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明日の約束・7月【2】













 小学校が夏休みに入ったので、透一郎は弟妹を連れて隣県の自然体験型アスレチックに来ていた。まだ七月なので、大学生の梛は試験中であるが、試験期間が長いのであまり気にしていないようだ。まあ、たまには息抜きも大切である。

 さすがに透一郎は参加できないので、晴季とそれについて行っている梛の様子を遠くから眺めていた。今、二人は空中散歩中である。一応ハーネスをつけているが、安全対策なしで高層ビルから飛び降りることもある梛はけろりとしたもので、怖がっている晴季の面倒を見ている。どこか遠くで、悲鳴が聞こえた気がした。

 空中散歩を終えた二人は、今度は壁を登っているようだ。こういったアスレチックは、あまり梛には意味がないかもしれないな、と思った。楽しんでいるようなのでいいけど。


「あれ、透一郎?」


 名を呼ばれて透一郎はそちらに目を向けた。見覚えのある男性が二人、透一郎の座る切り株のベンチの近くに来ていた。


「圭。直哉も。どうしてここに?」


 そこにいたのは、大学の同級生の圭と上條かみじょう直哉なおやだった。圭はともかく、直哉とは半年以上ぶりに会う。彼の父と弟が、透一郎の両親と上の弟を殺した犯人だった。友人とはいえ、透一郎も、直哉も、顔を合わせるまでに心の整理が必要だった。

「禊代わりにバンジー飛んできたんだよ。直哉が」

「ああ。さっきの悲鳴、直哉だったんだ」

 笑って言うと、直哉が何とも言えない表情になった。まさかこんなところで透一郎と会うことになるとは思わなかったのだろう。

「んで、お前は? 梛ちゃんと晴季を連れてきたのか?」

「うん。ほら、今あそこ」

 ちょうど、梛が誤って櫓から落ちた女の子を受け止めたところだった。怪我もないようで何よりである。

「相変わらずお前の妹ちゃん、男前だな……」

「私の妹だからね」

「お前な……まあいいけど」

 圭はそう言って視線を透一郎から梛と晴季の方へ戻す。今度は丸太をつるした橋を渡るようだが、梛はハーネスはいらないのではないだろうか。


「梛ちゃん、脚線美がまぶしいな……」


 圭がそんなことを言うので、透一郎は目をすがめて杖で彼の足を殴った。

「痛ぇ!」

「私の妹を変な目で見ないでくれる?」

 確かに今日の梛はショートパンツ姿だが。程よく筋肉の付いた長い脚が日の光にさらされている。実際、何人か梛の足を見ているな、というやつがいた。


「……透一郎」


 圭とアホなやり取りをしている間押し黙っていた直哉が意を決したように口を開くので、透一郎は彼の方を見た。


「……ごめん。謝ってすむことじゃないけど、父さんと友哉が、透一郎たちを傷つけた。本当にごめん」


 勢い良く頭を下げた直哉の頭頂部を見ながら、こういうことか、と透一郎は思った。

「……直哉が謝ることじゃない。もう済んだことだし、君自身が私に何かしたわけじゃない。忘れることはできないけれど、それを踏まえて前に進むべきなんだと思う。私も、直哉も」

「透一郎……」

 いっそ穏やかな透一郎の言葉に、直哉が顔を上げる。

「でも、俺は、父さんのことも弟のことも止められなかった……」

「……前に、梛に言われたんだけどね」

「梛ちゃん?」

 透一郎は目を細めてうなずいた。

「そう。謝るのはやめてくれって。謝られるたび、自分もそのことを考えなくてはならないから、って」

 我が妹ながら、梛の言ったことはなかなか真理だな、と思った。確かに、謝られると考えなければならなくなる。

「だから直哉も、もうよしてくれ。君は私に友哉君たちのことを知らせてくれたし、相応の覚悟を見せてくれたと思っている。だから、それでいい」

「透一郎……」

 直哉はすでに泣きそうだ。とどめとばかりに透一郎は笑って言った。

「僕はまだ、直哉のこと、友達だと思ってるんだけど」

 直哉は目を見開き、うなずいた。その拍子に涙が零れ落ちる。

「ありがとう」

「うん」

 確かに、謝り倒されるより、礼を言われる方が気分がいいものだ。

「よかったよ、お前らも落としどころ見つけられて。間に挟まれて俺、どうしようかと思ったもん」

「あ、圭もありがとう」

「ついでみたいにいうな。おうよ」

 本当についでのように礼を言った直哉に苦言を呈しながらも笑ってうなずいてしまうような人の良いところが、圭にはある。友人二人が被害者と加害者の家族というどう考えても貧乏くじとしか思えない立場に置かれても、人の好い圭は放り出せなかったのだ。

