明日の約束・7月【7】
その日、透一郎はこじゃれたレストランに来ていた。透一郎が日本家屋に住んでいるにあるまじき、正座のできない人間なので、レストランは椅子に座るタイプの店だ。透一郎が一緒だとこういう店を選ばざるを得ない。正座椅子を使えば座ることはできるが、立ち上がる時に人の手を借りるか手すりがいる。
透一郎に同行してきた梛と晴季は窓から庭を見ている。飽きてきた晴季を、梛がなだめているのだ。二人とも、小奇麗な格好をしていた。ユニセックスな格好の多い梛も、今日はきれい系のワンピースだ。鮮やかな青のワンピースにジャケットを着ている。顔立ちは変えられないが、透一郎と印象が離れるように化粧をしたと思われた。
いろいろと現実逃避気味だったが、現在、香江の家族と顔合わせ中だった。香江には姉が一人いるが、今顔合わせに来ているのはご両親だけだった。
「すみません。普段はおとなしい子なのですが」
透一郎が突然ぐずりだした晴季について謝ると、母親の方は「緊張感が伝わるのね。仕方ないわ」とあっさりと言った。
「弟さんだったわね。十歳くらいかしら」
「今年、九歳になりました。小学三年生です」
「妹さんは?」
「大学一年生ですね。十九歳です」
如才なく晴季の面倒を見ている梛を見て、母親は「しっかりしてるのね」と少し驚いた声を上げた。透一郎は少し困って首を傾げた。
「苦労を掛けている、とは思います」
「できた妹さんよね」
香江が言った。とにかく、この場の空気を何とかしたかったのだろう。彼女の隣で、香江の父親がいかめしい顔で黙り込んでいる。そんな大人の男の顔を見ても梛などはけろりとしたものだが、晴季はそうはいかなかった。そして、透一郎も柄にもなく動揺している。どうすればいいんだ、これ。
「ずいぶん、年が離れているな」
「ええ……そうですね」
父親の言葉に緊張しながら答える。透一郎と梛の年齢差ならたまにあるが、透一郎と晴季については親子ほど年が違う。
「足も不自由だそうだな」
「お父さん」
香江が咎めるように父を呼んだが、透一郎は首を左右に振って止めた。そこに、晴季をなだめ終えた梛が戻ってくる。何も言わずに自分が透一郎の隣に座り、そのまた隣に椅子を持ってきて晴季を座らせた。妙な席順だが、仕方がない。
「足、というか、体が不自由ですね。右腕は義手、左目も義眼です」
こういうことは先に言ってしまったほうがいいだろうと、透一郎は言った。実際にメタリックな右腕を見せると、鷹揚な香江の母もさすがに驚いた表情になった。義眼については、見た目の上ではわからない。
「結婚すれば、お嬢さんに苦労をかけると思います。長く生きられないとも診断されています。ですが、香江を愛する気持ちはだれにも負けません。彼女がいなければ私は、そんなに長くはないこの先の人生を生きていけないんです」
ぱっと、赤面した香江が口元を覆った。そして、梛からの視線が痛い。彼女ならもっとさわやかに言い切りそうなものだが、この動揺している状況ではまねしようにも不可能だった。
「な、なるほど。しかしだな」
「私はいいと思うけどねぇ、透一郎君。なかなかの好青年じゃない」
母親が朗らかに言った。香江が微妙な表情をしたが、「そうよね」と母親に同意した。そこで微妙な顔をしないでくれ。
「それは、まあ、そうかもしれんが、お前が苦労することになるんだぞ、香江」
「それをちゃんとわかっててのこの顔合わせなの。そりゃ、梛ちゃんがいないとしばらくは生活できない気がするけど……」
少なくともあと一年半は一緒に暮らすと思われる梛は我関せずとばかりに紅茶を飲んでいた。自由である。祐真のマイペースさが移ったのではないだろうか。
「お父さんは透一郎が五体満足だったら認めるの? 違うわよね。お姉ちゃんの時もそうだったもんね」
父親からぐぅ、と声が漏れた。母親は面白そうに笑って、興味を梛にシフトさせたらしい。
「梛ちゃんだったかしら。子供の面倒、見慣れてるわね。いい母親になれるわ」
「だといいんですけど」
梛が苦笑して当たり障りなく答える。
「透一郎君はいいお兄さん?」
「ええ。臆病で優しくて、強い兄です。たまに背中を蹴っ飛ばしたくなりますけど」
「わかるわ~。男の人ってそうよね」
なぜか香江の母親と梛が意気投合していた。晴季も構われてにこにこしている。副島家は女が強いらしく、父親は香江に言い負けていた。これ、どうすればいいの。
結局、同意は得られたということで、顔合わせは解散した。パスタの美味しい店だったのだが、何を食べたのか覚えていない透一郎である。香江も香江で思うところがあったらしく。
「お父さんがごめんなさい……あんなこと言う必要なかったのに」
「ああ、体のこと? いや、父親としては当然の反応だと思うよ。私も梛が体の不自由な男に嫁ぐと言ったら気にするだろうし」
「え、そうなの?」
透一郎は香江と、水無瀬家のダイニングで向かい合っていたのだが、口をはさんできた梛は、居間の窓際で刀の手入れをしていた。
