辻斬り・9月【1】
新しい章ですが、時期的に前の話と少しかぶっています。
最近、辻斬りが出る。そんな噂が、ネット上で出回っている。そして、怪奇対応機密局では本当に辻斬りが出ることを把握していた。
「辻斬りなんだ? 通り魔じゃなく」
「そう。すべて刀剣で斬られた傷なんだ。これまで被害者の一人を確認してきたけど、ほれぼれするほどきれいな太刀筋で斬られてた」
私が万全だったら手合わせしたいね、と笑う透一郎だが、兄が相手になれば一瞬で辻斬りも片付きそうだな、と思ったのは梛だけではあるまい。若干兄の言動がおかしいのは、このお盆に香江の両親との顔合わせを控えているからだ。
最初の被害者は、剣道部の中学生だったそうだ。つまり、竹刀袋を持っていた。その次はフェンシング部の女子高生。その次は剣道部の男子高校生……という具合に、見事に刀剣の類を持っている人間しか狙われていない。誰も反撃はできなかったそうだ。
「それだけ急に斬られたってこと?」
「それだけ力量差があったってことだろ」
弘暉に言われて梛は弘暉を見た。おそらく、梛と弘暉なら打ち合いになるが、梛と、例えば律子などなら、律子は反撃さえできないだろう。そう言うことか。
「……これ、襲われる相手もだんだん本職に近くなってないか? 一番最近に襲われたの、警察の剣道部だろう?」
祐真が資料を見ながら言った。ちなみに、資料はデジタルである。透一郎が「そうだね」とうなずく。
「今のところ、誰も反撃できていない。十二人目の被害者の実業団のフェンシング選手は、反撃しようと構えたけれど、結局かすりもしなかったようだよ」
「……」
それってとっても強い辻斬りなのでは?
資料を読む限り、辻斬りは侍のような格好をしていて、面をし、刀を差しているそうだ。剣道などで使う面ではなく、能などで使うお面のことだ。笑った鬼面なのだそうだ。怖い。夜に見たら絶対にビビる。
「で、俺たちに帯刀させて、囮兼反撃しろってことか」
「ちょ、おま……俺斬られる自信しかないよ!?」
落ち着いている弘暉に対し、騒いだのは楢崎である。ひとまず一定の剣術の腕を持つ人間に常時帯刀させ、辻斬りの出方を見る、というのが今回の作戦だ。というより、全容が掴めないのでおとり捜査である。
梛は手元の刀を引き寄せ、その白刃を少し引き抜き、納めた。きん、と音がする。
「ま、倒せ、というのでないのであれば、私にも何とかなりそうだね。資料を読む限り、辻斬りはこちらが構えるのを待ってくれるんだろう。だとすれば、対処の方法はあると思うんだよね」
「怖ぇえよ、お前ら兄妹。どうしてそうなるんだよ」
楢崎が本気で怖いと言うように引いているが、梛は無視して言葉をつづけた。
「まあ、私は楢崎さんより弱いけど、相手が一拍間をおいてくれるなら、増援が来るまでしのぐことはできる。と思う。私にはこの目があるからね」
梛が曲がりなりにもこの体格で弘暉や祐真たちと張り合えるのは、千里眼・水鏡のおかげだ。
「けど、水無瀬妹の言う通りだろ。相手が構えるのを待ってくれるなら、いくらかやりようはある」
こちらも好戦的なことを冷静に言ったのは、やはり『陽炎』の剣士である橘慎吾だ。透一郎より一つ年上になる。おそらく、今回集まっている中では一番年上だが、仕切っているのはやはり透一郎だ。
「橘さんと梛の言う通り、別に斬ってこい、なんて言ってないよ。ただ、囮にはなってほしい。情報が全くないからね。情報部が困っているんだ。私たちも対処方法が立てられない」
つまり、囮として辻斬りに遭遇し、情報収集をするのが役目だ。一定の実力がある人間を集めたのは、戦って確実に生還できると思われる人間だけを集めたのだろう。
