辻斬り・9月【7】
「俺からもいいか? 一緒に戦ってる時、梛の動きが一瞬止まっただろ。千里眼の不備か?」
今も包帯で覆っているので、気にしてくれたのだろう。弘暉が尋ねた。実は、そのあたりは梛もよくわかっていない。
「どうだろう? 複数の事象が重なって見えたから、出力を落としたんだけど」
いや、千里眼・水鏡は受けの魔眼だから、受信能力を落としたのか?
「それはたぶん、処理落ちしたんだね」
いや、なんて?
「私、機械じゃないんだけど」
梛がツッコミを入れると、透一郎は「うん」とうなずいた。
「もちろんわかってるよ。お前は私の可愛い妹だからね」
「かっこいいの間違いでは」
橘がツッコミを入れたが、丸っと無視された。
「単純に考えて、梛は『今目の前で起こっている事象』と『離れたところで起こっている事象』を同時に処理しているわけだ。後者は距離、時間を問わないけど、二つ以上のことを同時に処理しているのは間違いないから、梛には並立処理能力が備わっていると考えるべきだね。歴代水鏡の所持者はそうだったんじゃないかな」
「……つまり、情報過多で梛が処理しきれなくなったということか」
「そうだね」
祐真が簡潔にまとめると、透一郎がうなずいた。梛ががっくりと肩を落とした。
「面目ない……」
「お前はどこの武士だよ」
「備えが万全じゃない中で、よくやったって」
各方面からツッコミをもらいつつ、視線は透一郎に集まる。それで、結局どうするのだ。
「何も、相手と同じ土俵で戦う必要がないんだ。こちらが有利なフィールドにおびき出そう」
こともなげに言ってのけたが、何か策でもあるのだろうか。
ミーティングを終え、みんなそれぞれミーティングルームを出て行く。梛も立ち上がると透一郎に手を貸そうとするが、その前に彼は自分で杖をついて立ち上がった。
「むう」
「むう、じゃないよ。けが人なんだから、自分の体のことだけ考えてなさい」
「はぁい」
そううなずいた瞬間、目算を誤って壁にぶつかりかけた。
「梛!」
「おいおい、大丈夫か?」
依織と、自分も手首を粉砕しているのに弘暉も腰を引いて助けてくれた。二人に礼を言いながら、体勢を立て直す。
「ああ、既視感があると思ったら、透一郎さんだ」
松葉杖をついているので遅れて出てきた祐真がふいに言った。それだけ聞けば何のことかわからないが、その場にいた面々は理解できたらしく、噴出した。
「な、なるほど。不機嫌そうな顔がよく似てるわ」
と、これは楢崎。双葉は真剣な表情で、
「水無瀬兄妹は右腕と左目を怪我しないと気が済まないの?」
などと言っている。余計なお世話だ。ちなみに、梛は言われるまで気づかなかったが、透一郎はなんとなくわかっていたらしく、杖で床を叩いてみんなを黙らせた。
「はいはい。あんまりからかわない。梛も、不機嫌な顔してないで早く復帰するんだよ。お前にはまだやってもらわないといけないことがあるんだからね」
「むう……」
嫌な予感しかしない。
さらに二日後、梛の包帯も取れ、弘暉や祐真も回復したころ、怪奇対応機密局の修練場に彼らは集められていた。梛は見学であるが、弘暉や祐真を含む計八人が透一郎の指示の元訓練をしていた。
「あーっ! もう無理! 私も見学にしてください!」
騒いだのは現状、唯一の女性参加者の吉永亜矢である。背の高い女性で、弘暉と梛が大学で戦っていた時にも駆けつけてきたが、加勢するにも入れなかったとのことだ。それは、あの時落下してきた梛を受け止めてくれた津村颯太も同じである。それなのに、祐真に言われて辻斬りを追跡した。会敵はしなかったが、二キロくらい追いかけて見失ったらしい。
「……まあ、ちょっと休憩しようか。梛は今の、見えた?」
「見えた見えた」
