
そう言いながらも持つ気でいる弘暉はやはりいいやつだ。経費で落ちるので領収書をもらい、大きくて重いものは弘暉に預けた。彼は背負うように荷物を持つ。梛と律子でこまごましたものを分けて持つことにした。
「男の人がいると、重いものの買い物が楽だよね」
「ああ……お前、透一郎さんに持たせらんないもんな」
多分、透一郎なら持つよ、と言ってくれるが、そんな恐ろしいことは梛にはできない。
三人で話をしながら大学に向かっていると、背後から声がかかった。
「すみません。ちょっとお時間よろしいですか」
警察官に声をかけられた。
「それであんた、職質されたんだ」
明らかに笑いをこらえた口調で佐倉が言った。ほかの学生たちも笑いをこらえている。ちなみに、弘暉が職質されたのは初めてではない。
「目つきかしらね。あと、格好」
「紺の開襟シャツですもんね……」
律子も苦笑気味だ。確かに、なんでそれを着てきちゃったのだろう。一応、上にパーカーは羽織っているが、怪しいことに変わりはない。
「依織さんからの誕生日プレゼントなんですよ」
律子が種明かしした。なるほど。依織のセンスは信用できないな。
「梛ちゃんもされたんでしょ」
「そう。初めて職質された」
「なんでちょっとうれしそうなんだよ……」
弘暉がむすっとした顔をあげて突っ込んだ。梛は思わず笑う。
「いや、今まで過剰防衛とかで声掛けられたことはあったけど、職質されるのは初めてで。私も格好かな」
梛もレザーのジャケットを着ているので、格好だと言われても、なるほど、となる。どうもやのつく自由業の方二人が、どう見ても女子大生(律子のこと)を連れ去ろうとしているように見えたらしい。『陽炎』の身分証が彼女らの身分を保証してくれた。
「もうこれはあきらめるしかないよね。兄さんも詐欺師と間違えられたことがあるって言ってたし」
「ああ……まあ、ちょっと裏がありそうだよな」
「腹黒く見えるんだろうね」
弘暉は言葉を選んでいってくれたが、実際に腹黒いところはある。最近は涙もろくて崩れてきてるけど。
「はい」
佐倉がぽん、と手を叩いた。
「忙しくなってきたから手伝ってよ。進行役、律子ちゃん……は受付お願い。梛ちゃん、進行役で迷路に入ってくれる?」
「了解」
「あ、ジャケットは脱いで行ってね」
やはりだめか、と思いながらジャケットを脱いでカーディガンを羽織る。スタッフの名札を下げて、ルールブックを携えて表に出た。
「結構流行ってるのね」
明日香が顔を出したのは、昼過ぎのことだった。その辺に出ている模擬店で買ってきた焼きそばを食べていた梛と律子が顔を出す。
「梛、焼きそば似合わないわね」
どういう意味だそれは。格好の問題だろうか。弘暉と梛は袴姿だった。あまりにもやのつく自由業の方と間違われるので、二人がそれぞれ持っていた道着である。文化祭終了後、打ち合う予定だったので。
「まあ、お好み焼きも似合わないって言われたことあるからいいけど、体験していく?」
「うん。ちゃんと相棒たちも連れてきたよ」
と明日香が示したのは涼介と翔である。完全に巻き込まれている。律子は翔を見とめて頬を赤らめて嬉しそうにしているが、その翔はそれどころではない。弘暉が顔をのぞかせたからだ。
「お兄ちゃん」
「さっさと案内してやれよ」
顔をしかめてそう言うが、柄が悪いぞ。進行役として控えていた梛は律子に言った。
「律子が行ってきなよ。私が受け付け代わるからさ」
「え、でも……」
「大丈夫。ちょっと間違っても問題ないよ。友達なんだからさ」
「ともだち」
律子がはにかむように笑った。可愛い。
昼時で客が途切れたので、受付のパイプ椅子に座った梛は背後に亡霊のごとく立っている弘暉に言った。
「文句なら聞くけど」
「……別に、文句じゃねぇよ。気ぃ使わせて、悪かったな」
一応自覚はあるのか、と梛は苦笑した。
「それは柊君に言いなよ。律子ちゃんは気づいてなかったみたいだけど。お兄様が怖すぎて、妹の彼氏さん引いてたよ」
「お前のとこも似たようなもんだろ」
「そうだけど、前提として違うよね。祐真さんは兄さんが連れてきたから」
そもそも、祐真は透一郎が妹の婚約者として連れてきた男なので、前提からして律子と梛は違うのだ。弘暉も顔がこわばっているだけで怒っているつもりはないらしい。
「ま、兄妹の恋人にどう接していいかわからないなんて、よくある話だし、それをちゃんと言ってみなよ。私だって兄さんが香江さんを初めて連れてきたとき、戸惑ったからね」
女のきょうだいのいない梛だから、結局なつくのは早かったが、付き合ってるんだ、と透一郎から香江を紹介された時、当初はどう接していいかわからなかった。お兄ちゃんっ子の自覚はある。
「……お前、大人だなぁ」
「大人って言うか、割り切ってるだけだけどさ」
弘暉が背後でしゃがみこむ。完全に不良のしゃがみ方だが、かわいそうなのでツッコまないことにした。
「会話にならないんだよな……」
「顔面取り換えること、できないもんね……」
何事も先入観とか、印象とかいうものがある。たぶん、翔は弘暉に苦手意識がある。
「根はただのシスコンのお兄ちゃんなのにねぇ」
「うるせぇ」
仲の良い友人のようなやり取りに、一緒に受付をしていた男子学生が言う。
「武宮さんと梛ちゃん、仲いいよな。まあ、一緒に戦ってるもんな」
佐倉と同じく、彼は大学を襲ってきた辻斬りと戦う弘暉と梛を見ているわけだ。
「そう言う問題でもないですけど」
そうこうしている内に、律子たちが迷路から出てきた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ちなみに、透一郎と祐真も職質かけられたことはあるという裏設定。




