辻斬り・9月【9】
「懐かしいなぁ」
透一郎が戦場に設定したのは、水無瀬家の別荘があった場所だ。両親と次兄が死んだ場所でもある。透一郎が右腕と左目を失った場所で、梛が晴季を抱えて逃げるしかなかった場所。周囲は自然に囲まれているが、それほど本宅から離れていない。そして、更地だった。
誰がやったのかわからないが、柱がぼっきり折れて二階からつぶれてしまっていたので、撤去したのだ。土地は水無瀬家がまだ持っているが、梛も透一郎ももう一度建物を建てる気はなかった。だって立地的に、別荘くらいにしかならない。
「梛」
「兄さん」
透一郎が杖をついてゆっくり歩いてくる。地面がコンクリートではないので歩きにくいだろうと、梛が駆け寄って肩を支えた。
「兄さん、なんでこの場所にしたの?」
「周りに何もなくて、広い土地がよかったからね。それに、私の無念の地でもある」
「兄さんはちゃんと、私と晴季を守ってくれたよ」
「……梛は作戦前に兄を泣かせたいのかな?」
わしわしと頭を撫でられた。透一郎にしては乱暴なしぐさだった。髪がぐしゃぐしゃになったが、梛は笑いながら髪ひもで髪を結びなおす。
「たまにさ、兄さんが千里眼・水鏡の保持者だったら、あの時勝てたかしら、って思うんだよね」
「うん。千里眼・水鏡が片目分、無くなっただけだろうね」
「あ、そう言うものなんだ」
「千里眼一つでどうにかなる状況じゃなかったからね」
結局、梛と晴季をかばっている状況は変わらないから、大勢に影響はないのか。透一郎はどちらであっても意識のあるまま目を抉り出されていたということで。
「魔眼ってさ、所有者から切り離しても作用するものなの?」
上條友哉が千里眼・水鏡を奪ってどうしたかったのかは不明だが、もし利用したかったのだとしたら、それは可能なのだろうか。
「通常の移植と同じなんじゃないかな。よほどうまく適合しないと、拒絶反応が起きると思うんだよね」
「やっぱりそうだよね……」
しかも、魔眼の一種である千里眼は、所有者に依存するものだ。もしうまく適合したとしても、最大の効果は得られないだろう。
「だから、一昔前は魔眼は首ごと持ち去られたらしいよ」
「うえっ」
さすがの梛も顔をしかめた。それで魔眼の能力を維持できるのかはわからないが、想像するだに恐ろしい絵面である。
「梛も首ごと持ち去られないようにね」
「それは気をつけられるんだろうか」
透一郎は笑って言うが、その話を上條友哉が知っていれば、彼自身が首ごと持って行かれていた可能性があるということだ。そうならなくてよかったな、と思う。
「そろそろ時間だ。梛、行っておいで」
「うん。兄さんは無茶しないでよ」
梛が疑わしそうに言うと、透一郎は「何もしないよ」と苦笑した。そう言うところが疑わしいのだが、わかっているのだろうか。
透一郎はその場に残り、結界を張る依織や土御門たちと合流する。梛は少し離れたところにいる祐真や弘暉たちの元へ向かった。
「お待たせ」
「おう。うまくいくんだろうな?」
「辻斬りが引っかかってくれればうまくいくと思うけど」
弘暉と梛の二人で何とか戦えた相手だが、今回は九人いる。まあ、今三人いないけど。
「なあ、梛ちゃん。やっぱり俺じゃなくて四条とか前に出さねぇ?」
唐突な楢崎の提案に四条がぱっと顔を明るくする。梛ほどではないが、一方的にやられた屈辱を晴らしたいらしく、殺意みなぎっている。
「四条君だと祐真さんと弘暉さんが気を遣うからダメ」
かわいそうだが、四条は梛と一緒に後方だ。訓練してみた結果、彼は主戦力となる弘暉と祐真に合わせられなかったのだ。なので、楢崎に頑張ってもらうしかない。
「ほんとは楢崎さんには兄さんの側にいてほしかったんだけど」
「やめろよ。俺じゃ透一郎を止められないぜ」
力技で止めることはできるだろうに。梛だとそれができない。力負けする。鍛えてもこれなので、これ以上筋肉量は増えないだろうな、と思っている。
「あのー、俺、帰っていいですか」
手をあげたのは津村である。みんなスルーした。
