伝えたいことがある・7月【4】
楽しそうなのは明日香だけで、梛も涼介も腰が引けていたが、三人ともスライダーに挑戦して水の中に突っ込んでいった。そして滑り降りた先のプールから上がったところで律子と翔と合流した。
「お前らあれ滑ってきたの……え、すごいな」
翔が引いた顔で言った。律子もちょっと引いているのが分かる。
「二人も滑ってくれば? 楽しかったわよ」
と明日香は上機嫌で言うが、彼女の後ろで涼介と梛がそろって首を左右に振るので、翔も律子も断った。明日香は少し残念そうだが、それでいいと思う。
体力の有り余っている大学生たちではあるが、遅くなる前に切り上げて夕食を取って帰ることにした。翔と律子のデートに付き合っていたはずが、普通に友達とのお出かけとなっている。
プールの更衣室に入り、着替えながら明日香が律子に尋ねた。
「で、柊とはどう?」
「あ、それは私も気になる」
「え、ええっ」
律子はうろたえたが、付き合ってもらったという自覚があるのだろう。少し赤くなった律子は視線をさまよわせ口を開いた。
「た、楽しかったですよ」
そういうことじゃない、と思ったが、梛も明日香もあまりツッコまないことにした。梛もあまりつつかれるといやだからだ。梛も人ののろけを聞くのはいやではないが、自分が聞かれたらちょっとためらってしまうのであまり聞かないようにしている。
「ん、どうしたの?」
律子にじっと見られているのに気づき、梛は笑って尋ねた。律子は梛の顔を見上げた。
「……何でもありません」
なんとなく律子が言いたいことはわかった。できるだけ治してはいるのだが、どうしても傷跡が残る。明日香などは付き合いが長いので知っているが、律子は初めて梛の状態を見たかもしれない。律子は弘暉や双葉と暮らしているので、察して黙ったのかもしれない。
男子組と合流すると、五人は近くの焼き肉店に入った。少し早い時間なので、客は少なかった。
「そういえば、梛が痴漢にあったんだよ」
「あってないよ。未遂だったから」
別れて遊んでいた時の話になり、明日香が思い出したように翔と律子に言った。まあ、話題としてはあまりないことなのでちょうどいい。本当に被害にあっていたら笑えないが、未遂だったのでこうして話ができるが。
「梛ちゃん、美人だしスタイルもいいですもんね……」
「筋肉質だけどね」
「梛はそう言うけど、あんたは引き締まってるって感じだよね。脚線美」
「ああ! わかります」
女子三人が盛り上がっているので、男子二人は引き気味だ。黙々と肉を焼いている。
「ねえ。触りたくもなるよねぇ」
「触りたく……いえ、そうではないと思いますが」
「ねえこれ何の会話?」
梛がツッコミを入れると、明日香が「梛には女の自覚が足りないってこと~」と間延びした口調で言い、涼介が焼いた肉を食べた。そこに注文した石焼ビビンバが届いた。現時点でテーブルの上にかなりの皿が乗っている。
「というより、梛ちゃんは強いので、何かあっても対処できる、って思いこんでる気がします」
「ああ、それだな。危機管理能力が足りない」
涼介も律子の言葉を聞いて言った。そんなに足りないだろうか。
「命を守ると言う意味では完璧よ。ただ、なんていうの。ちょっとした犯罪に巻き込まれる可能性を見落としてる感じなのよねぇ」
「……なるほど?」
なぜ寄ってたかって説教されているのだろうかと思いつつ、梛は思わず納得してうなずいた。例えば、命に係わる事故や事件なら、梛は回避するだろう。しかし、ひったくりなどには対処しないだろう。……いや、それはするな。
盗撮や痴漢は気にしないだろう。というか、わかっていても回避しないだろう。そう言うことか。
「まあ確かに? 痴漢くらいならって思わないでもないけど、それ以上のことに巻き込まれたらどうすんのよ」
「まあ、そうだねぇ。普段男装……してるわけじゃないけど、そう見えてるから気にしてないんだろうね」
セーターにスラックスでいると少年だと思われることが多い。スカート姿だと祐真などと一緒にいることが多いので、たぶん、そういった意味での身の危険を感じたことがないのだ、と察した。なるほど。
「お前は周りのセキュリティが強力すぎるんだよ」
「セキュリティ言うな」
正直、透一郎は過保護だな、と思う。
大学生が入るようなリーズナブルな焼き肉屋で、五人で二万近くは食べた。案外律子もよく食べた。彼女と翔のデートだったはずだが、ただ遊びに来たような状況だが、二人は楽しそうに帰って行った。残った三人は。
