辻斬り・9月【3】
「梛」
「おや、兄さん」
一年前に弘暉から剣術の基礎を学んでいこう、剣術がお気に入りの晴季に稽古をつけていた梛は、名を呼ばれて自宅の道場の入り口を見た。杖をついた透一郎が立っている。香江も一緒だ。二人はできるだけ一緒にいることにしたようで、香江もよく水無瀬家に訪ねてくる。
「晴季、調子はどう?」
「まだ姉さんに一本も入れられない……」
むすっとして言う晴季に、透一郎は笑う。
「そうだね。梛は強いからね」
と、晴季の頭を撫でた。ちょうど休憩にしようと思っていたので、梛は透一郎を見上げる。
「一本手合わせする?」
そう尋ねたのは、透一郎が袴姿だったからだ。道着、ともいうが。透一郎が「うん」とうなずき、杖を梛に渡した。代わりに木刀を渡す。晴季と香江は隅によって見守ることにしたようだ。
「二人とも、気を付けてね」
「大丈夫だよ」
「そうそう。香江さんの夫になる人は、体が不自由だとしても強いからね」
左手に重点を置いた構えを取った透一郎が、梛を見て言った。
「お前はどうしてそう気障なことが言えるんだろうね」
「所詮私が女だからだよ。これで男だとしたら鼻につくけれど、女なら男前な女ですむもの」
「なるほど」
納得していただけたところで、手合わせを開始した。思うように体が動かないであろう透一郎だが、左を利き手に刀を扱うことに慣れてきたらしく、梛もよく見ていないと攻撃を食らってしまう。体が動くし速度がある分、梛に分があるが、透一郎は梛よりも腕力があるので一撃を食らうとかなり痛い。
どうしても足が不自由なのはハンデになる。片目が見えないこと、片腕が義手であることは、慣れで補えるが、足が動かないのはどうにもならない。梛が正確に透一郎の義手に一撃を入れると、彼はバランスを崩してその場に倒れこんだ。
「透一郎!?」
見守っていた香江が驚いた声を上げる。倒れても放さなかった木刀を手放し、透一郎はその場に胡坐をかいた。正座はできないが、ぎりぎり胡坐はかけるらしい。どういうことだ。
「大丈夫だよ。梛、座ってくれないか」
「……」
梛は透一郎が手放した木刀を回収し、透一郎の前に立膝で座る。思いのほか真剣な表情で、透一郎は梛に尋ねた。
「梛。隆宏の辻斬りの報告を聞いて、どう思った?」
「どう、って。私が一人で会敵したら、逃げを打つしかないな、と」
実際にはそうならない気がするが、そう思ったのは確かだ。透一郎は笑って「言葉が足りなかったね」と言った。
「そうじゃない。戦い方の話。祐真のように無駄がそぎ落とされていて、お前のように優美な太刀筋だった、と言っていたね」
正確には違う気がするが、確かにそんなようなことを言っていた気がする。梛はうなずいた。
「そうだね……不思議なことを言うな、と思った。祐真さんのように洗練された剣士がめったにいないと言うのもそうだけど、そういう鋭い剣筋の人間が、優美に見えるということはあるんだろうかって」
剣舞としては見られると思う。だが、それが優美と言えるだろうか。秀美、流麗というならわからないではないが。まあ、これは感性の問題なので、梛と四条の感性に若干違いがある可能性はある。
「感性の問題だからね。仕方がない。私は、ある人の言葉を思い出した」
透一郎の剣は、研ぎ澄まされた美しさがあるわね。
かつて、透一郎にそう言った人がいたらしい。彼が二十歳ぐらいのころ、ヘルウェティアに出張したときだ。あちらで女性剣士に言われたらしい。
「似ていると思わないかい? 隆宏が言っていたことに」
「……そう言われてみると?」
無駄がそぎ落とされていて、優美な太刀筋。
研ぎ澄まされた美しさ。
確かに、似ていると言われればそうなのかもしれない。それはつまり。
「辻斬りは、私たちの流派と近いのかもしれない」
「……」
剣術の流派は枝分かれしていることが多いが、水無瀬家の流派はそれほど分かれていないはずだ。というか、純粋な使い手は透一郎で途絶えている可能性がある。梛も同じ剣術を使ってはいるが、膂力の足りなさを補うためにいろいろと導入している。