ふと、梛が顔を上げた。目を細めてあらぬ方向を見る彼女に緊張が走る。
「梛」
「来たな」
梛のつぶやきに弘暉、祐真、楢崎の三人が臨戦態勢を取る。梛は四条と津村を連れて後ろに下がった。こちらに向かって走ってくる影を梛はとらえていた。無事にひっかけてきたらしい。
「来るぞ! 弘暉さん!」
梛の声に合わせて、弘暉が一撃目を繰り出した。両腕で思いっきり振るわれたその剣戟の隙を補うように、祐真と楢崎が動いた。さすがの辻斬りも驚いたのか迎撃ではなく後ろに下がってそれらを避けた。
「梛!」
駆け寄ってきたのは国生だ。彼と橘が囮役を務めて辻斬りをここまで引っ張ってきたのだ。もしかしたら剣士の数が多いこちらに直接攻撃が仕掛けられる可能性もあったが、それはそれでよい。透一郎の側に剣士を一人も配置していないので、彼らが襲われることはないし。
「俺たちはこのまま水無瀬のところに行く。吉永はおいてきたから、後で追いついてくると思う」
「了解。よろしく、橘さん」
橘と国生が透一郎たちの元へ向かう。置いて行かれたという亜矢は、おそらく結界の中に入れない。いないものとして扱うことにする。
辻斬りの姿は元に戻っている。侍のような姿に、鬼の面。祐真に傷つけられたはずの左腕も元に戻っている。
「楢崎さん、右に避けて! 四条君、左から突きを入れて!」
切られそうだった楢崎が、その言葉で右に飛んだ。それでも切っ先が触れかけたが、祐真が一撃を入れ、刀の軌道をそらす。四条と弘暉が同時に攻撃したが。
祐真の刀が跳ね上げられる。下からの力なのに、なぜそんなことができるんだ。隣で津村が引いたのが分かった。この男、どっかに置いてきていい?
「四条君! 横薙ぎに来るよ!」
「っ!」
あの中で、四条は一番弱い。狙われるのは必然だ。あの膂力での辻斬りの一撃を食らえば、上半身と下半身が泣き別れしてしまう。彼はうまくよけたが、かばった腕に斬撃を食らった。楢崎が四条の襟を引っ張ってよけさせる。弘暉と祐真が同時に攻撃し、梛と津村がその隙間を埋めるように居合と突きを繰り出す。タイミングが合わず、梛は首をひねって津村の突きを避けた。そのまま体を回転させ、梛の切り上げが弘暉の斬り下ろしとタイミングが合う。梛の剣戟がはじかれた。津村が吹き飛ばされた梛を受け止める。
「祐真さん! 倒さなくていいからすべて受けて! 弘暉さん、楢崎さん、手を休ませないで! 四条君は下がる!」
「水無瀬っ!」
「異論は聞きません!」
四条がごねるが梛は一蹴した。彼はそこそこ強いが、連携が取れない。これなら津村の方がましである。
祐真の正確な剣戟が辻斬りを襲う。おそらく、辻斬りと最も渡り合えるのは彼だ。正統派というのは美形な顔立ちだけではない。剣筋にも表れている。それが基礎として確立すると言うことは、極めれば隙がなくなる。
なのに、祐真の剣が崩される。すかさず楢崎がカバーに入り、梛の指示に従って弘暉が横薙ぎに剣を振るったが、身をよじってよけられた。戦闘開始十分もしない間に、四条と楢崎が戦闘不能になった。
問題は辻斬りの動きよりも、斬っても再生が早いところにある。つまり、ダメージとして蓄積されないのだ。作戦負けかもしれないぞ、兄さん。
後衛としてサポートに徹している梛と津村も体力的に限界だ。というか、もはや前衛も後衛もないので、四人でタイミングを合わせて一撃はなった。さすがにどれかは当たるだろうと言う消極的な作戦である。
あたるには、当たった。津村の剣が弾き飛ばされ、梛の剣は左手にいなされ、祐真と弘暉は応戦されて物理的に吹っ飛んだ。
「ああああーっ!」
剣を吹っ飛ばされた津村が半泣きで声をあげながら四条の剣を奪い取る。ほか三人もそれぞれ応戦姿勢を見せた。
だが、辻斬りの注意がふいにそれた。梛の視線が動く。
「……兄さん」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
決戦の地は、水無瀬兄妹の運命の地。




