あなたを愛している・4月【8】
元宮司の娘は、四十歳前後のきれいな女性だった。結婚する前は実家の神社を巫女として手伝っていたということで、なんとなくふるまいもきれいだった。透一郎が棺桶の中身を問い合わせているので、梛と祐真で話を聞くことにした。
「あら、美男美女ね」
真弓という元宮司の娘は、梛と祐真を見るなりそう言った。祐真は文句なしに美青年であるし、梛も透一郎に似ていると言われる程度には整った容姿をしているので間違いではない。間違いではないが、今言うことだろうか。
「神社と、彩桜塚古墳のことだったわね」
てきぱきと真弓はそう言って話し始めた。
「資料としてはほとんど伝わってないわよね。彩桜塚古墳には岩禰比古が埋葬されているのは知ってる?」
「はい。私の兄が昔、調べたことがあるそうで」
「ああ、あの子連れのイケメンさんね」
顔が似ているので一発で分かったらしいが、真弓は言い回しが面白い。祐真が隣で笑いそうなのを耐えているのが分かる。
「もう確認したかしら。あの古墳、二人埋葬されていたのよ。岩禰比古と、その妻だと言われているわ。妻の方は正確な名前が伝わっていないの。もともとは奴婢だったそうよ」
「身分違いだった、ということですか」
「そうそう。でも、時代が時代じゃない。民たちが認めなかったらしいわ。岩禰比古が不在の間に惨殺してしまったの」
「……それで、岩禰比古が怒った……?」
「そう伝わっているわ。自分がいない間に最愛の妻を惨殺された岩禰比古は激高し、自らの民を殺しまわったとのことよ。最終的に武装した兵士に刺殺されて古墳に納められたのね」
墳墓は生前から作っていたらしいので、そのまま埋葬されたのだろう。民たちにはご苦労なことだ。
「奥さんは?」
「妻の方は貝塚に遺体を捨てられていたそうよ。ひどいわよね」
まあ伝聞なので、どこまで正確かはわからないが、それに準ずるようなことはされたのだろう。岩禰比古も、民たちを殺しまわる前に妻の遺体を引き上げてやるべきだった。
「そうしたら、死んだはずの岩禰比古が夜な夜な民を呪い殺すようになったんですって。妻を殺した報いだ、って。呪術師が妻の遺体を夫とともに納めるようにと助言して、岩禰比古を祀る社をつくるように言ったの。それで、彩桜塚古墳には夫婦二人分の遺体が納められていたわけね」
「なるほど……では、春に行われていた神社の神事は岩禰比古を鎮めるための儀式というわけですか」
「そう伝わっているわね」
真弓がうなずいた。なんとなく、概要はわかった。
「宮司も変わってしまったし、神楽舞も私はちゃんと教えられなくて、少し神事の内容が変わってきている、と言われればそんな感じがするわね」
宮司がいなくなってしまったし、神楽舞を教えていたおばあさんもなくなった。舞手が教えるのが苦手だ、というのはたまにあることである。自分が舞うのと教えるのでは違うのだ。
真弓が言うように、徐々に変わっていき、封じが緩んできたのだろう。神楽舞が少し違うようになろうが、正式な宮司がいたころは大丈夫だった。だから、透一郎や香江たちが調査に来たときは何も感じられなかったのだろう。
「どう? 私もそんなに詳しくないのだけど、役に立ちそう?」
顔を覗き込まれ、梛は微笑む。
「もちろんです。最悪、あなたの父上を降ろさなければならないかと思っていましたから」
「あら。怪奇対応機密局の人はそんなこともできるのね」
梛ができるのは神降ろしの方だが、違いなど言わなければわからない。実際、真弓の話で大体の流れはつかめたと思う。
「ちなみに、神楽舞を今舞えますか」
「さすがに無理ね」
笑顔で断られた。
「曲がかかればなんとなくは舞えるかもしれないけど、細部は覚えていないわ。当時の録画映像を見た方が完成度が高いわね」
真弓は中学生のころから結婚するまで神楽を舞っていたそうなので、十数年分の録画が残っているはずだと言った。
なんとなく梛が神楽を舞う必要性に見舞われそうなので、見本になればと思ったのだが、やはりデータで確認することになりそうだ。
「あ、まだいた」
会議室を提供してくれた資料館の男性職員が顔をのぞかせた。ちなみに、原田さんとおっしゃるらしい。
「真弓が最後に舞った時の映像あったけど、見る?」
「見ます」
梛、即答だった。真弓が「ええっ」と恥ずかしそうに顔をしかめる。しかし、これは必要事項なのだ。それに、確認したいこともあった。
「祐真さん、しゃべらないけど起きてる?」
「起きてる。しゃべる間が掴めなかった……」
相変わらずのおっとりさん具合に梛は苦笑した。原田はコンピューターを持ってきて、映像を再生させた。
「若いころの自分を見るのって恥ずかしいわね。きゃー」
そう言いながらも真弓は楽しそうだ。四人でモニターを覗き込む。
神事は夜に行われていた。煌々とかがり火がたかれている。夜闇の中で、舞台がはっきりと見えた。古代の巫女装束で舞っているのが真弓だろう。榊を持って舞っている。白衣に緋袴、千早は着ているが裳は引いていない。動きが大きいからだ。頭には天冠をつけている。よくある巫女装束ではある。神楽は雅楽に合わせて踊る舞楽である。和楽器の音が聞こえている。
「祐真さんが古墳で聞いたのはこの音?」
「いや、違うな。だが、龍笛の音が近い気がする」
「なるほど」
ともに古墳の中に入ったときに、何か音がすると言っていたので、てっきり神楽の音楽家と思ったのだが、違うらしい。
梛はじっと神楽を見た。真弓が「そんなにまじまじと見られると恥ずかしいわね」と笑うが、梛は少しも見逃さないとばかりだ。
「ああ。神楽を見ていたんだね」
透一郎が香江と晴季を連れて戻ってきた。そうしていると、本当に親子に見える。
「梛、できそう?」
「できなくはないと思う。初めて見る振り付けだけど、動けなくはない。ただ、私はこのあたりの人間ではないから反発があるかもしれないけど」
「私は美人の巫女舞は大歓迎だけどねぇ」
真弓がうそぶくように言ったが、そう言うことではない。霊的に反発されるかもしれないということだ。
「祐真、露払いを頼める?」
「承知した」
迷うそぶりもなく祐真は透一郎の言葉にうなずいた。祐真は己が現状、物理要因としてしか役に立てないとわかっているのだ。
「神楽殿の周りには、私が並行して結界を張るから、兄さんは香江さんと晴季を見ててね」
じっと透一郎に見つめられたので、梛も見つめ返す。透一郎は笑顔だが、梛は笑っていなかった。どちらが怖いと言われればどちらも怖い、と香江も祐真も後に語った。
「……わかったよ」
ため息をついて透一郎は言った。梛は眉を吊り上げる。
「私と祐真さんが側にいられないんだから、当然の帰結でしょう。おとなしくしててよ」
と言っても、梛の刀は透一郎に預けることになるだろう。何なら祐真を相手に試し切りしていたし。透一郎は往時ほどの膂力が見込めない分、技に比重を置いたようだ。それに、そばには神楽を舞っているとはいえ梛がいる。さほど問題はない。
「……何?」
透一郎も祐真も、それどころか原田や真弓ですら梛を見つめていたので、梛は不審そうに言った。透一郎が笑って首を左右に振る。
「いや。君のそう言うところが男前なんだろうなぁと思って」
解せぬ。
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