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アンラッキーな男・6月【5】












 翌日、大学で梛と合流した律子が目を見開いた。


「梛ちゃん、可愛いです」

「ありがとう」


 梛はにっこり笑って律子に礼を言った。メンズライクな服装が多い梛だが、今日は布地の多いロングスカート姿だった。クリーム色のブラウスを合わせていて、これはどこからどう見ても女の子にしか見えない。はずだ。中性的な顔立ちとはいえ、女の格好をしていれば女の子に見える。と思う。

 アンシンメトリーなスカートのすそを揺らし、梛は涼介たちと合流した。涼介が「珍しい格好だな」と平然と言った。彼らも梛が試したいことに気づいていたので、大げさに騒ぎ立てたりしなかった。何なら、梛の性別をはぐらかすような発言もしていた。


「お前女なのかよぉ」


 和田が半泣きで言った。梛が見るとき、いつも彼は泣いているような気がする。

「兄さんに似てるって言われるから、気にしないで」

「兄貴もイケメンなのか……」


 むしろ、兄貴がイケメンなのだ。


 和田がじりじりと梛から距離を取る。だが、地面に足を取られてしりもちをついた。

「……和田」

 涼介が呆れたように名を呼んだ。翔が「水無瀬に踏めってこと?」と言ってのけた。なぜそうなる。

「やっぱり和田が『女だ』と思っていることが条件なのかな」

「依織ちゃんはそうだって言ってたけどね」

 翔の言葉に、梛は依織に言われたことを思い出していた。扇子を取り出した梛は「和田君」と呼んだ。

「なんだ」

 警戒している。近づいては来ない。梛は彼の目の前で閉じた扇子を横に振った。縁が切れる。

「今、君につながっていた呪詛を切った。理論上はこれで君の悩み事は解決したはずだ」

「……は」

 和田が目をしばたたかせた。翔が首をかしげる。

「けど、和田の意識が変わらない限り、女難は続くんだろ」

「女難」

 涼介が噴出した。結局女難で落ち着いたらしい。まあ、ラッキースケベよりはましな言い方だろう。たぶん。


「そうなったら、和田君の中にある呪詛の名残を、呪詛者に返すしかなくなるね」


 そう、依織は言っていた。実際、縁は切られているので返しても大したことはないはずだが、真面目な和田は考え込んだ。

「もう、不運は起こらないんだよな」

「理論上はね」

 絶対とは言い切れないのでそう言うと、翔が「水無瀬が言うならほぼ確実だよ」と言った。まあ、たぶん、そうだろうと思う。こればかりは目で見えないので、やはり断言はできないが。

