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辻斬り・9月【4】

初めての弘暉視点。













 少し、弘暉側の話をしよう。朝、出て行こうとする弘暉に律子が声をかけてきた。


「お兄ちゃん、大学ですか?」

「おう。お前もだろ」


 こくんとうなずいたおとなしい妹は、「梛ちゃんと明日香ちゃんが一緒です」と答えた。梛……その名に、弘暉は少し顔をこわばらせる。梛のことが嫌いなわけではない。むしろ好きなほうだと思う。妹のようにかわいがっている自覚はあるし、なつかれている自信もある。問題は、いま彼女が辻斬り対策の剣士の一人としていることだ。今日も刀を持っているだろう。


「……ま、お前、くれぐれも刀剣持って行くなよ」

「辻斬りですね。わかってます」


 笑って答える律子に、この子も朗らかになったものだなぁと思う。梛と明日香のおかげだ。まあ、辻斬りは刀剣を持たない相手には興味を示さないらしいので、大丈夫だろう。おそらく。梛が襲われても、巻き添えを回避できる能力もある。

「そういや双葉は?」

「依織さんと遊びに行きました」

「なるほど」

 その二人は放っておいて大丈夫だろう。依織も就職活動、弘暉も卒業論文に気を取られて最近デートもできていないなぁと思う。すでに社会人の祐真は大学一年生の梛を連れてよく出かけているが。女子高生じゃなくなったので、連れ出しやすくなったと喜んでいた。

「じゃあ行ってくる」

「はい。また後で」

 律子に見送られて、弘暉は大学の研究室に向かった。この時点で昼過ぎだった。


 研究室には弘暉のほかに院生が二人と、学生が二人来ていた。実験結果を取りまとめつつ、辻斬りに遭遇したのは、小腹がすいたので何か買いに行こうと建物の外に出た時だった。


「おい、あれ」


 理系なので、圧倒的に男子学生が多い。梛が近い専攻を希望しているので、美少女が来る! と男子学生たちは喜んだが、残念ながら彼女には正統派美男子な彼氏がいる、というと本気で泣いていた。


 何が言いたいかというと、声をかけてきたのは男子学生だった。弘暉も目を見開く。


 鬼の面。侍のような、袴姿。腰に差した刀は一本。上背は弘暉と変わらないくらい。


 弘暉は手に持っていた刀をベルトに差して刀を抜いた。辻斬りも、面越しでもまっすぐに弘暉だけを見ているのが分かる。首に下げたネックレス上のタグを折り、位置情報を発信した。今、一番近くにいるのは梛のはずだ。二人になればある程度やりあえるだろう。大学生の剣士はほかにもいるが、やはりその中でも連携を取るなら梛がいい。


「武宮。あれ……」

「下がれ!」


 おそらく、共に戦おうとしてくれたのであろう院生の魔術師に声をかけた瞬間、辻斬りが斬りかかってきた。すでに、こいつは辻斬りと断定している。下手に人がいると、弘暉が剣を振るえない。近くにいた全員を下がらせた。

 斬りかかられた刀を受け止める。力技で受け流し、踏み込んで水平に刀を振るうが逃げられた。一瞬でもひるめば斬られるとばかりに、弘暉は連続して刀を振るう。

 攻撃が一つも当たらない。いや、まったく当たっていないわけではないが、辻斬りにとっては大した衝撃ではないだろう。四条の言う通り、洗練された動きだ。ただ、祐真のような、というより、それより近い動きを弘暉は知っている気がした。


 というか! 今は考えている場合ではない!


 何やら外野がうるさいが、何を言っているのか聞き取れない。四条がほぼ一方的にぼこぼこにされるのもわかるような強さだ。

 弘暉が体勢を崩した。それを逃さずに辻斬りの刀が弘暉のわき腹を切り裂く。すでに打たれている腕がしびれてきた。

 ふと、辻斬りの注意が弘暉の背後に向けられるのが分かった。いや、視線が見えているわけではないが。


「弘暉さん!」


 梛だ。広大なキャンパスとはいえ、同じ敷地内なのでさすがに駆けつけるのが早い。本当は不意打ちをしてほしかったし、彼女もそうするつもりだっただろう。だが、辻斬りに気づかれたので作戦を変更したのだ。彼女の居合なら、もしかしたら一発で片が付くかもしれないと思ったが、そううまくはいかなかった。

