辻斬り・9月【2】
「また?」
竹刀袋を担いでいる梛を見て、そう言ったのは明日香だ。大学ではなく、単純に遊びに来ているだけである。律子は梛の竹刀袋を見て眉をひそめた。
「私はお兄ちゃんに刀剣を持ち歩くなって言われました」
「辻斬りが出るからね」
本格的に夏休みに入った三人は、遊びに行こう、とカフェで待ち合わせたのだが、梛が作戦行動中なので動きやすい格好で竹刀袋を担いでいるという微妙な格好なのだ。明日香が「それ、あたしも聞いたなぁ」とうなずく。
「真剣じゃなくても、竹刀とかでも持ってたら斬られてるもんね。梛たちは囮ってこと?」
「まあ、そう言うことだね……剣の類を持っていなければ、同行者は狙われないから安心していいよ」
これまでの実績を見る限り、そうなっている。もし、この三人でいるときに遭遇しても、狙われるのは梛だけのはずだ。明日香も律子もそれなりに強いので、梛も安心して二人を気にせず戦うことができる。さすがに、透一郎や晴季と出かけるときは刀は置いて行くけど。
「さすがに隠せないし、ニュースでも取りざたされてるもんねぇ」
「昨日も被害者が出ていますしね。被害はこんなに出ているのに、画像が一つもないのが不思議です」
明日香も律子も言った。確かに、姿は鬼の面をした和装の(おそらく)男、というくらいしかわからない。目撃者によると身長は高かったらしいから、男、なのだと思うが。
透一郎と弘暉も言っていたが、これだけ被害が出ているということは、実体があると言うことだ。正体が分かれば、おそらくおおよそのものは梛に斬れる。透一郎が梛に囮役をさせるのは、そう言った理由もあるのだろうと思う。
「一応専門家の人とかが解説してくれるけどさ。透一郎さんとかがスパッとテレビで言っちゃったほうがいいんじゃないの?」
全く話を聞いていなかったが、兄の名が出て梛は明日香を見た。六年前に家族の半分が殺された事件で、水無瀬家の名前は全国に報道されている。水無瀬、という苗字は珍しい。少なくとも梛は、自分と同じ苗字の人間は家族しか知らない。つまり、兄がテレビに出れば、六年前の事件の被害者だと感づかれる。
「それはやめてほしいかな。怪奇対応機密局にも、広報部があるでしょ」
透一郎と梛は他人だと言い張れないくらい顔が似ているので、透一郎の顔が売れてしまえば、梛も注目を浴びることになる。
「そっかー。そうだよねぇ」
「兄さんになかなか会えなくて寂しいなら、私の顔で我慢しなよ」
一応、幼いころの初恋は振り切っていると思ったのだが、明日香は透一郎と香江が結婚すると聞いてそれなりにショックだったようだ。祝福してはいるが、それとこれとは別の話だ。梛の家に遊びに行けば透一郎にも会えるが、大学生になってから何かと忙しいのでそれもできていない。
「見た目がさ、眼福だよね。もう見てるだけで満足というか」
「アイドルみたいな感じですか?」
「そうそう! 顔見てキャーキャー言って満足、みたいな」
なんとなく気持ちはわからないではない。眺めるならきれいな人の方がいいだろう。子供とか、子猫とかを見て和むのと同じだ。
「梛でもいいけどさ。やっぱり、透一郎さんとちょっと違うのよね……」
「男女の兄妹にしては驚くほど似ていますけどね」
律子も苦笑して言った。透一郎の方が比較的穏やかな目元をしているので、たぶん、明日香はそう言うのが好きなのだろう。見る分には。
「そのお兄様が『体が動くなら手合わせしたい』って言うくらいだから、辻斬りには本当に気を付けてね」
律子は剣士だし、明日香も槍などの長物を扱う。明日香の得物が刀剣に分類されるかは不明だが、気を付けて損はない。夜の任務中に襲われた『陽炎』の隊員だっているのだ。
そう言った梛を、二人がじっと見つめた。紅茶を飲んでいた梛はカップを降ろして首をかしげる。
「何?」
「それ、梛も同じことだからね」
うんうん律子にもうなずかれ、梛は「そうだね」と笑った。
しばらく被害が収まったと思ったら、九月の頭、動きがあった。透一郎がおとりとして用意した剣士に、辻斬りがひっかかったのである。
集まれる人間だけ集まった会議室。頭や体に包帯を巻き、腕を固定してむすっとしているのが今回の被害者、四条隆宏である。梛より二歳年上の二十一歳。『陽炎』では刀を使う剣士が圧倒的に多い中、両刃の剣を使う剣士だ。
「四条ですらこれか……」
「俺、本格的に渡り合える自信ないんだけど」
弘暉と楢崎である。後ろ向きなのが楢崎だが、正直、彼の気持ちもわからないではない。四条は、少なくとも梛と張り合えるくらいの実力がある。
「まあ……うん。私の想定が甘かったのは認める。ごめんね、隆宏」
例によって透一郎が取りまとめている。四条はきりっとして言った。
「いえ。甘く見た俺もいけませんでした。討てるだろうと、思い上がっていました。情報もほとんど入手できず、申し訳ありませんでした」
「うん。ちゃんとした指針を作らなかった私が悪いから、気にしないで」
「不覚です。次は必ず討ちます!」
「……」
さしもの透一郎も勢いに押されて押し黙った。笑顔だけが張り付いている。誰も何も言わないので、梛が口を開いた。
「姿を残せなかったけど、四条君は遭遇したんでしょう? どんな姿だった? 戦った感触は?」
梛の質問に、みんなの意識が四条に向く。生真面目な彼は思い出すようにゆっくりと口を開いた。
「姿は……聞いた通りだった。鬼の面に侍のような恰好。刀は腰に一振り。体格は……着物でよくわからなかったが、おそらく、弘暉さんや祐真さんと変わらないくらいだったな。男、だと思う。気配は人間ではないと思うが、だから何だ、と言われてもわからない」
さすがに、四条の見る眼は違うな、と思いつつ、ふむふむとうなずく。
「強かった。ほとんど反撃できなかった。一振りの正確さと速さが尋常ではない。うまく表現できないが……たぶん、戦い方としては祐真さんに近かったと思う」
梛は隣に座る祐真を見た。彼はいつも通りおっとりと瞬きし、ゆっくりと首を傾げた。
「俺?」
「そう。隙がない、洗練されているというか……無駄を削ぎ落した、達人みたいな……」
しかも、話を聞いている限り祐真より強い。祐真にも勝てない梛は、遭遇したら死活問題かもしれない。というか、四条が勝てなかった時点で、ほとんどの剣士が遭遇したら逃げを打つしかないだろう。
「ああ、でも、太刀筋が優美だった。剣舞を見ているようで。それを見て、梛に似ているな、と思ったんだ」
「私?」
どういうことだろう。梛は祐真と目を見合わせて首を傾げた。透一郎が左手の指で軽く机をたたいた。梛の祐真と反対側の隣は透一郎だった。適当に座ったらこの席順になった。
「一人では危険だと言うことだね。まあ、みんなの行動を制限することはできないから、全員に通信機と緊急連絡用のタグを渡しておく。折れば所在地が分かるやつね。辻斬りに遭遇したら、これを折って所在地を明らかにする。オペレーターが指示するので、近くにいるものは急行する。原則、よほどの遠隔地にいない限りは駆けつけるものとする。いいね?」
了解、と声がそろった。何やら大事になってきた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




