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伝えたいことがある・7月【1】

梛ちゃん視点に戻ります。

時は少しさかのぼり、前章のアスレチックに行った下りの後辺りから。















 大学が夏休みに入る前の話である。大学形式の試験に慣れず、さすがの梛たちも結構苦労した。


「やっとあと二つ! 梛と律子は?」

「私はあと三つかな」

「私は二つです」


 一般教養の試験だったので、学部が違う明日香とも同じ試験だった。三人そろって講義棟から出てくる。七月末になっても試験は続いているが、この調子なら八月の頭には試験もすべて終了する。


「梛ちゃん、今日誕生日ですよね。大したものではないですが、誕生日プレゼントです」


 誕生日に試験が重なってしまった梛に律子が差し出したのは誕生日プレゼントらしかった。コップなので気を付けて持ち帰ってくれ、とのことだった。

「あー、あたしも用意したけど、はい。チョコレートだけどさ」

「おや、ありがとう」

 明日香が差し出したのはちょっといいところのチョコレートだった。まあ、梛も二人の誕生日に渡すのはこれくらいのものなので、それでいいと思う。

「あたしの誕生日には同じ店のクッキーを所望するわ」

「わかったよ」

 自ら誕生日プレゼントを指定してくる明日香に苦笑しつつ、選ぶのが楽でいいな、と思った。


「誕生日ですし、おうちでお祝いですか?」

「いや、夕方から祐真さんとデートかな」

「デ……」


 問いかけた律子が赤くなった。明日香が見とがめて顔を覗き込む。


「何々? 何かあったの?」

「いえ、あの。海とかプールに遊びに行かないかって言われて」


 翔に。なるほど。律子は小首をかしげた。


「でも私、スクール水着しか持ってないんですよね……」

「え、そうなの?」


 まあ、高校では水泳の授業なんてなかったし、中学生までは否応なくスクール水着だ。


「どういうのがいいんでしょう……」

「よし、一緒に買いに行きましょ」


 明日香が即座に言うと、律子がほっとした顔になった。はい、とうなずく。


「梛も一緒に行くわよね」

「うん。というか、私もスクール水着しか持ってないや」


 着衣水泳はしたことがあるけど。競泳水着も持っていたかもしれない。


「梛って……あれだよね。不要と思ったものは削ぎ落して生活してる感じだよね」

「ああ、何かわかります」


 律子にも同意され、梛は小首をかしげたが、まあ否定できないかもしれない、と思った。

「後で予定送るから、デート楽しんでくるのよ」

「はいはい。ありがとう」

 校門で別れ、梛は一旦家に帰った。梛の誕生日は七月末なので、晴季はとっくに夏休みに入っているし、透一郎は家で仕事をしていることが多い。というわけで、二人とも家にいた。


「兄さーん。行ってくる!」


 一応兄に出発を告げると、彼は仕事部屋にしている書斎から顔を出した。

「気を付けて行ってくるんだよ。お前が帰ってきても来なくても、玄関閉めておくからカギは持って行くように」

「了解」

 家を出てから兄の言いざまに含むところがあった気がしたが、戻って問いただす気にはなれなかった。

「どうした」

 待ち合わせ場所の広場で合流した祐真に尋ねられ、梛は彼を見上げて首を左右に振った。

「いや、何でもない。兄さんに不思議なことを言われたような気がしただけ」

「……そうか」

 祐真は納得していなかったようだが、追及はしてこなかった。祐真の仕事が終わるのを待っていたので、すでに日暮れの時刻である。


 恋人同士の誕生日ディナーではあるが、梛が法律上は成人しているとはいえ、十九歳の大学生なので普通のレストランで普通の夕食だ。ピザを切り分けながら、梛は言った。

「今度、香江さんの家族と顔合わせがあるんだよね」

「そう……なのか。まあ、透一郎さんなら大丈夫だろう」

「それがめちゃくちゃ緊張してるんだよね」

「透一郎さんでもそうなるのか……俺はその透一郎さんを越えて行かなければならないんだが」

「まあ、大丈夫なんじゃないの? 今日も普通に送り出してくれたし」

「そうか……」

 結婚の挨拶というのは、透一郎のような人間でも緊張するのだな、と思った。まあ、梛の兄の場合は、身体不自由であることも関係があるだろうが、本人たちが納得ずくであれば周囲が口出しするようなことでもないと思う。