 梛の刀が弘暉の脇を通り抜けて一閃する。抜刀ほどの速度はなかったが、かなりの速度で振るわれたその剣が辻斬りにはじかれる。腕力で負けていることが分かっている梛はまともに受けることをせず、後ろに引いた。辻斬りの興味が梛に移る。

 目で追えないほどの剣戟が二人の間でかわされる。梛の攻撃も当たっていないが、梛も辻斬りの攻撃にうまく対処している。ついていけている。さすがだ。


 弘暉も参戦し、突きを繰り出した。辻斬りはそれを回避して距離を取る。弘暉と梛は並んで構えを取った。弘暉は重心を低く、梛は上段で刀を構える。

「どうだ?」

「人間ではないね」

 梛の『千里眼・水鏡』はかなり強力な透視能力を持つ。梛が辻斬りに遭遇できた時点で、かなりの情報を得られるはずだ。

「幽霊……でもなさそうだな。実体はあるのか?」

「通常攻撃は可能だね。ただ、人間の方が本体なわけではないと思う」

「は?」

 会話している間に攻撃され、二人は左右に分かれた。一人より二人の方が格段に戦いやすい。梛が上段から斬りかかり、弘暉の刀が翻る。即座に梛が次の攻撃を仕掛け、弘暉の下段からの一撃が防がれる。


 せめてもう一人……!


 できればもう一人、四条くらい戦える人間に来てほしいが、まだ時間がかかるだろう。


 梛に辻斬りの一撃がもろに入った。彼女は後退したが、勢いは殺せず吹っ飛んだ。

「梛!」

 ここで彼女が脱落すれば弘暉はかなり苦しい。幸い、うまく受け身を取ったようで梛は跳ね起きた。

「この野郎……!」

 声は低いが表情は落ち着いていた。まだ透一郎の『冷静たれ』という教えが生きているようだ。大した精神力である。


 華奢な分、梛が辻斬りの攻撃を食らえば弘暉よりダメージが大きい。それを避けるために、どうしても回避行動が大きくなる。梛の戦法とは合わない。

 弘暉が辻斬りの刀をうまく跳ね上げた。梛が懐に飛び込んで斜め下から斬り上げようとする。辻斬りが身をひねって梛の剣戟を避ける。彼女の攻撃を食らえばひとたまりもない、と察したのかもしれない。確かに、梛は刀に霊力を乗せていた。あのまま体にあたっていれば、斬れていただろう。弘暉は梛を抱えて後ろに下がる。いつの間にか、束ねられていた梛の髪がほどけていた。

「勘がいいな、野郎……!」

「というより、完全に自動で動いた感じだったな」

 梛が弘暉から離れながら言った。辻斬りの一部の隙も無い一撃をよけ、梛が横の構えから素早く一撃を繰り出す。柄を手首にぶつけられてはじかれる。おそらく、梛は単純に膂力が足りない。

「はっ!」

 足に力を籠め、力強い一撃を繰り出す。すかさず梛が軽やかな三連撃をお見舞いする。威力はほとんどないが、辻斬りは反応した。弘暉の刀が上段から振り下ろされ、辻斬りの刀を地面にたたきつける。そこに、一度納刀した梛が抜刀術を披露した。


 梛の抜刀は目で追えない。少なくとも弘暉が受けるには、目で追うのではなく体で感じなければ無理だ。初見ではまず見切れない。


 なのに、辻斬りは止めた。梛の手首をつかみ抜刀を止めると、刀を奪わんとする。それに気づいた梛の反応は早かった。左手で辻斬りの腕をつかみ、地を蹴って辻斬りの後頭部に膝蹴りをお見舞いした。さすがの辻斬りも衝撃で梛を手放す。落下した彼女だか、身を起こすと、弘暉の隣に並んだ。無造作に外れた右肩を治している。

「さて、ご尊顔を拝見しようじゃないか」

 実はこいつ、めちゃくちゃ怒ってるな?

 そう思ったが、弘暉は梛に声をかけることなく、辻斬りの方を向き、そして目を見開いた。


 辻斬りの面が落ちていた。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ちょいキレの梛ちゃん。


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