伝えたいことがある・7月【3】
「で、どうしてこうなったんだろう」
「柊が武宮と二人でプールに行く勇気がなかったからだろ」
「というか、目くらましでしょ」
郊外にある、大型の遊戯施設のプールに来ていた。まさか、こんなにすぐに水着を使う機会が来るとは。
梛と、涼介と、明日香と。三人で波のあるプールを眺めている。浮き輪に捕まった律子とそのそばにいる翔がいた。焦れったい。
じれったいバカップルに巻き込まれた三人は、こうしてベンチに座ってバカップルを眺めている。明日香の言う通り、目くらましが大半なのだと思う。実際、律子は弘暉たちに「梛と出かけてくる」と言って出てきただろう。
「本当は里見も巻き込もうと思ったんだが、デートだって断られたんだよな」
「あたしら、結局人がいいよねぇ」
そう言ってしまう明日香の性格が好きだ。本当にそうだと思う。まあ、好奇心から首を突っ込んだ感は否めないけど。
「ま、俺たちもせっかくだから楽しもうぜ。つーか、お前ら気をつけろよ。変な男に引っかかるなよ」
涼介が梛と明日香に向かって言った。梛は「心配してくれるんだね」と苦笑したが、明日香は「大丈夫よぉ」とからりと笑った。
「水無瀬。お前も今はどこからどう見ても女だからな」
「式部君、私の兄と同じこと言ってるよ」
プールに出かけると言ったとき、透一郎は涼介と似たような反応をした。女性にしては背が高く、すらりとしている梛は体型が見えなければ男にも見えるが、水着はもろに体型が出る。どこからどう見ても女にしか見えないのだから、ナンパには気をつけろと。さすがに過保護が過ぎるのではないかと思った。
言っていても仕方がないので、三人とも遊びに行くことにした。波のあるプールでは翔と律子がいちゃついているので、流れるプールで流れることにした。浮いているだけだが、割と楽しい。
「学校の授業で水泳ってあったじゃん。あれはいやだったけど、こういうのは楽しいよね」
浮き輪につかまりながら明日香が言った。梛も気持ちはわかる。梛も明日香も涼介も泳げないわけではなかったが、授業でやらされるのと遊びに来るのではやはり違うものだ。
「水無瀬家って水を司ってるよな。透一郎さんとか」
隣でクジラにつかまりながら流れている涼介が言った。梛は明日香と同じ浮き輪につかまっていた。
「兄さんはどちらかというと冷却……氷だけどね。父さんは純粋な水だった気がするな。泳げたかは知らないけど」
梛自身も水の適性があるが、威力としては木行の方が強い。それは『梛』という名前からもわかる。『梛(木)は凪(水)に通ず』と、母の桐花は梛を名付けた。実際に、梛木は船乗りのお守りとなっているらしい。だからと言って、梛が水を扱うのが得意か、と言えばそう言うわけでもない。身体能力が高いので、学校で引っかからない程度には泳げるが。
「明日香はこういう教育がしっかりされてそうだよね」
「どうかしら。習い事は多かったけど」
水泳はしたことないわね、と明日香は言った。夏とはいえさすがに冷えてきたので、水から上がることにする。人が多いので律子たちと合流できないが、まあいいだろう。
「なんか飲もうぜ」
「賛成」
涼介の意見に賛成し、梛たちは売店に向かった。三人で向かったのは、涼介が二人を残すことを渋ったからである。
「今の状況でお前ら二人になると絶対に声かけられるぞ」
というのがその主張だった。明日香が「振り払えるわよ」と笑うが、結局三人で仲良く売店に行った。
列に並んでいる時だ。ちょっとした騒動が起きた。梛のすぐ後ろだ。
「おい、お前! 何してんだよ!」
すぐ後ろで怒鳴り声が上がり、さすがの梛たちも振り返った。梛の後ろに立った二十代半ばほどの男の手を、それと変わらないくらいの男が掴んでいた。
「な、なんだよお前!」
「お前がなんだよ。痴漢かましてるんじゃねぇよ」
「なん、何の話だ!」