「梛が決めたらな止めないけど、確認はするだろうね」
「ふうん? そういうもの」
梛が小首をかしげて作業に戻って行った。香江も「そう言うものかしら」と言った後に、梛に視線を移す。
「というか、梛ちゃん、何してるの?」
「刀の手入れだね」
透一郎と梛が同時に全く同じ口調で言ったので、香江が声を出して笑った。宿題をしていた晴季が集中力を切らして顔を上げた。
「どうしたの?」
「何でもないよ。わからないところでもあった?」
梛が手入れを切り上げて刀を鞘に納めると、晴季の宿題を覗き込む。こういうことがさらっとできる娘なのである。
「ご、ごめんなさい……そうじゃなくて、『陽炎』って、常に刀を持っていたかしらって」
「ああ、自分で保管している人が多いけど、帯刀許可、というか、帯刀命令が出てるんだよ、今は」
「命令?」
透一郎はそう、とうなずいた。この指示が出たのは、一年ほど前、透一郎たちの家族を殺した悪魔が暴れて以来だ。
「正確には、武器の携帯命令と言った方がいいんだろうけど、今指示が出ているのは主に刀剣を武器として扱う隊員だけだね。要するに、常に武器を持ってろよ、ってことだよ」
「な、なるほど……何かあったのね」
「そう言うこと。ニュースにもなっているから言うけど、辻斬りが出るそうだよ」
「辻斬り? この時代に?」
「この時代に。和装で面をして、刀を持っているそうだよ」
しかも、襲うのは決まって、竹刀やフェンシングの剣など、刀剣の類を持っている人物のみ。そのため、最初の被害者は剣道部の中学生だった。
「見事な切り口の傷だったね。相当な手練れだ。体が万全だったら、手合わせしてみたいくらいだ」
「透一郎……」
香江ににらまれ、透一郎は肩をすくめた。
「わかってるよ。梛に任せる」
「任せられても困るなぁ」
晴季の宿題を見てやりながら、梛は苦笑した。その辻斬りがいくら手練れだとしても、梛が敵わないと言うことはないだろうと言う透一郎の予測は甘かったということを、彼はまだ知らない。
「めったなことはないと思うけど、香江も気を付けてね」
「了解。何かあったらここに逃げ込むわ」
きりっとして言った香江に、晴季が兄姉の側が一番安全だと言っていたことをなぜか思い出し、透一郎は「いつでも歓迎するよ」と笑った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
とりあえず、今回で連続透一郎視点は終了です。
では、透一郎の同級生の皆様。
【水無瀬透一郎】(27)
我らがお兄様。昔から穏やかそうに見えて腹黒い(?)人物。圭と直哉は本当に子供のころからの付き合い。生活が梛ありきで成り立っていることに気づいている。梛が勝手に家をリフォームしているが止めないのは、いつか彼女が出て行く、というのを視野に入れているため。お金は透一郎が出している。梛はもう遅いが、晴季に小学生の夏休みっぽいことを経験させようと思ってアスレチックに連れて行ったら、同級生たちと合流した。
香江の両親との対面はめちゃくちゃ緊張したし、梛が自分みたいな男を連れてきたらまず怒る、と思っていたので、受け入れてくれたことに感謝している。
【楢崎圭】(27)
透一郎のマブダチ。透一郎が両親と弟を亡くし、幼い弟妹と残された時、とても心配していたが、透一郎の荒れ具合にちょっと引いてしまった人。後悔していたので、立ち直ってよかったと思っている。たぶん、透一郎が香江と復縁できなかったら泣いてた。
もう一人の友人・直哉の禊に付き合ったいい人。直哉の弟の犯人だとは、最近まで知らなかった。正直、透一郎も怖いが、妹の梛の方が怖いと思っている。同時に、透一郎は梛が出て行ったらどうするんだろうな、とも思っている。あの後、ちゃんと水無瀬兄妹を送り届けた。
【上條直哉】(27)
透一郎の友人。幼馴染ではあるが、ちゃんとした付き合いは高校から。いつも父に透一郎を比較されていた。だが、透一郎が普通にいい奴だったので、友人でいられてほっとしている、めちゃくちゃ人間できた人。自分より優秀な弟に対する劣等感や、父親からの圧力で発揮されていなかったが、西洋魔術の達人である。
あっさりと透一郎と梛に許されて、でも自分で自分が許せなかったのでバンジーを飛んだ。怖かった。水無瀬兄妹が仲が良くて、こんな仲のいい家族を引き裂いたのだな、と悲しくなった。もし、直哉の弟が自分の親を殺した犯人でなければ、透一郎は直哉に梛を任せていた可能性がある。
【副島香江】(27→28)
押しに押した甲斐あって、両親との顔合わせにまでこぎつけた。父が何か言うことは想定していたため、解答は用意していたが、母が味方になってくれたため不発。でも、認められたからいい。姉がいるが、この時は仕事で不在だった。姉は既婚者。
お菓子作りが趣味。最近は水無瀬兄妹がおいしそうに食べてくれるのでいっぱい作ってしまう。新しいオーブンが欲しい。