「その中に梛ちゃん入れるって、お前、妹に厳しすぎじゃねぇ?」
「梛ならちゃんと帰ってくるからね。私の妹だから」
少しの非難を混ぜた楢崎の言葉に、透一郎はしれっと答えた。思わず梛は笑う。
「ちゃんと帰ってくるよ。兄さん泣いちゃうからね」
「そうだね」
最近、涙もろいのを認めるようになってきた。特に弟妹のことに弱い透一郎である。この前は晴季が学校の宿題で尊敬する人の作文に兄のことを書いて、それを読んで泣いていた。安心して香江に尻に敷かれるといいと思う。
「でも、実際のところどうなの? 兄さんたちが不用意に『倒してこい』って言うような人じゃないってわかってるけど、可能なら斬っていい、って消極的だよね」
会議の解散後、透一郎を立ち上がらせながら梛が言った。弘暉も「それは気になってた」と口をはさんでくる。
「俺や祐真でも斬れないと思うか?」
「わからない。けれど、誰一人として反撃できた人間がいない。死者も出ているし、彼らについてははっきりしたことは言えないけれどね」
少なくとも、生きている被害者の中で反撃できた人間がいないのだ。透一郎が警戒しているのはそのせいだろう。祐真も首をかしげて尋ねた。
「……それは、人間だと思うか?」
「違うだろうね。できる人間がいない、とは言い切れないけど、格好が面妖だよね。人ではないと思う」
人型の何か、ということか。なら思いっきりやっていいと言うことだ。
「人でない何かが刀持って辻斬りしてんのかぁ? 武士の霊かねぇ」
弘暉が適当に言った。透一郎が「どうだろう」と笑う。
「霊だとしたら、とても強い霊だね。現世に物理的に干渉できるんだから。まあ、それだったら、私の明鏡止水に閉じ込めて、梛が斬る、という最終手段があるけど」
一年前の悪魔の一件は、なんだかんだ言って梛と相性がよかったのだ。梛が斬れるものだった。今回も、斬れるものかはわからない。
「まあ、それは最終手段だよ。相手が辻斬りだからってこちらも刀剣で戦う必要はないからね」
「……」
しれっとそんなことをのたまう透一郎に、梛たちはちょっと引いた。合理的であるが、卑怯であることは否定できない。卑怯というか、考えることがちょっと腹黒い。確かに、離れたところから狙撃でもすればそれで解決する気もする。
「辻斬りごときに、君たちが命を投げ出す必要はないんだよ」
「まあ、それはそうだけど、兄さん、自分が動けたら自分がやるんじゃない」
「そうだね。負ける自信がないからね」
「自信過剰! って言えないところが苦しい!」
ツッコミをとばしたのは楢崎だ。付き合いが長いので、透一郎の全盛期を知っている。
「……実は私、兄さんがどれくらい強かったかよく知らないんだよね」
「けど、お前透一郎さんが動けたときも、普通に刀握ってたじゃねぇか」
弘暉に言われ、梛はどう説明したものか、と少し考えた。
「……たぶん、私は十三の時と今ではかなりの実力差があるよね。十三の時の私は、もちろん透一郎兄さんが強いのはわかってたよ。でも、それが彰次兄さんとどれくらい違うか、推し量れたとは思えないんだよね」
今なら、祐真と弘暉の実力差もわかる。本当にわずかだが、弘暉の方に分があるだろう。その些細な差が、十三歳の梛にはわかったと思えない。透一郎が笑う。
「お前は本当によくわかってるよね。そうだね……流派はもちろん、梛と同じだけど、戦い方だけで言うなら、今なら祐真が一番近いかな」
梛が振り返って祐真を見上げると、首を傾げられた。たぶん、隙がなくて洗練されていたのだろうな、とは思った。今度、楢崎に話を聞いてみよう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




