辻斬り・9月【8】
「いやー、さすがにこれは無理だよ、兄さん」
訓練に参加しているみんなはそれぞれ好きな格好をしているが、梛は袴姿だ。道着ともいうが、梛は袴と言った方が近い格好だ。ちなみに、弘暉と祐真も袴姿だ。
「大丈夫だよ。別に勝てって言ってるわけじゃないんだから」
「どこら辺が大丈夫なのか、私にわかるように説明してほしいんだけど」
「弘暉と祐真も手加減しなくていいよ。梛が全部避けるから」
「鬼かぁ!」
梛の全力のツッコミが入った。透一郎は妹のツッコミにもどこ吹く風だが、名を呼ばれた弘暉と祐真は複雑そうだ。
「いや……どちらか一人の方がよくないか?」
弘暉の言葉に、祐真もうんうんうなずいている。今、梛は弘暉と祐真相手に一人で戦わされそうになっている。もちろん、手合わせなので木刀であるが、そう言う問題ではない。木刀でも当たり所が悪ければ死ぬんだぞ。
「それじゃあ意味がないんだ。梛が戦いながら複数人の動きをみられるかを見たいからね」
「じゃあ、俺らじゃなくて、吉永とかにしようぜ」
「せめて梛と同程度の力がないと意味がないからね。それに、力量が足りないと梛が怪我をするでしょ」
「透一郎さん、鬼畜かシスコンかはっきりしろよ! シスコンだけど!」
ついに弘暉にも突っ込まれる透一郎。しかも結論がシスコンに落ち着いている。そして、外野からも透一郎にブーイングが飛ぶが、まあ、彼の言っていることはおおむね正しい。
「さて。梛、覚悟はいい?」
「やられる前提なんだね。まあ、やれと言うのならやるよ」
そう言って梛は木刀で居合の構えを取った。それを見て、弘暉が腰を低く落とし、祐真が正眼に木刀を構えた。いや、これは普通に無理だろう。だが、透一郎は勝たなくていい、と言った。そう言う手合わせではないからだ。
合図を待ってから、居合の要領で梛は木刀を振るった。狙ったのは祐真だ。木刀であっても、梛の居合は目で追うことが困難だ。祐真は間合いから出ることで攻撃を避けた。弘暉の攻撃をいなし、正確な一撃を入れてきた祐真の攻撃は受けるしかなく、腕がしびれた。
さすがにこの二人の相手は無理だ。言われなくても勝てない。せめて、重大な攻撃を受けないようによく『視て』受け流すしかない。それも、梛の体がついてくる間だけだ。最小限の動きで致命的な攻撃をかわしていく彼女の動きは、舞を舞っているようにも見えた。
唐突に梛が手首をかえし、弘暉の木刀の軌道を変えた。その一撃が祐真の木刀を捉えた。
「そこまで!」
制限時間に達していなかったが、透一郎が待ったをかけたので三人とも動きを止めた。梛はその場で座り込む。
「大丈夫か?」
「腕がしびれてる」
おそらく、最初に祐真の一撃を食らった時だ。梛もそうだが、手加減などという器用なことができないので、ほぼ全力で打たれた。できるだけ受け流したのだが。
「最後の、ありゃなんだ?」
祐真に引っ張り起こしてもらう梛に、弘暉が尋ねた。透一郎が近づいてきて「同士討ちさせようとしたんでしょ」と言った。
「相手がどう動くかわからないとできないものだけど、梛は君たちと手合わせをしなれているし、目がいいからね」
「辻斬りにも、やられるだろうか」
困惑気味に言ったのは祐真だ。透一郎は「いや」と首を左右に振る。
「映像と話を聞く限り、それはないだろうね。こちらがした攻撃に対して反応しているだけだから。もちろん、反応速度が尋常ではないからね。それに近いことはできるかもしれないけど、同士討ちにはならないと思うよ」
「そうか……」
いくらかほっとした様子で、祐真はうなずいた。見学に回っていた楢崎たちが、「見えたか?」「残像は見えた」などと会話している。
「梛、やっぱり後衛に下がろう」
「は?」
思わず兄をにらみつけたが、彼はどこ吹く風だった。梛は透一郎より目元がキリリとしているので、にらむとそれなりの迫力だと自負している。
「柄が悪いよ、梛。お前が辻斬りを斬りたいのはわかってるけど、お前は全体を見て、指示を出すんだ。お膳立ては私がする。梛は指示を出して辻斬りを斬る。別に梛が斬っても構わない。できるか?」
「……」
肩に手を置かれ、言い聞かせるように言われた。梛は下からにらみ上げるように透一郎を見上げた。
「兄さん」
「うん」
「何考えてるの?」
探るように見て尋ねるが、透一郎は表情を変えなかった。しかし、梛もだてに二十年近く透一郎の妹をやってきているわけではない。表情にも声音にも変化はないが、違和感ぐらいは覚える。
「何って、梛にわがままを言われたことはほとんどないけど、これを承諾してもらえなかったら困るなって」
「ふぅん……?」
背後で水無瀬兄妹の兄妹げんかを、みんながはらはらと見守っているのが分かる。梛は透一郎から離れて腕を組んで微笑んだ。
「これ、私も香江さんに言われるまで気づかなかったんだけどね。兄さん、はぐらかしたいことがあるとき、絶対にこっちの問いかけに即答するよね。なんか尤もらしいこと言ってさ」
今も即答だった。必ずしもそうではないだろうが、何か隠している可能性が高い。今度はわかりやすく透一郎はうろたえた。
「え、え……? それ、本当? 香江も気づいてるの?」
「おお、透一郎を言い負かしたぞ。さすが水無瀬妹」
「っていうか、俺は副島が怖ぇえよ……」
見学していた年長二人組、橘と楢崎が言った。楢崎は香江の観察眼にちょっとおびえている。
「まあいいよ。わかった。兄さんが何を企んでるのか知らないけど、それが実行できない状況に持って行けばいいだけの話だしね?」
「あ、うん、ありがとう……そうじゃなくて、今の話もう少し詳しく教えて」
かつてないほど透一郎に揺さぶりをかけた梛だが、あっさりと引いた。理由は言った通りだ。
「力関係が完全に入れ替わってるな」
「透一郎、どんまい」
「外野、うるさいよ」
これも橘と楢崎だ。透一郎もついにツッコミを入れた。
「そして、よく考えたら私に梛を止めるすべがない……」
つまり、透一郎は梛の理性に訴えかけているわけだ。透一郎にも梛は聞き分けが良い、という思い込みがある。
「しっかりしろよー、指揮官。みんな引いてるだろ」
橘が透一郎の肩を叩いた。梛が「あんまり強くたたかないであげてね」とツッコミを入れる。気を取り直した透一郎は、立っているのが辛くなってきたらしく、簡易椅子に腰かけた。
「明後日、辻斬りをおびき出して討とう。梛たちが遭遇して退けてから、辻斬りの目撃証言が出ていない。君たちが出て行けば、きっと現れると思う」
絶対ではないが、確かに可能性は高い。
「戦場を設定し、そこを結界で覆って討伐完了まで出られなくする。入りたくなければ事前に言ってほしい」
と言われて、名乗り出る者はいなかった。亜矢は複雑そうにしていたが、嫌だとは言わなかった。透一郎がどんな作戦を立てるかにもよるが、死にはしないだろう。たぶん。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
透一郎は梛に厳しいですが、最終的な力関係は梛の方が上。




