明日の約束・7月【3】
遊びに来たアスレチック・パークの一角にあるレストランで、おやつを食べた。と言っても、食べているのは梛と晴季だが。
「つーか、お前ら、どうやってきたの? 車?」
「いや、電車。バスを乗り継いでも二時間くらいだったし」
一応梛が免許を持っているが、初心者だ。初心者に高速道路を走らせるのは怖い。
「電車、楽しかったよ」
晴季がにこにこというので、問いかけた圭もまあいいか、となったようだ。梛はそもそも気にするような性格ではない。
「あんまり遠出もしたことないなって。梛もいるし、そこまで遠くなければ、と思ったんだけど」
「俺が言えたことじゃないけど、透一郎、梛ちゃんに頼りすぎじゃない?」
「……うん。自分でも思った」
直哉に指摘されるまでもなく、自分でもそう思った。梛はワッフルを食べながら「やあ、私は気にしないけどね」とおおらかに言っている。
「お前がそうだから私も頼ってしまうんだけどね。実際、お前がいなくなったら私は生活できるのだろうかと思うよ」
「何、私口説かれてんの?」
梛のツッコミが秀逸すぎて直哉が噴出した。そこそこの大きさのワッフルをぺろりと食べ終えた梛は笑い出した直哉を睥睨し、それからコーヒーに口をつけた。
「はあ、お前ら兄妹何なの? ま、帰りは送ってくぜ」
「あ、ああ。ありがとう」
まったく脈絡なく圭に言われ、透一郎は思わず礼を言った。梛が晴季に手を拭かせながら言った。
「私も楢崎さんくらい兄さんを振り回してみたい」
「いつも振り回されてるんだけど」
梛は透一郎に比べて短気ではあるが、いざというときの度胸は彼女の方が据わっているだろう。その度胸の据わり具合に透一郎は振り回されてきたのだが。
腹ごしらえをした後、晴季がまだ遊びたそうだったので梛と、今度は圭も一緒に遊びに行った。直哉と並んでその様子を眺めながら、透一郎はぽつりと言った。
「あまり思いっきり遊んであげられないんだよね。梛は女の子にしては力も体力もあるけれど、男ではないからね。やっぱり何かが違うんだろうな……」
「梛ちゃんも晴季君も気にしてないと思うけどな。俺が言えたことじゃないけど」
そう返してきた直哉に、透一郎はふっと微笑む。まだまだ元通りとは言えないが、直哉も歩み寄ろうとしてくれているのが分かる。今はそれでいいと思うべきだ。透一郎も直哉も、元通りになるには多くのものを失いすぎた。
結局、パークを出たのは夕方近くになってからだった。さすがに遊び疲れた晴季が透一郎の膝にもたれて寝ている。真ん中に座った晴季をはさんで透一郎とは逆の助手席側の後部座席に梛が座って目を閉じているが、こちらは寝たふりかもしれない。
「なんか懐かしいよな。三人でいると」
運転手の圭が口を開いた。彼の中では梛と晴季は換算されていないらしい。まあ、深くは突っ込まないで置く。
「大学卒業間際にあんなことになったからな……俺もどう接すればいいか、わからなかったし」
助手席の直哉も言った。透一郎も「そうだね」とうなうずいた。落ちかけた晴季を支えながらうなずく。
「……そういえば、透一郎はどこで弟が悪魔を操ってるって気づいたんだ?」
ずっと気になっていたのだろう。ふいに直哉が尋ねてきた。圭も「踏み込むな……」と少し反応に困っていた。
「私はあの時、悪魔と真正面から戦っているからね。千里眼ではないけれど、私も目がいいんだ。君の弟は自分で乗り込んでこなかったけど、あの時点で予想はしていたよ。父と君の父の確執も知っていたし」
あの時、透一郎は梛と晴季をかばっていた。三つだった晴季はもちろん、梛も当時の記憶があいまいなようだが、よくフラッシュバックを起こしていた。頻繁に起こしていたころは透一郎も余裕がない、察してあげられなかったことが今となっては悔やまれる。
つまり梛は、後から上條友哉が自分の両親と次兄を殺した犯人だと気づいたはずだ。透一郎のように、事前情報があったわけではない。彼女はよく『視て』いる。
「直哉が敵にならなくてよかったよ」
「……そう言ってくれると、俺も少し心が軽くなる」
「ま、仲直り記念に今度飲みに行こうぜ」