「この姉ちゃんの足触ろうとしてただろ」
と言って示されたのは梛だった。梛は思わず明日香と目を見合わせた。結局、その痴漢はプールの職員に連れていかれて、梛と捕まえた男性は軽く事情を聞かれた。その時点になって、男性は梛がだれか気が付いたようだった。
「つーか、お前何してんの!? 兄貴は!?」
「別に四六時中一緒にいるわけじゃないよ。今日は友達と遊びに来てたんだ」
「なんでそれで痴漢に遭いそうになってんの……」
「ああ、それに関してはありがとう」
ん、とうなずく顔は、梛の婚約者となんとなく似ていた。顔というか表情。彼は祐真の弟の和真だ。そう。七月末に南の島まで遠征に行っていた和真である。瀬名家は、父親が『陽炎』の隊員だったが、すでに亡くなっているため、祐真は和真と母親の都と三人暮らしなのだ。ちなみに、和真は空手の有段者だが、魔法的な能力はない。
そもそも、祐真と和真はそれほど似ていない兄弟だ。正統派美男子の祐真に対し、和真はやや精悍な顔立ちで、雰囲気的には弘暉などに近い。おっとりした兄と育ったからか、しっかり者であると思う。
「お前はさ。前から思ってたけど、美人の自覚がないよな」
別れ際に和真に言われ、梛は「あるよ」と首をかしげる。
「兄さんに似ているからね」
透一郎が美人なのだから、似ていると言われる梛も当然美人である。客観的な事実として、梛はそれを理解していた。
「そう言うところだよ。透一郎さんに似てるってことは、青年的美人ってことで認識してんだろ。実際、中性的だな、とは思うけど」
と和真はここまで言って少し声を低めた。
「女としての魅力ってこと。兄貴は言わないだろうから言うけど」
と、婚約者の弟は少し困ったように言ってのけた。梛は瞬き。
「なるほど」
それだけ言ってうなずいた。和真は「わかってねえな」というが、一応ちゃんとわかっている。つもりだ。
「お前はさ。透一郎さんの妹ってことを抜きにしても美人だよ。透一郎さんにも『黙ってれば美少女』って言われただろ」
梛は低く笑った。それは言われたことがある。お前は口を開いて動いたとたん、男前になる、と言われた。
「半笑いで済ますな。とにかく、帰るまでが遠足だからな!」
「和真さん、祐真さんよりしっかりしてるよね」
「兄貴があれだから弟がしっかりするの! 気を付けて帰れよ!」
「はいはい」
「ほんとお前、そう言うところ!」
突っ込まれつつ、和真とはそこで別れた。元の場所で明日香と涼介は待っていてくれたので、無事に合流することができた。
「お待たせ。あ、ありがとう」
明日香にジュースを渡されて梛は礼を言った。明日香が心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
梛が軽く答えると、オレンジジュースを飲んでいた明日香が少し眉をひそめた。
「梛は男前だし、本当に気にしてないんだと思うけど、少しは気にした方がいいと思うよ」
「顔を怪我しても気にしてないもんな。俺ももー少し気にした方がいいと思うぜ。透一郎さんが浮かばれないだろ」
そう言われて、梛は「なるほど」と思った。梛の命は透一郎に守られ、今も庇護下にある。兄が大切にしているのだから、梛自身も大切にするべきなのだろうか。
「うーん。善処しよう」
このあたりが妥協するところだろうと、明日香と涼介も梛の返答を聞いて引くことにしたようだ。遊びに来たのであるので、あまり口論するものではないと思ったのもある。
軽く腹を満たし、もうひと遊びしてこようと立ち上がると明日香が梛の手を引いた。
「ねえ、あれ行こう! ウォータースライダー!」
「お、おお……」
そのスライダーは、ちょっと梛も引いてしまうくらいの高さと角度だった。
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