文化祭・11月【4】
「梛ちゃんのお兄ちゃんが得点最下位ね」
集計した佐倉が言った。それはわかっていた事実だ。
「梛も俺と入ったとき、引きがよくなかったからな。家系?」
「まあ、晴季もそうだったら、そうなんじゃないかな」
死んだ彰次はどうだっただろうか。ちょっと覚えていない。アトラクション系模擬店はこの時間で終了だが、飲食系模擬店とステージはまだしているはずだ。ミスコン、ミスターコンの結果が出ているはずだが、まだ確認していない。
なんとなく梛と律子、弘暉が一緒にステージを見に行った。ミスコン、ミスターコンの結果の前に人だかりができている。発表後に一覧にして掲示したものだ。
「あ、弘暉さん、依織ちゃんが二位に入ってるよ。さすが」
「こっち、お前五位になってるぞ」
「私、見えないんですけど……」
長身の弘暉はもちろん、梛もかろうじて一覧の上の方は見えたが、平均的な身長である律子は埋もれている。弘暉が無言で律子を抱き上げた。
「お、お兄ちゃん!」
「いいじゃない。見せてもらいなよ」
梛は笑って言った。周囲より視線の高くなった律子はミスターコンの方で兄の名を発見したようだ。七位らしい。
「梛ちゃんの方がハンサムみたいですね」
「まあ透一郎さんと同じ顔だしな」
さすがに年齢を重ねて差異が出てきたが、それでも血縁を否定できないレベルでそっくりではある。
「というか、ふるまいが格好いいですよね」
弘暉に下ろされながら、律子が言った。笑っていると、後ろから抱き着かれた。
「姉さん!」
「お、おう。はる。さすがにびっくりした……」
腰のあたりに突撃してきたので子供なのはわかっていたが、さすがに背後から突然抱き着かれると驚く。
「姉さん抱っこしてよ。僕も見たい」
キラキラした目で言われて、梛はさすがにためらった。
「いや、さすがに無理だよ。晴季いくつになったと思ってるの。重量オーバー!」
「えー、僕三十キロしかないよ。姉さん、兄さん担いでたじゃん」
「そう言う問題じゃないよ!」
確かに七十キロオーバーの透一郎を担いだことはあるが、そう言う問題ではない。律子が「梛ちゃん、力持ちですね」と笑っている。
「晴季、ほら。俺が抱っこしてやるからこっちこい」
「わーい」
弘暉になついている晴季が喜んで弘暉に抱き上げられた。晴季は祐真のことも好きなので、たぶん、可愛がってくれる大人の男になついているのだと思う。透一郎ではできない、父親らしいことをしてくれる。
「ああ、弘暉、ごめんね。ありがとう」
追い付いてきたらしい透一郎が弘暉に抱き上げられている晴季を見て言った。香江も一緒だ。晴季だけ先に走ってきたらしい。杖をついている透一郎と、小柄な香江では人ごみをかき分けてくるのが大変だったのではないだろうか。呼んでくれれば迎えに行ったのだが、透一郎が若干気にしているのはわかっているのであえて言わなかった。
「姉さん五位だって」
「ああ、ミスターの方だったね。ミスじゃなくて」
「透一郎も何度か入賞したわね」
「そうだったね……」
香江に言われて、透一郎は曖昧に微笑んだ。彼が大学四年生のこの時期は、家族が襲撃された時期と一致する。
人ごみから抜けて広い場所に出る。軽音がライブをしているのか、ステージから音が漏れていた。
「そういや、祐真一回も見てなくね?」
「私たちはさっき会ったよ。どこかにはいるんじゃないかな」
多分、透一郎と香江が一緒にいるので、同行を遠慮したのだろう。それに、祐真は卒業して間もないので知り合いも多いだろう。
「瀬名さん、どこかでナンパされてるんじゃないですか」
「まあ、文化祭だしね」
律子に言われて梛はそう返した。香江が「それでいいの……?」と不安げにする。
「私は透一郎が声をかけられてたら不安になるけどなぁ」
「私も同じです」
香江と律子に言われて、梛は苦笑した。
「さすがに何も思わないわけではないけど、あれだけ顔がいいと、逆に声をかけられないほうが不安になると言うか」
黙って立っているだけなら、祐真はただの正統派美男子なのである。無視するほうが難しい。
「そう言う振り切り方をしているのね……」
「男前というか、悟りの領域ですね」
女性二人は何やら感心している。ぼちぼち出し物も模擬店も終了するので、帰る人が多い。前夜祭も後夜祭もない、シンプルな文化祭だった。そして祐真には会えていない。携帯端末を確認したが、連絡も来ていない。
「おーい、梛!」
よく名を呼ばれるな、と思いながらそちらを見ると、今日はゴシックな格好の双葉だった。
「捕まえたよ!」
と、彼女が本当に捕まえているのは祐真だった。どこにいたのだろう。
「中庭で女子高生にナンパされてた!」
いい笑顔で双葉が答えを教えてくれた。どうやら女子高生への返答を考えている間に、ゴシックな美女二人に連行されてきたらしい。双葉は、いつも通り依織と連れ立っていた。依織も今日はゴシック系ファッションで、これがまたよく似合っている。何というか、見た目に依らずこういう俗っぽい格好が好きな弘暉は、一人でダメージを受けていた。
「梛……可愛いな」
「この格好で可愛いって言われたのは初めてだよ」
そして今言うことはそれであっているだろうか? 褒められて悪い気はしないが、ずれてる。
「文化祭、少しは見て回れた? 懐かしいでしょう」
「そうだな……」
祐真は夕暮れ時の大学構内を見渡す。
「今朝がた出張先から帰ってきて、そのまま研究所に連れていかれた。一時間ほど前にここについたが、そのまま女子高生に話しかけられた……」
「祐真さん……」
残念というか、大変だったね、としか言いようのない身の上話を聞かされた。手を伸ばして祐真の頭をなでると、なぜか満足そうな顔をされた。
「梛と祐真さん見てたら、違う扉が開けそう」
「お姉ちゃん、ちょっとわかります」
なぜか武宮姉妹が新たな扉を開きそうになっていた。それは主に腐っているほうだろうか。若侍のようで格好いい、と言われる梛なので、そうかもしれない。
「そこの二人。私たちは先に帰るよ。電車で来たからね」
晴季がばいばーい、と手を振っている。祐真が首をかしげる。
「俺、車だけど、送って行こうか」
「いいよ。梛と一緒にいてあげて」
透一郎がおおらかに言うので、弘暉が「シスコンは?」と余計なことをつぶやく。だが、みんなにスルーされた。
「私、これから後片付けなんだけど」
「お前はドライだね……」
透一郎が苦笑していた。
「その代わり、晩御飯一緒に食べに行こう」
不意に祐真が梛の顔を眺めてその頬にキスした。ばっと梛は後ろに下がる。
「何!?」
「可愛いと思っただけだ。そんなに驚くとは……」
「ここ往来!」
往来というか、大学構内だ。祐真の行動はたまに読めない。
「……怒っていいか迷うから、今度からはやめようね」
透一郎のその言葉で手打ちになった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
晴季がだんだんたくましくなっていく。