「梛、誕生日プレゼントだ」


 デザートが出てくる頃に祐真が梛に紙袋を手渡した。そんなに大きくない箱が入っている。

「開けていい?」

「どうぞ」

 箱を開けると、腕時計だ。華奢なデザインの、女性用のそこそこ値が張るものだ。


「指輪でもいいと思ったんだが、俺たちは刀を握るからな……」


 祐真の物言いに、梛は思わず声をあげて笑った。幸い、店内はそこそこの喧騒で梛の押さえた笑い声は響かなかった。


「……お前はモテるだろう……美人で可愛い」


 少しすねたように言われ、梛は「からかったわけじゃないよ」と謝った。


「ちょうど最近、そういう会話をしたばっかりだったから。ありがとう。うれしい」


 ちょうどアスレチックに行った時にそんなような会話をしたなぁと思ったのだ。透一郎もさすがに八月頭の香江の誕生日には間に合わないだろうが、指輪を手配したのだろうか。そこまで思って、尋ねた。

「これって、ペアのやつ?」

「……嫌だったか」

「そうじゃなくて。そう言うのって今まで持ってなかったって思って」

 おそろいってことだね、と笑うと、祐真もほっとしたように笑った。二人の職務上、無事に無傷で着けていられるかわからない面はあるが、そこは祐真もわかったうえでだろう。

 普通のレストランだったのだが、二人で食べた量に会計の時にちょっと引かれた。まあ、梛もこの価格帯のレストランでこの値段はやばいな、と思わなかったわけではない。


 店の外に出て、すっかり夜になった空を見上げる。このあたりは店が多く、明るいが、時間帯的には結構遅い。

「どうした」

「うん……」

 後から店から出てきた祐真を振り返り、梛は言った。

「降ってきそうだなぁって」

「天気予報では曇りだったが……お前が言うのなら降るのかもしれないな」

 祐真は天気予報よりも梛の直感を信じているらしい。降ったとしても通り雨だと思うが。とりあえず、二人は歩き出した。

「少し歩こうかと思ったが、降ってくるなら帰ったほうがいいな」

「帰りたくないなぁ」

 思わぬ梛の言葉に、祐真は静かに瞠目して彼女を見下ろした。梛は祐真の手を握って小首をかしげた。

「って、言ったらどうする?」

「……透一郎さんと喧嘩したのかと疑う」

「む」

 からかい返されて、梛は少し反省した。いかにおっとりさんな祐真でも、さすがに引っかかってくれなかった。急に肩を引き寄せられて足をもつれさせたが、自分で引き寄せた祐真はちゃんと支えてくれた。こめかみにキスをされて思わず目を閉じた。


「冗談で、そんなことを言うんじゃない」


 明らかに年上からの説教をされ、梛は瞬きし、やはり祐真と手をつないだ。口を開きかかてから、空を見上げた。ぽつりと顔に雨が当たる。

「……すごい感度だな」

「予報ができないから、あんまり意味がないけどね」

 瀬名家が暮らすマンションのエントランスに駆け込んでいた。感心したように言う祐真に、梛は苦笑してそう言った。実際、その日の天気を予報できるものではないので、天気予報的には役に立たない。


 降りそうだと思ったが降る量までは予想できず、梛も祐真もばっちり濡れてしまった。濡れ鼠、というほどではないが、公共交通機関に乗るのははばかられるくらいには濡れている。祐真の家の方が近いので上がらせてもらったのだ。

「ただいま」

「お邪魔します」

 と言ったが、誰もいないようだ。祐真を見上げるが、彼も首をかしげている。

「都さんと和真君は?」

「和真は部活で遠征だ。今頃南の島にいる」

「おや、いいねぇ」

「母さんは……仕事で急遽遠出になったから帰らないそうだ」

「……」

 それはもしかして気を使われた? と思わないでもなかったが、祐真は気にしていないようで梛にタオルを投げてよこした。


「とりあえず、シャワー浴びて来い。風呂のものは好きに使っていい。それから、車で送る」


 なぜなら通り雨ではなく、まだ降っているからだ。梛は笑った。

「祐真さん、お酒入ってるでしょ」

「む」

 そういえばそうか、と祐真は顔をしかめた。酔っぱらっているようには見えないので、自覚がないのかもしれない。

「普通に歩いて帰るよ。そんなに距離ないし」

「いや、だがもう夜も遅い……」


 まあそうなんだけど。日々夜中に妖魔を退治して回っている人間に言う言葉ではなくないか?


「なら泊まっていくか?」

「お、おお……」

 期待しなかったわけではないが、実際にそう言われると結構な衝撃だった。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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