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明日の約束・7月【6】












「そ、そういえば、帰ってくるって言ってたわね……」


 顔を赤くしながら香江が言った。透一郎がそう言ったのだ。午前中に試験なので、昼食を食べてから帰る、と。はあ、と小さな香江の肩に額を乗せた。よしよしと頭を撫でられる。長兄である透一郎にはあまり経験のない触れ方だった。幼い弟がいる透一郎と香江には、あまりそういう機会がない。透一郎の体が不自由なのも関係しているだろう。まあ、梛とて同じことかもしれないが。


「おや、香江さんいらっしゃい」


 がらっとリビングのドアを開けて、梛が言った。香江に甘えてかかる年の離れた兄を見ても梛は平然としていた。


「へえ。いよいよ隠さなくなってきたね。いいと思うよ。でも、晴季の前ではしないようにね」

「わかってるよ」


 かつて透一郎自身が梛と祐真に言ったことでもあった。身を起こして梛に「お帰り」と言った。彼女はワンピースに薄手のカーディガンをひっかけている。夏場はこの格好が涼しいのだそうだ。

「お帰り梛ちゃん。その格好、可愛いわね」

「ありがとう」

 どこからどう見ても女の子にしか見えない梛はさわやかに香江に返した。姿に関わりなく、性格イケメンらしい。

「この前誕生日だったでしょう? ちょっとしたものだけど、プレゼントを持ってきたの」

「えっ、いいの? ありがとう」

 香江が手渡したのはかわいらしいバレッタだった。銀色で梛の髪に映えるだろう。髪をまとめ上げていた梛はハーフアップに結びなおしてさっそくそのバレッタをつけた。

「可愛いわ」

「似合ってるよ」

 香江と口々にほめると、梛はやはりさわやかに微笑んで「ありがとう」と言った。同じような顔なのだが、表情でこんなに受ける印象が違う。

「というか、私も晴季と一緒に香江さんにプレゼント用意したんだけど」

「え、そうなの?」

 梛の誕生日の六日後が香江の誕生日なのだ。透一郎も用意はしているが、ここで口にすると梛にすべてを察せられそうだったので、黙っていた。黙っている限りは、梛も突っ込んでこない。

「うん。兄さんに預けておくね」

「今渡したら、晴季がすねそうだもんね」

 透一郎も納得して承った。

「コーヒーゼリーとチーズケーキを作ってきたの。食べましょ」

「あ、香江さんのお菓子、私好きだなぁ」

 梛が笑ってそう言いながら透一郎を立たせようとする。透一郎もいつも通り立ち上がろうとしたが、その前に梛が動きを止めた。


「梛」


 自力で立ち上がれなくはないが、手を貸してほしいなと思い呼びかけるが、妹は香江の方を向いていた。


「香江さん、やってみる? 椅子からの立ち上がりだから比較的簡単だよ」

「えっ」


 香江が目をしばたたかせた。何度か透一郎と梛を見比べ、うなずいた。

「そ、そうね。やってみようかしら」

「構えなくても、多少乱暴にしても大丈夫だよ。兄さんだから」

「梛……」

 まあ、せいぜい失敗しても透一郎がこける程度だ。大丈夫だろう。

「私は左腕と右肩を引くんだけど、香江さんの体格だと危ないかな」

「そうだね……」

 梛はそれなりの筋力があるし、上背がある分体重もある。だが、香江は小柄で普通の一般女性である。

「まあ、きっかけだけ作ってもらえれば、後は自力で立ち上がれるから」

「まあそれもそうか。じゃあ、簡単な方法で」

 体の不自由な透一郎と暮らすにあたり、梛は介助方法の勉強をしたようだ。透一郎が立ち上がろうとするのに合わせて腕を支える方法で何とか成功させた後、香江が梛に相談していた。

「私もできた方がいいわよね……」

「できなくてもいいんじゃない? 私も全部できるわけじゃないからね。兄さん、背が高いから私でも抱えるのは難しいし」

 新しいお茶やコーヒーゼリーなどを用意する恋人と妹の背中を見ながら、ダイニングテーブルの椅子に座りなおした透一郎は言った。

「そうだね。家の中にいる分には自力で動けるしね」

「できなくても、知っていると違うと思うよ」

 不満そうな顔をしていたのだろう。梛が香江にそう言った。香江が「そうね」とうなずいた。


「というか、梛ちゃん、透一郎を抱えられるの?」


 おおっと、そこが引っかかったか。ほろ苦いコーヒーゼリーを口に含みながら透一郎は思った。アイスティーを飲んでいた梛は「うん」とうなずいた。

「でも、いわゆるお姫様抱っこはできないね。体格差もあるし、私が抱えるなら担ぎ上げるしかないよね」

「落とさないのはわかっているのだけど、ちょっと怖いんだよね……」

 透一郎が苦笑して言うと、チーズケーキをほおばった梛が笑った。

「私は上背があるけど、兄さんを抱えられるようには見えないからね」

「そ、そうよね。私の感覚がおかしいわけじゃないのよね……」

 どうやら、香江は梛が透一郎を抱え上げられることに驚いたようだ。

「今は梛がいてとても助かっているのは事実だけど、香江が同じようにする必要はないよ」

「わかってるわ……というか、やれって言われてもできないわ」

 それはそうだ。梛も「そうだね」とうなずく。


「兄さんが香江さんと私に求めていることは、違うと思うよ。私は兄さんの妹であって恋人ではないし、香江さんは兄さんの恋人であって、妹ではない。求めることが違うのは当然だよ」


 透一郎と香江が梛を見つめる。言うだけ言ってコーヒーゼリーをほおばっていた梛は、視線に気づいてうろたえた。

「な、何?」

「ううん……的確に指摘されたなぁと思って。え、梛ちゃんって精神感応系の能力はあった?」

「ない、と思うけど」

 強力な精神干渉系能力者の香江に尋ねられ、梛は首をかしげて透一郎を見た。彼とて専門家ではないのでそう詳しいわけではないが。

「千里眼・水鏡はESPに分類されるけど、読心能力はないはずだよ。梛は相手の心を読んでいるというより、表情や些細な動作から推測してるんじゃないかな。受信能力が高いのは確かだと思うけど」

「な、なるほど」

 実際はどうかわからないが、少なくとも以前調べた限りでは、梛に精神感応系の能力はなかったはずだ。なので、おそらく、これらの読心能力と呼べるものは、梛の観察能力の結果なのではないかと思う。少なくとも、透一郎はそう言うことができる人を一人知っている。

「本当は、梛にもついてきてもらった方がいいのかもしれないね」

「何に? ああ、明日行くどこぞの寺の刀剣調査?」

「そう」

「でも私は別に鑑定ができるわけじゃないからね」

 透一郎も目利きができるわけではないので、その寺で保管されている旧い刀剣を調べに行くのは、完全に付き添いだ。調査員が別に二人つく。通常の古美術鑑定士と神道系の術者が一人。

「何か『憑いて』いたらわかるんじゃないかな」

「そこまでの精度はまだないね」

 梛自身も、自分の千里眼の精度が上がっていることに気づいている。香江はよくわからないなりに言った。


「よくわからないけど、気を付けてね」


 透一郎がうなずいたとき、今度は晴季の帰宅を告げる声が聞こえた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


梛は7月27日生まれ。

香江は8月2日生まれ。

透一郎は184センチ、香江は155センチ。29センチ差。


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