「……四条君は人間じゃないと思う、って言ってたよね」
「言っていたね」
梛は自分と同じ剣術の使い手と向かい合うことになるのかもしれないのか。
「梛が辻斬りと切り結べば、おのずとはっきりする。逆切れして無茶をしないようにね」
「兄さん、私をなんだと思ってるの」
「私より男前だけど、私より短気だなと思ってる」
「……そうだね」
息を吐き、梛は立ち上がった。
「まあ、一人で何とかしようとは思わないよ。私も命が惜しいもの」
透一郎を立たせながら梛は言った。立ち上がりながら「そう言う問題でもないけどね」と透一郎は苦笑した。
「確証が得られれば、対策はいくらでも取れる。情報を持って帰ってくれば、必ず私が対応策を考えるから」
「それは心強い」
兄妹で笑っていると、香江が心配そうに言った。
「本当に気を付けるのよ、梛ちゃん」
「姉さん」
晴季にも袖を引かれ、梛は「わかってるよ」と苦笑した。だが、結果的には大丈夫ではなかった。
四条が遭遇して以降、『陽炎』の誰も辻斬りに遭遇しなかった。誰も遭遇しなかったわけではない。被害者は出ている。ただ、『強い剣士』は遭遇しないのだ。しかも、被害状況を見る限り辻斬りは強くなっている……。
九月半ば、梛は大学に来ていた。律子と明日香も一緒である。講義自体は十月から始まるが、図書館に用事があったのだ。やはり、専門書は大学図書館の方がそろっている。透一郎の蔵書も大したものだが、やはり梛とは専攻が違うために使う専門書が違ったのだ。第二外国語からして違う。
「夏休みでも結構学生いるよね~」
「理系だと、実験があったりしますもんね。お兄ちゃんも今日来てますよ」
図書館の席で並んでレポートを片付けつつ、明日香と律子が話している。梛は今日も今日とて動きやすい格好に竹刀袋に入った真剣を持っている。夏なので足元はスニーカーだ。この大学は魔術師が大半を占めるので、この学内で襲ってくれた方が安全かもしれない。辻斬りは昼夜を選ばない。
「律子んちは兄妹全員この大学だもんね」
「そうなんですよね……」
おかげで学生生活はほぼ筒抜けらしい。弘暉も双葉も根掘り葉掘り聞くような人間ではないが、ちょっと居づらいのはあるだろう。
「ていうか、静かだけど梛、課題進んでる?」
律子越しに明日香が声をかけてくる。梛は自分の進んでいないレポートを見た。ちなみに、端末で作っている。その時である。
静かな図書館内でけたたましいアラーム音が鳴り響いた。梛のカバンからだ。視線が集まる。怪奇対応機密局から支給されている端末を取り出してアラームを止める。
「何?」
「警報。近いな……」
梛もしているが、折ると位置を発信するGPSのタグが位置情報を発信している。それを受信し、けたたましいアラーム音を立てるのがこの端末。位置情報も表示される。
梛は立ち上がるとその場で竹刀袋から刀を取り出す。周囲がぎょっとするが梛は気にしない。律子が梛を見上げる。
「え、近いんですか?」
「っていうか、律子ちゃんのお兄ちゃんが会敵してるね」
「!?」
がたん、と椅子が倒れた。律子が勢いよく立ち上がったのだ。あわあわと手を動かす。
「ちょ、ど、ええ……!?」
「私は今から行くから荷物よろしく。ああ、理系研究棟の裏当たりだから、双葉ちゃんと依織ちゃんを招集して」
じゃあ、と梛は図書館から駆け出る。入るも出るも学生証が必要なので持っているが、割れるかもしれないなぁと思った。
警報を発したのは弘暉だ。彼が警報を鳴らしたということは、来ているのだ。辻斬りが。図書館を駆け出た梛は建物を回り込む。大きな大学なので、目的地に着くのも一苦労だ。そこそこいる学生が刀を持って疾走する女子学生に引いているが、構わず走る。研究室が集まっている棟を回り込み。
……いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
透一郎が言う『ヘルウェティアの女性剣士』は『魔法自称統制管理局』のシェナ・リャン・クライン女史のこと。