「……もしダメなら、また相談していいか」

「その時は知り合いの陰陽師を連れてくるよ」

 梛が笑って言うと、今日もついてきていた律子が「依織さんですね」と笑った。そう。律子の兄の恋人の陰陽師だ。

 実際に鏡返しをすることになったら、安全策が必要だ。どうしても依織は連れてこなければならないだろう。

「なんかあっけなかったなぁ」

 涼介が伸びをしながら言った。和田が騒ぐ。

「あっけなかった!? 俺は地獄を見たが!」

「誰も怪我もしてないんだし、可愛いもんだよ」

 悪魔に家族を斬り殺されるよりは全然ましだが、梛の例は極端すぎた。


 電話の着信音が鳴った。梛だ。一瞬、呼び出しかと思ったが、私用の携帯端末である。しかも、同じ学内にいるであろう弘暉からだった。

「あれ、弘暉さん」

「お兄ちゃんですか?」

 弘暉は今朝、律子と一緒に大学に来ている。双葉も同じ大学だが、講義が午後からだと別行動だったそうだ。というわけで、梛も今朝、弘暉にはあっている。

「はい、梛です」

『よお。お前、今どこだ?』

 名乗らなかったが、声は弘暉だ。梛は素直に答える。

「中央図書館の前だけど、え、何かあった?」

『いや……お前の彼氏が逆ナンされてんだけど。お前、今日あいつと会うんじゃねぇの』

 見透かされている。まあ、梛はデートでもない限り、ふんわりしたスカートなどはかない。今回は別の目的もあったのだが。

「そうだけど……え、むしろ弘暉さんはどこにいるの?」

『第二教養棟の前』

 ここからそれほど遠くない。梛は電話を切ると、走り出した。


「梛ちゃん!」


 律子が驚いた声を上げるが、すぐについてきた。訳も分からず反射のように涼介と翔もついてくるので、当然の帰結として和田もついてきた。

 広い大学構内とはいえ、敷地内だ。教養棟の建物を回り込むと、弘暉が手を振っていた。

「よう。って、律子も一緒か」

「お兄ちゃん」

 お兄ちゃん、と和田がつぶやいた。まあ、弘暉と律子はさほど似ていないので仕方がない。

「ほら、あれ。一年の女子か?」

 梛が隣に来たので、弘暉が門の方を示す。なるほど。こちらからは後ろ姿しか見えないが、あれは祐真だ。そして、逆ナンを仕掛けているのは。

「あれ、宮本じゃね?」

「だよなぁ」

 涼介と翔だ。うん。梛にもそう見えた。今日もふりふりしたかわいらしい格好をしている。

「あれ、瀬名さん? まあ、瀬名さんは正統派イケメンだよな」

「……ということは、俺から対象が移ったということ!?」

 和田が涼介の言葉に反応してうれしそうな声を上げたが、梛がにらんだのですぐに静かになった。弘暉が頭をかく。


「お前、そんな顔するくらいなら祐真を引っ張ってこい」


 弘暉に背中を押されて思わず顔をしかめるが、もう一度「行ってこい」と言われて梛は歩き出した。祐真を助けたくないわけではなく、宮本沙奈と対面したくない……。

「祐真さん」

 声をかけると祐真が振り返った。明らかにほっとした表情を浮かべている。

「梛」

「何してるの」

 淡々と問いかけると、祐真は一度宮本を振り返り、言った。

「浮気じゃない」

「誰もそんなこと心配してないよ」

 苦笑して言った。祐真にそんなことができる器用さなんてないだろう。

「でも、話の途中だったかな」

 ちらりと宮本を見ると、彼女は突然現れた梛をにらみつけていた。いや、突然出てきたのはどちらかというとお前だ。

「いや……プライベートなことを聞かれて困っていた」

「おや」

 直截に言う祐真に梛は笑うが、宮本は無視されて心穏やかではないようだが、梛に彼女とやりあう気はない。

「じゃあ行こう。しばらく待っていてもらわないとだけど」

「ああ……すまないが、連れが来たので失礼する」

 一応祐真が宮本に声をかけ、梛が祐真の手を引いた。背後から声がかかるが、全く無視する。無視して、建物の陰になるところに入った。


「お見事」


 様子を見守っていた弘暉たちがぱちぱちと手を叩いた。梛はつかんでいた祐真の手を放してため息をついた。

「どうも。祐真さん、なんでナンパされてるの」

「あれはナンパだったのか」

 祐真が驚いた表情で言った。まあ、そんなことだろうとは思った。

「いきなり趣味や住所を聞かれたから、変な人だなとは思ったが」

「お前、そう言うとこがずれてんだよな」

 弘暉が呆れたように言って祐真の背中を叩いた。和田が「誰?」と涼介と翔に尋ね、「水無瀬の恋人だ」と涼介が答えている。

「というか、梛ちゃん思いっきり無視してましたけど、大丈夫なんですか? 逆恨みされたりしません?」

「お前ら待ってる間に事情は聞いたが、ああいう女は面倒くさいぞ。もうお前らは美男美女でお似合いってことで手打ちでいいような気がするが」

 弘暉もそう言うことを言うのだな、と思いつつ、梛が口を開いた。


「まあ、私を呪えるものなら呪ってみろって話だね。物理的にどうにかしようと思っても、普通の女子大生がどうにかできるような私ではないからね。社会的に抹殺しようものなら、最終兵器のお兄様が投入される。はい、問題ないね」


 けろっと言ってのけると、和田以外の五人が納得の声を上げた。どう考えても宮本より梛の方が霊力が強いので、彼女に梛を呪うことなどできない。物理攻撃も同じことだ。精神的に攻めようにも、その前に最終兵器・透一郎が出てくる。考えれば考えるほど、宮本の方が詰む。

「では、和田君も安心ですね」

 律子がそう言って微笑むと、和田が「あ、うん」と放心したようにうなずく。今、律子に見ほれたな。弘暉ににらまれている。

「……何かあったのか?」

「あー……」

 これは祐真がおっとりしている、とかではなく、祐真にはまったく事情を話していないからわからない、ということだ。梛はしばらく考え。


「後で話すね」


 とだけ言った。


 ともかく、和田の不運な日々は解決したのである。
















 ちなみに、これには後日談がある。宮本は、梛の素性を調べ上げていた。彼女は目立つし、『なぎ』という名しかわからなくても、珍しくはないがそれほど多い名前でもない。すぐに見つけられただろう。


「水無瀬梛!」


 フルネームで呼ばれ、梛は思わず顔を上げた。びくっとしたのは弘暉で、「なんだよ」と悪態をついている。今、梛は弘暉も所属している研究室に来ていた。図ったわけではないが、梛の目指すところは、弘暉が専門としているところに近いのである。