「圭もお疲れ様」

「おう。つーか、お前が読めないんだよ。直哉は直哉で死にそうな顔で滝行に行く、とか言い出すし」

「ああ、その代わりのバンジージャンプなんだ」

 理解して透一郎はうなずいた。直哉は苦笑する。

「代わりになるかわからないけど」

「それがけじめになるんならいいんじゃないかな。私は梛に叩きのめしてもらったし」

「お前、梛ちゃんに何させてんの」

 圭に突っ込まれつつ、比較的和やかに会話をしていると、遊び疲れたらしい梛と晴季が戻ってきた。


「お帰り」

「ただいま……なんで楢崎さんと直哉さん?」

「禊に来たんだって」

「はあ?」


 意味が分からなかったのだろう。梛が首を傾げた。晴季が透一郎の隣に座ってお茶を飲み始める。人が二人増えていることは気にしないようだ。

「直哉が例の件で禊代わりにバンジージャンプを飛んだらしいよ」

「ああ、さっきの悲鳴、直哉さんだったんだ」

 先ほどの透一郎と同じことを言う梛である。そわそわしていた直哉に、圭が「いっそのこと言っちまえよ」と背中を押した。


「梛ちゃん……ごめん。俺は、父のことも弟のことも止められなかった……君たちを傷つけた」


 再び勢い良く下げられた頭。笑っていた梛の表情がすとんと落ち、腕が組まれた。圭がそっと梛の側から離れる。

「直哉さんは、自分が止められなかったことを悔いているんだ」

「……そうだね」

「私も、兄さんを止めなかった。それに、本気であなたの弟を斬り殺すつもりだった」

 ぱっと頭が上がる。見開かれた目がまっすぐに梛を見た。


「兄さんが止めなかったら、私は本当に斬っていたと思う。もし、という議論に意味がないと言う証左だよ」


 梛は小首をかしげて言った。


「過ぎたことを悔やんでも仕方がないし、起こらなかったことを責めても仕方がない。だからやっぱり、直哉さんもここで手打ちだよ。一番複雑な心境であろう兄さんが許しているのなら、私に何も言うことはない」


 梛の演説に驚いていた直哉だが、徐々に頬を緩めてうなずいた。

「わかった。ありがとう」

「ん」

 ようやっと梛も微笑み、透一郎も圭も肩の力を抜いた。何となれば、兄妹の中で一番怒ると怖かったのは、結局梛だったのである。

「晴季、楽しかった?」

「うん! お腹すいた!」

 元気に答えられた。なんとなく癒され、全員ほんわかする。

「よし、じゃあ、なんか食べに行こうぜ!」

 と、いつの間にか自分も勘定にいれているらしい圭が晴季を肩車した。思えば、肩車をしたことがないなぁと思った。透一郎はできないし、梛もさすがに危険だ。祐真にしてもらったことがあっただろうか。

「高い!」

 晴季が楽しそうな声を上げる。九歳にしてはちょっと子供っぽいかなと思うこともあるが、梛が大人びすぎていただけのような気もする。


「兄さん」


 梛が透一郎を立たせる。歩行にはほぼ問題ないが、立ち上がるのと長時間歩くのはやはり難しい。歩くときもやや足を引きずっている自覚はあった。

「……透一郎」

 顔をゆがめた直哉に、透一郎がきっぱりと言う。

「謝ったら殴るよ。梛が」

「え、私?」

 梛のきょとんとした顔が可愛かった。いや、自分と同じ顔だけど。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


本日の梛はショートパンツです。


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