圭が軽く言ったが、透一郎は禁酒命令が出ている。内臓がかなり弱っているのだ。だが、久々の語らいは楽しかった。
「あと副島! 結婚するんだろ? よかったよ……」
「それなー。俺もかなり心配したんだぜ、これでも」
「ええ……そうなんだ」
直哉も圭も笑って言った。長い付き合いであるから、もちろんそう言う情報も筒抜けなのである。
「心配かけてごめん。ありがとう」
「おう」
「どうも胡散臭いんだよな……」
適当に応じた圭に対し、直哉は苦笑気味に言った。まあ、透一郎に裏がありそうなのは今に始まったことではない。
「結婚式は呼べよ」
「呼ぶよ。直哉も」
「ありがとう」
渋滞に巻き込まれ、車が止まった。完全に流れが止まっている。調べると、事故があったようだ。
「降りた方がいいかぁ?」
「しばらくインターチェンジないな。サービスエリアならあるけど」
カーナビを調べながら直哉が言った。車が止まり、定期的な揺れがなくなったからだろうか。晴季が目を覚ました。ぼんやりした顔で「トイレ」と言った。
「サービスエリア、入るか」
圭が即決した。それにしても動かない。
「十五キロ先まで渋滞してる。大型トラックが横転して、それに何台か車がツッコんだみたいだね」
突然の言葉に、運転席と助手席の二人が振り返った。寝たふりをしていた梛だ。これくらいの透視なら、彼女は意識しなくてもできるだろう。
「……びっくりした。口調だけは透一郎だったぞ」
「あれだな。怒ってる時の透一郎だ」
それはどういう意味だろう。確かに、梛は透一郎よりもまっすぐな声音をしているが、怒ると自分もこんな感じなのだろうか。
「梛ちゃんがそう言うならそうなんだろうなぁ。横転って、何したんだろうな……」
「梛ちゃんの目はクレアボヤンスだっけ。実際に見るの、初めてだ」
「……」
男どもにいろいろと言われ、さすがの梛も困ったように透一郎を見た。どこまで答えていいのかわからなかったのだろう。
「梛の千里眼は概念的なものだからね。射程はそれほど長くないよ」
「へえ」
透一郎がそう言うと、直哉がそうなんだ、とうなずいた。彼の父と弟はこの千里眼・水鏡について誤解していた節があるが、必ずしもすべてが誤解ではないのが苦しいところだ。
渋滞が少しずつ動き、サービスエリアに入った。わかっていたが、そこそこ広いサービスエリアいっぱいに車が止まっていた。端の方に車を止め、トイレと騒いでいる晴季を車から降ろす。
「俺が連れて行くよ」
直哉がそう言って晴季と先にトイレに向かった。性別の違いで梛はついていけないし、透一郎はゆっくりとしか歩けない。直哉が晴季を連れて行ったあと、透一郎に合わせてゆっくり歩きながら、圭が尋ねた。
「んで? 事故は自然発生的なことか?」
「違うと思う。真夏に雨も降っていないのに、スリップして横転したりしないでしょ」
梛がサクッと言った。まあ、乾いた道路でもスリップすることはなくはないだろうが、梛がそう言うのなら、何らかの干渉があったのだろう。
「誰かが無理やり横転させたのかな」
「そう言う感じではなかった。術による干渉ではないと思う。妖魔が出たんだろうね」
梛がきっぱりと言った。妖魔がトラックを襲ったのか。狙って襲ったのか、結果的にそうなったのかわからないが、あまりよろしくない状況だ。近くに妖魔がいると言うことだからだ。
「……梛ちゃん、武器持ってる?」
「持ってない」
だろうな、と圭。透一郎たちは今朝、電車で来たのでもちろん何も持っていない。梛の能力は刀に依存しないが、彼女の認識が重要になるため、代用の武器を使えば威力は落ちるだろう。
「そう言う圭は?」
「車に竹刀は積んであるけどなぁ」
なぜ竹刀が積んであるのか気にならないわけではないが、竹刀があれば、梛は少なくとも妖魔を斬れるだろう。
「おそらく、『陽炎』も出ているだろうけど」
襲われたなら、どちらにしろ対処しなければならない。幸い、現役の『陽炎』隊員が二人いるし、透一郎と直哉も戦うすべがないわけではない。最悪、透一郎の明鏡止水に落とし込もう。それも絶対ではないが、多少の時間は稼げるはずだ。
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