 それはともかく、その研究室にノックもなく入ってきたのは宮本沙奈だった。弘暉とは違い、動揺一つ態度に出さなかった梛は確認していたデータから顔を上げた。

「何」

 顔を上げた梛を見て、宮本は「は?」と目を見開いた。それもそのはずで、梛はこの日、シャツにスラックス、ロングカーディガン姿で髪を一つにくくって眼鏡をかけていた。こうしていると高確率で男と間違われる。

「あんた、男……っ!?」

「生物学上は女だよ」

「お前らうるせぇ。外でやれ」

 弘暉に追い出され、梛は宮本を連れて廊下に出た。

「で、何? 前の彼なら、本当に私の恋人なのだけど」

「ちょ、そうだけどそうじゃなくて!」

 さすがの梛も不審に思って眉を顰める。うろたえるように視線を揺らした宮本が、足を一歩引いた。途端に高いヒールに足を滑らせる。とっさに手が出た。

「大丈夫?」

 手と肩をつかんでこけるのを止めた梛が問いかけると、宮本は自分の足で立って梛の手を振り払った。

「うわーん!」

「え、何!?」

 泣き声をあげながら走り去っていった宮本を見て、愕然とする梛に、結局研究室の入り口から様子を見ていた弘暉が声をかけた。


「お前……そう言うところだぞ。だからお前、初恋キラーとか言われるんだぜ」

「うるさい!」


 梛が持っていたノートを投げたので、今度は弘暉と喧嘩になった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


章も完結するが、3月も終わる…。皆さま、お疲れ様でございます。


今回かかわった皆さま。

【水無瀬 梛】(18)

まだ誕生日が来ていないので18歳。翔と涼介の二人で解決できなかったので、助けを求められる。和田には最初、男だと思われていた。別に男装していたわけではない。おとりとして自分の婚約者を呼び出そうとしたが、実際に声をかけられているのを見てちょっと嫉妬した。だが、最終的に宮本に好意を向けられ、しばらく『初恋キラー』と呼ばれる。不本意。


【柊 翔】(19)

誕生日が来たばかり。律子がちゃんとお祝いしてくれて嬉恥ずかし、なところに今回の案件。どうやら呪われているみたい?というのはわかったが、詳細不明のため、梛を呼び出した。梛が律子を連れてきたとき、「なんで!?」となった。結局役に立てなかったので、ちゃんと修行しようと思っている。ちなみに、サークルはテニス。


【式部 涼介】(19)

誕生日が来たばかり。今は彼女はいない。相談を受けたものの、案件的に自分は役に立たないと思っていたので、基本的に聞き役。翔を一人にするのもかわいそうだったので。ただ、同じ戦闘員の梛がちゃんとした知識を持っているので、自分も勉強しようかな、と思った。解決後、しばらく梛を『初恋キラー』と呼んでいた一人。


【武宮 律子】(19)

年度当初に誕生日が来ている。梛に教わった弁当作りは、恋人の誕生日に腕を振るうため。兄に微妙な表情をされたが、恋人は全部食べてくれたのでよしとした。好奇心から首を突っ込んでおり、双葉と似てきた、と思われている。兄の梛への『初恋キラー』呼びは、思わず納得してしまった。


【榊原 明日香】(18)

思いがけないところから巻き込まれた人。宮本は社会学の講義が一緒。グループが違うし、苦手なタイプなので話したことはない。ただ、噂は耳に入ってくる。梛に好意を持った下りを聞いて、極度の面食いだな、と感想を漏らした。


今回の当事者たち。

【和田 尚孝】(18)

相手が可愛すぎて腰が引けて告白を断ったら、ラッキースケベな呪いをかけられたかわいそうな子。女にモテなくなれ!という怨念を込められた結果が、女難体質である。優しい系のイケメンなので、結構モテる。ラッキースケベには、周りから見れば笑えるが本人的にはものすごく困っていて、同じサークルの翔と涼介に相談した。こいつは何も悪くない。ただ、気が弱くて巻き込まれちゃった子。ちなみに、法学部。


【宮本 沙奈】(18)

大学デビューした女子。根はいい子なのだが、自分の容姿がいいことを利用して、恋愛ゲームみたいなことをしていたら、なびかない男が許せなくなったちょっとやばい子。その場の怒りで呪ってしまったら成功したので、術師の才能はある。正直、和田の呪いが解けてほっとしている。やりすぎたとは思っているが、反省はしない。正統派美男子をナンパしにいったら、さわやか系美女が迎えに来たので嫉妬心と劣等感を刺激される。文句をつけに言ったら、その美女がさわやか系イケメンだったので思いがけず好意を持つにいたる(笑)ちなみに、文学部。



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