辻斬り・9月【5】
梛ちゃん視点に戻る。
からん、と音を立てて辻斬りの鬼面が地面に落ちた。現れたその顔。よく知っている顔だ。
優し気な目元、夜の海のような瞳、通った鼻筋。表情こそ無であったが、梛の兄、透一郎に瓜二つだった。生き写しだと言っていい。もちろん、辻斬りは透一郎ではない。彼は今、怪奇対応機密局本部にいるはずだ。
その瞬間、梛の手に力がこもった。柄を握る力が強くなる。不穏な空気を察したか、弘暉が梛の方を見たのが分かった。
「はは……なるほど。これはてこずるわけだ」
「おい、梛」
弘暉が声をかけてくるが、残念ながら怒ってはいるが梛は冷静である。これ以上どうにもならない。
「私に兄さんの姿をしたものを斬らせようと言うの? いい度胸だね」
怒ったところで、急に実力は上がらない。透一郎が「うちの流派に近い」と言っていた辻斬りは、そのまま透一郎の剣技だったわけだ。
と、言うことは、流派的には梛と同じ。よく『視れ』ばわかるはず。だが。
剣戟の速度がえげつない! 先にこちらに限界が来る!
体力的に劣る梛はもちろん、弘暉もさすがに限界が近い。近くにほかの剣士がきている気もするが、手出しできないようだ。たぶん、今間合いに入ってこられたら斬る。
唐突に、梛の眼に辻斬りの動きがダブって見えた。切っ先が下がり、たたらを踏む。視界が安定しない。次の辻斬りの動きが多数見えるような、そんな感覚。
「梛! 止まるな!」
止まった瞬間、斬られるのはわかっている。梛はひとまず後ろに飛んで距離を取った。直撃はしなかったが、肩のあたりが斬られた。何度か瞬きすると、正常な視界が戻ってくる。しゃがみ込んでいた姿勢から斬りかかり、弘暉と位置が入れ替わる。背後で柏手が聞こえた。
「禁!」
辻斬りの足が止まる。依織の声だった。陰陽術で足止めしたのだ。だが。
「依織ちゃん!」
「依織!」
依織の禁呪を破り、辻斬りが動いた。梛は辻斬りの刀の峰の部分をもろに食らい吹っ飛んだが、弘暉が追い付いた。依織をかばうように前に出る。
「弘暉!」
自分をかばって斬られた弘暉に、依織が悲鳴を上げる。そのころ、梛はようやく起き上がり、辻斬りに向かって高所から矢が連射された。すべてはじかれる。双葉だ。
「っ!」
今度は双葉だ。辻斬りが消えて、気づけば研究棟の屋根にいる双葉の目の前にいた。
「ひ……っ!」
悲鳴もなかった依織に対し、双葉は引き攣れた声を漏らした。梛は方向転換すると、棟の壁を駆けあがる。術で補助しているとはいえ、なかなかきつい。
辻斬りの背後から突きを放ち、双葉を狙った刀を絡めとる。うまくからめとったが、自分の刀も取り落とした。
ダメだ、受け身が取れない!
