伝えたいことがある・7月【2】
朝、梛が目を覚ますと一緒に眠ったはずの祐真はすでに起きだしていて、隣にいなかった。けだるく身を起こすと、自分が祐真から借りたシャツだけ身につけているのが分かった。ベッドから降りて下着を身につけると、部屋から出た。
祐真は台所で朝食を作っているようだった。まあ、自分でしなければ出てこないので当然だが。
「おはよう」
「おはよう……風呂使えるぞ。お前が昨日着ていた服も、そろそろ乾燥が終わると思う」
「わかった。ありがとう」
身支度を済ませて遅めの朝食を食べていると、都が帰ってきた。
「あら、梛ちゃん、来てたのね」
「お邪魔してます」
ぺこりと頭を下げる。本当に仕事があったのかは不明だが、スーツ姿だった。
「おいしそうね。私の分はある?」
「母さん、食べてきたんじゃないのか……」
祐真が戸惑いながら言った。結局、都は朝食を済ませてきていた。
すっかりお世話になってしまった。食器を片付けてから帰ることにした。
「お邪魔しましたー」
「はーい。大したお構いもできなくて」
と都は返すが、彼女は今帰宅したばかりである。祐真は「送ってくる」と母親の発言をスルーした。祐真は車で送ってくれた。
「というか、普通に引き留めてしまったが、今日予定はなかったか」
道すがら不意に尋ねられ、梛は運転手の横顔を見た。視線は合わない。ちょっと残念だが、前を向いていないほうが怖いので仕方がない。
「特にない。試験もないし、夜に任務もない」
「……そうか。ならよかった」
「合意なんだから気にしなくていいのに」
梛はからりと笑ったが、祐真は深刻な表情で言った。
「不意に、お前が十九歳だと言うことを思い出した」
「ああ、まあうん。そうだね」
子供のころの五歳差は大きいが、これくらいになるともう誤差の範囲だと思うのだ。もともとそんなに家も離れていないので、何事もなく水無瀬家に到着した。
「ありがとう。都さんによろしく言っておいて」
「ああ……梛」
「ん?」
降りる準備をしていた梛は祐真に左腕を出すように言われて言われた通り左手を出した。早速、昨日貰った腕時計をつけていた。その腕時計がするりと抜かれる。
「はい?」
「代わりにこっちをつけろ」
と腕に巻かれたのは明らかに男物の腕時計だ。ペアの、祐真がしていた方だろう。神妙に彼は言った。
「指輪ほどの効果はないかもしれないが、男避けになる……かもしれない」
祐真の言いように、梛は笑った。なるほど。明らかに男物だが、女がつけても変ではない造りだ。むしろ、華奢な女物をつけることになる祐真の方が女避けになりそう。それはそれで、梛も少し安心する。
こうなるのなら、渡すときに男物を渡せばよかったのでは、と合理的な梛は思うが、この交換する、という行為に意味があるのだろうな、と思った。少なくとも、貰った以上、今祐真がつけている腕時計は梛のものだと思っている。
「うん。いいね。何かあったときに縁になるかもしれないし」
「梛ならたどってこれそうだな」
そう言って苦笑した祐真に、梛は身を乗り出して正面から抱き着いた。助手席から身を乗り出したので、やや体勢が不安定である。祐真がきっちり抱きかかえてくれたので、倒れることはなかったが。
「ありがとう」
ぎゅっと抱き着いて、昨日のお返しとばかりに祐真の頬にキスをした。それから、車のドアを開ける。
「それじゃあ、またね」
手を振って車を降り、ドアを閉める瞬間、少し驚いた表情をしていた祐真が「男前か」とつぶやいた気がしたが、聞き取る前にばたん、と車のドアが閉まった。
梛は明日香と律子を連れて、スクール水着しかない問題を解決しに来ていた。時期なので、ショッピングモールに来ればたくさん種類がある。ブランド物もあるが、大学生なのでショッピングモールくらいでちょうどいい。
「どうでしょうか」
更衣室で水着を試着した律子が、外で待っている明日香に尋ねる。成り行きで試着することになった梛も、隣の更衣室から覗き込んだ。
「あ、可愛い」
「似合ってる! それくらいのでいいんじゃない? 着れなくなったら、また買えばいいわよ」
「そうですね……」
贅沢なものだが、それがいいと思う。律子の選んだ白と淡い青のセパレートタイプの水着は、せいぜい二十代前半くらいまでしか着られない気がする。水着は高いが、着れなくなるまでに何度か使えばいいのだ。
「梛……梛はビキニでも着こなせそうなのに」
「それは明日香に任せるよ」
梛は黒のワンピースタイプの水着を試着していた。大人っぽいデザインが梛に似合っていたが、明日香には不評らしい。
「上にパーカーとか着ればよくない?」
「明日香ほど、胸もない……」
「あ、気にしてんのね」
戦闘職の女性にしては華奢な梛だが、やはり一般女性に比べると筋肉質だ。明日香もそれは変わらないし、おそらく膂力だけなら梛よりもあるが、彼女は胸が大きかった。
せっかくなので梛も購入することにして、試着した水着から服に着替える。ふと、鏡に裸の背中を写した。右肩から左わきにかけて、ざっくり切られた痕がある。限りなく薄いのでよく見なければわからないが、刀傷だ。六年前、晴季をかばったときに斬られた痕である。後悔はしていないが、背中を出していると人は怪訝に傷跡を見るので、どうしても隠してしまうことが多かった。
水着の入ったショッパーを持ち、他の店も見て回る。(結局明日香も買った)
「梛ちゃんは、で、デートに出かけるとき、ご家族になんて言っていくんですか?」
翔とのデート用に服を買おうと思ったらしい律子に尋ねられ、小物を見ていた梛は首を傾げた。
「そうだね。普通に『祐真さんと出かけてくる』って。うちは行先さえざっくり伝えれば、兄さん、放任主義だし」
「ええ~? 透一郎さん、すっごいシスコンじゃない?」
なんて初恋の人を評する明日香である。否定できなくて、「そうだね」と梛は苦笑した。律子が呻く。
「うう……そうですよね。梛ちゃんはお兄さん公認ですもんね……」
律子は何度か梛や明日香を言い訳に使っているようだが、どうもウソがばれている気がするらしい。
「まあ、そうだね。律子ちゃんがデートに出かけた日、私、双葉ちゃんと妖魔狩りしてたことあるし」
「うっ」
ついでに言うなら、弘暉に確認されたこともある。状況が分からなかったので素直に答えてしまったが、弘暉も双葉も、気づいたところで律子に言うような性格ではない。弘暉は打ちのめされていたが。
「いいなぁ。青春してるって感じ」
明日香が楽しげに笑った。透一郎が初恋だと言ってはばからない彼女だが、逆にそれ以外は聞かないので今どうなっているのだろう。彼女こそ、婚約者がいても不思議ではない。
「明日香ちゃんはどうなんですか?」
同じことを思ったらしい律子が尋ねた。明日香はモノトーンのワンピースを体に当てながら言う。
「大学卒業までに恋人がいなかったらお見合いしようって言われている。どうしようかなぁ」
「そうなんだ……」
梛も似たようなものであるが、他人のそう言う事情を聞くとちょっと複雑である。
「ママなら変な人を連れてきたりしないと思うんだけど」
つまり父親のことは信用していないのだな、と思った梛だった。
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