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アンラッキーな男・6月【3】














 講義が終わり、集合場所の図書館前の広場へ向かった。一年生である梛たちは、まだ講義も一般教養の方が多い。なので、文系だろうが理系だろうが、そんなに講義室は遠くない。


「水無瀬、こっちだ」


 手を振る涼介の方へ向かうと、彼の隣にいた翔が目を見開く。


「あれ、律子!」


 こっちも下の名前で呼ぶようになったんだな、と思った。律子は梛に同行していた。オレンジのワンピースを着ている律子はどこからどう見ても可愛い女の子にしか見えない。むしろ、ジャージを着ていても女の子にしか見えない。


「ついてきちゃいました」


 にこりと笑う律子は、だいぶ強くなったなぁと思う。話を聞いているときから興味がある様子を見せていたので、ついてくるような気はしていた。当たり前だが、涼介に隠れるように立っていた和田がびくっとする。


「なん……なんで女の子連れてくるんだよ……!」


 残念ながら、梛も生物学上は女性だ。どうやら和田は本気で気づいていないようだが。一応、紹介しておく。

「理学部の武宮律子ちゃん」

「初めまして」

 律子がちょこんとお辞儀する。可愛い。

「えっと、どうも」

 お辞儀を返した和田が何もないところでつまずいた。律子に突っ込みそうになったので、梛は彼女の肩を引き寄せてよけさせた。和田が顔面から地面に突っ込んだ。


「なるほど。こういうことか」


「律子を実験に使わないでよ」

「そんなつもりはなかったんだけど」

 恋人の翔に苦言を呈され、梛は苦笑した。本当にそんなつもりはなかった。だが、和田については理解した。

「えっ。大丈夫ですか?」

 律子が顔面から突っ込んだ和田を心配するが、涼介がすげなく言う。

「大丈夫大丈夫。気にすんな。こいつ、これだけ不運に見舞われてんのに、自分は怪我一つしないんだぜ」

「それはすごいね。解析部に連れて行ったら喜んで研究してくれそう」

 梛が何気なく言うと、和田は青い顔で起き上がった。本当に怪我一つしていない。

「物見遊山で彼女連れてくるお前は何なの?」

「私の彼女ではないよ。柊君の彼女」

「水無瀬!」

 翔が慌てたように声を上げる。律子も恥ずかしそうに頬を赤らめてはにかんだ。

「余計意味わかんねーよ!」

 それは和田が梛を男だと誤認しているからわからないのであるが、涼介も翔もひとまず訂正しないようだった。梛もしない。


「そろそろ時間かな。私と律子ちゃんは離れてるから」

 そう言って梛と律子は距離を取った。木が植えられている少し高くなった鉢状のレンガに腰かけた。そこから様子を見守ることにする。

「あ、あの方のようですね」

 律子が示した女性を見ると、まっすぐに和田の方へ向かっていくので、確かに対象の女子学生なのだろう。


「……かわいらしい方ですね」


 珍しく、律子は含むところがあるような口調で言った。まあ、系統で言えばかわいらしい系統なのだろう。栗色に染めた髪をふんわりと巻き、かわいらしい花柄模様のワンピースを着ている。ぱっちりとした目を際立たせる化粧をし、ふんわりとスカートのすそをひらめかせている。足元は華奢なハイヒールだ。

「女子大生、って感じではあるね」

 律子もかわいらしい系ではあるが、系統が違う。何というか、あけすけに言うといかにも「遊んでいます!」というような女子大生なのだ。律子の含むような物言いは、反射的にあの少女に反感を抱いたからだろう。名は宮本といっただろうか。


「和田君」


 にこにこと宮本が駆け寄ってくる。呪術をしそうには……いや、猫かぶりっぽいので案外やるかもしれない。冗談のつもりでやって、成功してしまうという人もいる。

「和田君。会いたいって言ってくれてうれしいわ」

 宮本がにこにこと和田に話しかける。涼介と翔がそばで様子を見守っているが、目もくれない。ターゲットは和田一人のようだ。

「……宮本。あの、な」

 うん、とうなずく彼女があざとい。律子がジト目だ。この子のそんな表情は珍しい。顔に出ないが、梛も気持ちはよくわかった。

「見てるだけでも腹立つな」

「ですねぇ」

 そんな会話をしながら様子を見守る。和田は顔をこわばらせて口を開いた。

「お前を振ったこと、後悔してる、って言ったら、どう思う?」

「まあ! あたしの価値が分かるなんて、さすがね!」

「……」

 顔だけ見れば宮本はかわいらしいが、言っていることはなかなかすごい。何といえばいいのだろうか。和田をあげているようで、自分の価値を高く見積もっているのだ。自分すごいでしょ、ということである。

「あたしは和田君ならいつでもオーケーよ」

「そ、そうか……宮本は、振られたら、そいつを恨むか?」

「何言ってるのよぉ。そんなわけないじゃない」

 これはめちゃくちゃ恨むやつでは。笑っているが、目が笑っていない。そんなことをしてみろ、と目が言っている。いや、もう振っているはずなのだが。

「そ、そうだよな……すまん、忘れてくれ」

 その後、和田はおたおたと時間をくれ、的なことを言って宮本と別れた。彼女はにこにこと手を振って次の講義に向かっていく。


「何してんの」


 全学部共通の図書館なので当然だが、明日香もいた。座り込んでいる梛と律子を見て寄ってきたらしい。二人が見ていた方を見て、ああ、と声を上げた。

「宮本沙奈じゃない」

「知り合い?」

「ううん。とってる講義が一緒なのよねー」

 思わぬところから伏兵が現れた。梛は律子と顔を見合わせた。

「榊原じゃん」

「よっ。式部に柊じゃん。それに……誰?」

 明日香が和田を見て眉を顰める。立っていた明日香のスカートが風にふわっと広がった。梛が手を伸ばして押さえる。

「あらら」

 明日香は何でもないようにスカートをはたいて元に戻した。翔が梛にささやいた。

「これは和田にとって榊原より律子の方が可愛かった……ということ?」

「まあ、好みだったのかもしれないね。柊君、しゃんとしなよ」

「うるさいな。律子はそう簡単に心変わりしたりしない」

「そうだね」

 梛は笑って立ち上がった。律子も立ち上がらせてから明日香に尋ねた。

「明日香、この後、講義は?」

「今日の分は全部終わったかなぁ」

「私たちもだ。じゃあ、ちょっとお茶してから帰らない? ご両親も私が一緒なら止めないだろう?」

 梛が誘うと、明日香は「その自信はどこから来るのよ」と言いつつうなずいた。

「いいわよ。私も気になるし」

 明日香は二つ返事で了承した。六人で大学を出て、近くのパンケーキ屋に入った。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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