アンラッキーな男・6月【2】
六月にもなれば、大学生活にも慣れてくるものだ。学舎は高校時代より遠くなったのでバスを使っているが、別に歩けなくもない距離である。
講義の空き時間に大学内のカフェで課題をこなしていた梛は、同じく空き時間の律子に尋ねられた。
「梛ちゃん、それ、男物じゃないですか」
梛が着ている藍色のカーディガンのことだ。ボタンを留めているわけではないが、左前なので確かに男物ではある。基本的にユニセックスな格好が多い彼女だが、今日は髪をうなじでくくり、眼鏡をかけているのでぱっと見はきれい系の少年に見えた。千里眼・水鏡の力が強くなってきている今、彼女が日常生活で眼鏡をかけていることは増えた。
「そうだね。まあ、諸事情で」
梛の体格では女物を探すよりも男物を買った方が楽だとかいろいろ言い訳もできるが、今の彼女はわざわざ男装するつもりでこの格好をしていた。
「諸事情?」
律子が小首をかしげる。小動物のようで可愛い。
「……昨日、柊君と式部君に相談を受けたんだけど」
「はい。翔君から聞きました」
ついに翔を名で呼ぶようになったのだな、と思いつつ、梛は「うん」とうなずいた。
「サークルが同じだって言う同級生の子が、最近不運だっていって相談されたんだよ」
「それ、梛ちゃんの管轄違いですよね」
「そうだね」
梛はうなずいたが、梛は『視える』ので、完全に違う、とも言いきれない。
「その不運がさ、女性相手に発揮されるんだよね」
「はい?」
律子が眉をひそめて聞き返した。彼女のこういう表情は珍しいな、と思いつつ、梛は昨日のことを思い出していた。
梛に連絡してきたのは涼介の方だった。呼び出されたカフェに行ってみると彼のほかに翔がいたというわけだ。そしてもう一人は大学に進学するために上京してきたという、和田という青年だった。二人と同じサークルらしい。
「呼び出して悪いな、水無瀬」
「それはいいけど、どうしたの」
空いている翔の隣に座りながら、梛は尋ねた。涼介が「こいつが」と和田を示す。彼はテーブルに顔を突っ伏していて、顔が見えない。なので、梛は涼介と翔から大体の事情を聞くことになった。
この二週間ほど、彼は不運に見舞わられているらしい。上級生の恋人同士がキスをしているところを目撃したところから始まり、階段から落ちて女子学生を押し倒す、熱烈なラブレターを拾ってしまう、痴話げんかに巻き込まれる、ドアを開けたら着替え現場だった(男女問わず)、などなど。笑えるものからちょっと洒落にならないものまで様々だ。
「で、今朝ついに転んで女子の胸に突っ込んだんだと」
「うわぁ」
さしもの梛も顔をしかめた。それは不運で済ませていいのか? 一昔前のラッキースケベ体質なのでは、と切り捨てることもできるが、本気で本人が悩んでいるようなのでからかえない。ちなみに、突っ込んでしまった女の子は和田の思い人だったらしい。それは死にたくなる。
「女性に関わることが多いね」
「だなぁ。二階から落ちる、定期を落とす、くらいなら笑えるんだけどなぁ」
「二階から落ちたら怪我すんだろ……」
和田がむくりと顔をあげた。梛と目が合ったので、笑って「どうも」と声をかけたのだが、和田は「イケメンかよぉ」と言ってまた顔を伏せた。
「……まあ、そんなわけで、柊がお祓いをしてみたんだよ」
「なるほど」
「でも、効果なし」
「ちょっとショック……」
翔が苦笑して言った。翔の能力は本物なので、本当に体質なのだろうか、と思って梛を呼んだらしい。呼ばれても困る。
梛はじっと和田を見た。『縁』が見える。これは。
「呪いかな。祟りや霊障ではないと思う。体質でもないね。明らかに誰かの呪詛の影響を受けている。たぶん、柊君のお祓いは、表面上は成功しているのだと思う。その時、和田君にまとわりついていた呪詛の影響力を払ったはずだ。けれど、これは和田君が起点となっているわけではないから、根本的な解決にはなっていないんだね」
「呪詛用の道具が別のところにあるってこと?」
涼介は理解が追い付いていないようだが、翔は梛の言いたいことがなんとなくわかったらしい。問われて梛が「うん」とうなずいた。
「たぶん、呪詛者本人が持っているんだ。その人も本職ではないから、微妙な効きになっているんだろうね」
梛などが本気で呪詛を行えば、和田に降りかかっている不幸くらいでは済まない。二階からではなく、マンションの最上階などから落ちることになるだろうし、人を押し倒した時に相手を殺してしまっているだろう。
「効き目からして、女性関係で怒りを買って呪われているんだと思うけど」
「和田、お前、心当たりある?」
涼介に問われて、和田が顔を上げた。
「……半月くらい前に、同級生に告白されて、断ったことがある」
「それだね」
「それだなぁ」
梛と翔が二人とも同意見だったので、これは間違いないだろう。たぶん、好きな子がいたから断ったのだろうが、面倒くさい子に慕われたものだ。
「私が今、ここでその呪いの縁を切ることもできる。けれど、それは根本的な解決にはならないね。一度切れても、またつなぐことができるから」
「鏡返しはどうだろう」
「和田君にかけるってこと? なくはないけど、それ、要するに術者に跳ね返るんだよ」
おそらく術者に相当するのが和田に告白してきた女の子だとするのなら、それはいただけない。相手は恐らく普通の女の子なのだ。
「直接話をつけた方が早いってことか……」
どこぞのヤのつく自由業の方のようなことを言ったのは涼介だ。まあ、そうなのだけど。
「犯人が分かるのならそうした方がいいね」
梛がうなずくと、涼介と翔が目を見合わせた。
「明日あたり、話しに行ってみようぜ。水無瀬も同行しろよ」
「……ここまでかかわってしまったからね。わかったよ」
律子に簡単に事情を説明し、梛は締めくくりに言った。
「というわけで、次の講義が終わったら話をしに行く。女連れはよろしくないかと思って、この格好なわけ」
「はあ……なるほどぉ」
こくんとうなずき、律子は一応の理解を示した。
「不幸体質ですか……梛ちゃんの言う通り、ラッキースケベな感じがしますけど」
梛の手の中で、シャープペンシルの芯がぼきっと折れた。
「梛ちゃん?」
「いや、律子ちゃんの口から、ラッキースケベっていう単語が出てきたことに驚いただけ」
「お兄ちゃんみたいなこと、言わないでください……」
ちょっと呆れた目で見られた。
「……ま、話を戻せば、和田君が私を女として認識していなかったから、不運が発動しなかったのかな、という思いもあって男物を着てきたんだけど」
「ああ、相手を女だと思っていれば発動するのではないか、ということですね」
律子の言う通り、和田が梛を女だと思っていないので不運も発動しないのでは、とも考えた。まあ、短い時間しか顔を合わせていないからかもしれないけど。
多くの場合、こういった事例は相手を強く意識することでその相手に対して発動することが多い。忘れてはいけない、と思っていると忘れてしまったり、うまくやらなきゃ、と思うほど失敗したりするのがそれに該当する。
「じゃあ、梛ちゃん、次は女の子にしか見えない格好をしてこないとですね」
律子に笑って言われ、梛は「そうだね」とうなずいた。今日うまく解決すれば、その必要もないが、望み薄だろうなぁと梛自身も思っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
梛は別に、普段から男装しているわけではありません。ただ格好が中性的なだけです。
ただ、この時着ているカーディガンは透一郎のやつという裏設定。