「あの二人はあれでいいのか?」
「二人が楽しいんならいいんじゃないの?」
そんな感想だったが、まあいいかという三人の結論だった。巻き込まれるのはあれだが、見ている分には楽しい。そして、涼介は梛も明日香も送ってくれた。
「ということを聞いた」
「誰から聞いたの」
並んで本部の廊下を歩きながら祐真におっとり言われ、梛は思わずツッコミを入れた。数日前にそう言うことはあったが、誰から聞いたのだろう。
「和真。あと、榊原と式部も俺の顔を見て話しかけてきた」
「……」
あの時痴漢(未遂)を目撃した全員だ。見ていたとしても、翔と律子は自分から話すタイプではない。
「言われてみれば、俺はお前に魅力的だと言ったことがない気がした」
「……可愛いと言われたことがある気はするけど」
「いや、客観的に見て声をかけたくなる美人だと言うことだ」
同じように聞こえるが、若干ニュアンスが違うのはわかる。まあ、その件については梛自身も反省したのだ。
「気づいたんだけど、私、体が不自由な兄さんですら、拘束されたら振り払えないんだよね……」
「……体勢の問題じゃないか? というか、お前、透一郎さんに何させてるんだ……」
祐真はそう言うが、透一郎は普通に付き合ってくれた。
「左手で拘束されただけで振り払えないんだよね。襲われて関節破壊するのは正当防衛に入ると思う?」
「お前の場合は、過剰防衛に入ると思う……」
さすがの祐真も少しあきれたようだ。だが、すぐに真剣な表情で梛の両肩に手を置いた。
「お前は、そうなる前にもう少し自分の身を守れ。自分が女であることを自覚しろ。客観的に見てお前は美人だし、スタイルもいいし、朗らかだろう。それだけで男って言うのは勘違いするぞ」
一年前にもストーカー問題がある。あれは一応解決したが、確かに梛に全く関係ないとは言えないのだ。
「ちょ……あんまり褒めないで」
両手をあげて顔を隠す。赤くなっている自覚があった。祐真が真剣なのはわかるが、その顔であまり褒めるようなことを言わないでほしい。梛が祐真を好きだと本当にわかっているのだろうか。
「……梛」
「わかってる……ちゃんと気を付ける」
「そうじゃなくて……今無性にキスしたい」
「はい!?」
隠していた顔が上がった。お前、そういうことを言うからむっつりスケベだとか言われるんだぞ。と思ったが、声には出なかった。
「時と場所を考えろ!」
「時と場所を考えればしてもいいのか」
「うっ」
梛はその場でしゃがみこんで膝を抱えた。
「あのー、そこのバカップル。声掛けてもいい?」
と、声をかけてきたのは土御門だった。祐真はこのまま見回りに出ることになっている。それに同行するのが土御門だ。梛は明日、ちょっと遠出をするのでその作戦の確認をしに来た。
「……梛」
「放っておいて……」
さすがの梛も、すぐに立ち直れそうになかった。見られた……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
お兄ちゃんの次は妹の話でした。
ということで、バカップルと瀬名兄弟について。
【水無瀬梛】
19歳。めでたく誕生日を迎えた。祐真とは無事にバカップルをしている。そして、大学生も満喫している。一応美人の自覚はあるが、兄の方が美人だと思っている上に、たいていのことは自分で対処できると思っているので、危機管理が足りない。一回痛い目見た方がいい気がする。
背中に6年前の事件で斬られた傷跡が残っている。一応治療はしたが、完全には消せず、ちょっと気にしている。祐真と交換した腕時計は大事にしているが、男避けの効果はあまりない模様。
【瀬名祐真】
23歳。梛が大学生になったので犯罪っぽさが消えてうれしい。ついでに梛の危機管理が足りていないのが気になるようになってきた。弟が梛とプールで遭遇したことにちょっと嫉妬したが、説教してくれたようなので、まあいいかな、とも思っている。
なお、梛に贈った腕時計についてはネットで調べた。交換したところ、梛には効果がなかったが、祐真は女避けの効果があった。
【瀬名和真】
21歳。祐真の弟。祐真より3学年年下。妖魔狩りの才能はないので、普通の大学に通っている。だが、空手有段者。梛に組み手の方法を教えて周囲から顰蹙を買ったのはこいつです。兄とは違い、精悍な顔立ちの青年。兄と梛が相思相愛なのはいいことだと思うが、たまに時と場合を考えてほしいな、とも思う。梛のことは妹くらいに思っている。