まだドクターストップのかかっている梛は見学だ。そこで見ていろ、とは透一郎の指示である。明日には参加になるだろうが、正直遠慮したい。
「もうさ、小田切さん帰ってくるまで待とうぜ……」
楢崎が言った。修練場に大の字に寝転がっている。橘が「あと二か月は帰ってこないぞ」とツッコミを入れている。現在、『陽炎』でおそらく一番強いのが小田切だ。彼が帰ってくるまで待とうという気持ちもわかるが、二か月帰ってこないのなら仕方がない。現状戦力でやるしかない。
「大丈夫だよ。動きの見えている梛がいるし」
「そんなに期待されても困るんだけど……というか、いくら自動反応っぽいって言っても兄さん九割くらいの相手だよね。倒せるの?」
梛も近寄って近くにいる亜矢のわき腹をつつきながら言った。弘暉も「同感」と手をあげた。祐真もうなずいている。この二人はまだ余裕がありそうだ。
「まあ、当時の私を単独で倒そうと思ったら、ヘルウェティアのクライン少佐を連れてくるしかないね」
「誰よその人」
昔透一郎がヘルウェティアに出張に行った時に会った人だろうか。まあ、その人を連れてくることもできないので、結局この戦力で何とかするしかない。
「連携が取れるようになれば勝てると思うけどね。私も数の暴力には勝てないから」
こともなげに透一郎が言うが、それが難しい。しかし、弘暉と梛の二人で攻めきれなかったものの、相手取ることはできた。
「まあでもこれは、梛が弘暉に合わせていたのが大きいよね。弘暉の実力と、『視える』梛が一緒だったから可能だった」
また、梛はそもそも兄二人を補佐するべく訓練を受けていた。その習性がまだ残っていると思われる。
「じゃあ、次は弘暉と祐真を相手に連携を取ってみよう。梛、適宜指示を出して」
あちこちから「無理!」という声が上がるが、どう考えても弘暉と祐真の方が数的に不利だぞ。二対六だ。ただ、人数が増えるほど統率はとりづらくなる。
「私が楢崎さんたちの方に指示を出せばいいんだね。兄さんが見てるの?」
「いや、弘暉と祐真を見てるよ」
「え、お前俺ら殺す気なの?」
楢崎がツッコんだが透一郎は取り合わなかった。おそらく、透一郎は口をはさんでこない。どちらかというと、これは梛の指揮能力を試している。これで基準に達していれば、作戦で梛が現場指揮を執ることになりそうだ。
「責任重大ということか」
「何よぉ」
すでに半泣きの亜矢が梛を見る。梛は自分より背の高い亜矢を見上げて言った。
「ま、やる以上は一本はとろうね」
「裏とれたぞ」
修練場に顔を出した依織は死屍累々の面々を見て若干顔をしかめたが、スルーして無事にいる水無瀬兄妹の方に寄ってきた。
「梛の言う通り、付喪神に近い。倒すには、刀を折るか、肉体に回復不可能な損傷を与えるしかない」
「回復不可能な損傷って、どれくらい?」
「さあ……? 腕を斬るくらいではだめだと思うが」
首をかしげる依織に、梛は透一郎と目を見合わせた。
「それか、刀を満足させる」
「満足させる?」
またよくわからないことを言われたな、と透一郎が聞き返す。
「そう。まあ、辻斬りの願いなんてわからないけど、透一郎さんをモデルにしてるなら、透一郎さんの深層心理なんじゃない?」
「突然適当にならないでよ」
梛はそう言って苦笑したが、透一郎は考え込んでしまった。
「強い剣士と戦いたいのかな?」
「まあ、相手はだんだん強くなってきてるな。辻斬りもだけど」
梛と依織は顔を見合わせて首を傾げた。
「梛」
「ん?」
透一郎が梛を見下ろしていた。笑顔のポーカーフェイスであることの多い彼が真剣な表情をしていた。
「明日、ちょっと付き合ってくれない?」
「……もともとそのつもりだけど」
何やらされるんだろう。
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