「梛!」
自由落下していくが、受け身が取れない。辻斬りも落下している。ほぼ同時に地面に激突するだろう。だが、誰かに受け止められた。
「大丈夫か!?」
「津村君」
透一郎が招集した、囮の剣士の一人だ。弘暉の警報で来てくれたらしい。だが、それどころではない。うまく着地した辻斬りが向かってくる。梛は近くに落ちていた刀を拾い上げた。
「下がれ!」
かばいながらでは戦えない。満身創痍な梛だが、それでも津村より強い。彼もそれをわかっているので、おとなしく下がった。
再び連撃を放つが、すべていなされる。威力はもちろん、速度も落ちている。弘暉はどこだ。梛では何とか立ち合える程度、切り結べない。
しかし、津村が来たということは、他の人員も集まってくる。二人で頑張ったんじゃないだろうか。
「梛、頭を下げろ!」
あまり大声を聞かない男の怒鳴り声に、梛は頭を下げた。頭上を突きが通り抜けていく。祐真だ。梛は頭を下げたまま祐真の攻撃を邪魔しないように横に移動する。
祐真の突きの勢いに負けて辻斬りが後退する。梛を弘暉が追い抜き、辻斬りの刀をそらす。梛はその胴に向かって横薙ぎに刀を振るう。祐真と弘暉が作ってくれた一瞬の隙だ。梛の『斬る』準備もできていた。はずだった。
「っ!」
弘暉ごと梛の体が倒される。残った祐真が辻斬りの体を貫いていた刀を引き抜く。
「梛! 弘暉!」
「腕を斬って!」
梛をかばって頭を打ち付けた弘暉は脳震盪を起こしたようで起きない。叫んだのは梛だ。祐真の立ち位置的に、切れるのは左腕だ。自分の右足に一撃食らいつつ、祐真は左腕に刃を立てた。斬れない。
梛が何とか身を起こした時、急に辻斬りは逃げの体勢になった。梛が踏み込んで抜刀したが、ぎりぎり届かなかった。
「待ちなさい!」
梛が逃げる辻斬りを追おうと駆け出しかけるが、祐真が背後から「追うな!」と叫んだ。
「梛は動くな! 津村、吉永、追えるところまで追え! 紺野さんと土御門さんも同行してください! 戦闘にならないように!」
祐真がてきぱきと指示をだし、剣を持った男女二人と、狙撃手の女性一人、陰陽師が一人辻斬りを追いかけていった。それを見送った梛はその場に膝をついて四つん這いになる。姿勢を維持できなかった。
「梛、梛! まだ気を失うな!」
祐真が近寄ってきて背中を丸めて咳き込む梛の肩をつかむ。げほっ、と咳き込んだ梛が血を吐き出す。祐真が焦ったように無理やり座位姿勢を取らせた。
「大丈夫か?」
依織の声が加わった。千里眼・水鏡の使い過ぎで視神経が痛い。めちゃくちゃ苦しいし痛いが、気を失いたくても失えない。
「肺に折れた肋骨が刺さったんだ。治す前に骨の位置を戻さないと」
「え……それは私でどうにかなるのか?」
「ならない」
この天然二人組にめちゃくちゃツッコミを入れたいが、口を開いても咳と血しかでてこない。依織は治癒術が使えるが、医学的知識はほとんどないので変なことをしないでほしい。怖い。
「梛、弘暉、大丈夫!?」
また人が増えた。とても聞きなじんだ声。兄の透一郎だ。ちなみに本物である。
というか、心配してくれるのはありがたいが、早く処置をしてくれ。
いつの間にか気を失っていたらしい梛が目覚めたとき、怪奇対応機密局の医務室に収容されていた。
「あの野郎……絶対斬る」
目が覚めた瞬間、思ったのはそれだった。兄の顔を模った辻斬りなど許すまじ。
「……思ったより元気そうだね。大丈夫?」
ベッド脇から苦笑気味に声をかけてきたのは件の透一郎だった。
「兄さんだ……」
「言っておくけど、本物だよ」
「わかってるよ。のどが渇いた」
「はいはい」
のそのそと身を起こす。折れた肋骨は治されたようで、痛くない。右腕はつっていたし、左目は包帯に覆われていたが。
「内臓の損傷を先に治したよ。水はゆっくり飲むこと。はい」
と、ペットボトルにストローをさしたぬるい水を渡された。ストローを加える。
「肋骨が三本折れて、右の肺に刺さってた。腹部と背中、手足に打撲痕があったね。内臓が破裂しなくてよかったね。右肩は脱臼を無理やりはめた? 三日は動かさないようにって。目は千里眼・水鏡の使い過ぎだよ」
にこにこと、結構怖いことを言われたが、無茶をした自覚はある。折れた骨が肋骨だけで幸いだった。
「私、どれくらい寝てた? 祐真さんと弘暉さんは?」
「辻斬りとの遭遇から一日半ってところかな。今、明け方だよ」
時計を見ると、早朝の五時だった。なるほど。
「弘暉は頭を打ってたけど、昨日の夜に目を覚ましてる。祐真はぴんぴんしてるよ。足が複雑骨折して松葉杖だけどね」
「……」
いや、聞いたのは梛だが、笑顔で言うことだろうか。透一郎が梛の手からペットボトルを取り上げた。
「それで」
思いのほか真剣な兄の声に、梛は右目で透一郎を見やる。彼は真剣な表情で尋ねた。
「『視えた』ね。どうだった?」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
梛が津村の剣を奪い取るパターンもありましたが、梛の性質上却下しました。
あと、梛は辻斬りが透一郎と同じ顔をしていたのでぶちギレています。




