あなたを愛している・4月【7】
「あ、宮司さんの娘さん、舞手さんだったんですか」
資料館のカウンターで梛は職員に話を聞いていた。元の宮司の娘と同級生だと言う職員の男性は「そうなんだよね」とうなずく。
「もう十年以上前だけどね。あの時は井上のばあさんも生きてて、一番洗練された神楽舞が見れたなぁ」
「なるほど……」
井上のばあさん、とは神楽を指導していたという女性だろうか。宮司より前に亡くなったらしいので、透一郎や香江が調査に来たときは、すでに井上のばあさんの指導を受けた神楽ではなかったわけだ。
おそらく、前の神楽巫女が次の神楽巫女に教えていたのだろうが、井上のばあさんほどうまくは教えられなかったのだろう。その上、宮司が死んで、封じが緩んできたのだろうか。
「お嬢さん興味あるの? 学生さんかな。そう言う研究してるの?」
「いえ。そう言う研究してたのは兄ですね」
「ああ、あのお兄さん。よく似てるねぇ」
「よく言われます」
初見の人間から見ても、梛と透一郎はよく似ているらしい。その透一郎は梛、香江、晴季作の埴輪を受け取っていた。梛が視線を向けたのに気づいてにっこりする。
「梛と晴季の作った埴輪、リビングに飾ろうか」
「兄さんは私をいくつだと思ってんの? 怒るよ」
下手な作品を誉められて喜ぶのは、せいぜい小学校低学年までである。晴季だって喜ばないぞ。埴輪を渡した女性職員は「仲がいいですね」と笑っている。
「お嬢さん……梛さん? 話戻るけど、神楽に興味あるなら、連絡取ろうか? まあ、あっちもおばさんになってるけど、頼んだら舞ってくれるんじゃないかな」
おだてに弱いから、とその男性職員は笑った。梛は苦笑しつつも、ぜひお願いします、と答えた。男性職員はすぐに電話をしてくれた。元宮司の娘はちょうど時間があるらしく、すぐに来てくれるとのことだった。
「梛のコミュニケーション能力が怖い……」
「いや、普通でしょ」
真顔でそんなことを言う祐真にツッコミを入れつつ、お昼を食べに行くことにした。郷土料理を食べに行く。
「案外すんなりつながったわね……」
「梛のおかげだね。お疲れ様」
「いや、うん……聞くの、兄さんでもよかったのでは……?」
なんとなく透一郎に言い含められて男性職員に話を聞いた梛だが、透一郎でもよかったのではないだろうか。梛が疑問を呈すると、透一郎はさわやかに笑った。
「梛の素直なところが可愛いよね」
「……」
梛の隣で祐真もうなずいた。どっちも殴りたい。騙されたショックとか、羞恥心とかで。梛は息を吐いてご飯を食べ始める。この面子だと、食費が半端ない。晴季と香江は年相応だが、特に梛と祐真がよく食べる。
「というか、宮司さん、子供がいたのね。神社を継がなかったのかしら……」
「娘一人だったらしいよ。無理に継がせようとはしなかったんだろうね……」
最近では女性の神職も住職も多いが、まだ少数であるのは確かだ。宮司も無理に言えなかったのではないだろうか。
「だが、娘なら、神社の謂れを何か聞いているかもしれない」
「そうだね」
祐真の言葉にうなずく。希望的観測だが、多少は詳しいだろう。そう言うものだ。
「それで、古墳の方は? 岩禰比古について何かわかった?」
梛が聞き取りをしている間に、透一郎と香江は郷土史料をあさっていた。多くの自治体には、県史や町史などがあるものだ。ここも例外ではない。
「岩禰比古の統治期間は短い。せいぜい六年と言ったところだね。厄災を鎮めるために祭事を行い、そのせいで死したと記述されているけど」
当時の寿命を考えれば、短すぎることはない。もっとも有名な古代の女王も、同じほどの統治年数だったと思う。凶兆があれば責任を負って死ぬような時代であるから、岩禰比古がそれにあたる可能性だってある。史料に書かれていることが本当であれば、だが。
「それだけじゃ何とも言えないわね……岩禰比古が何をしたのかもそうだし、あの人が何を止めたがっているのかもわからないわ」
香江もお手上げ、というように言った。ここで、ずっと聞き役に回っていた祐真が梛に尋ねた。
「そういえば、夜中にお前が幽霊を取り逃がしたから古墳まで行ったわけだけど」
「悪かったね」
「責めてるわけじゃない……副島さんに剣を向けていたと言っていたが、それは岩禰比古だったか?」
改めて問われて、梛は何度か瞬きをした。無意識に晴季に手をぬぐわせている。
「いや、違ったと思う。兵士の姿に見えたけれど、あの時代って兵士がいるんだっけ」
「いるよ。埴輪にもいるだろう、兵士の姿をした埴輪が」
「ああ、そうか」
透一郎に突っ込まれて、梛はうなずいた。手元のジンジャーエールを一気飲みした。
「まあ、剣を持っているのだから、兵士か……志那では奴隷のほかに、王を守るための兵士も生き埋めにされたと聞いたことがあるが」
「ああ……うん」
祐真に視線を向けられた透一郎は曖昧に微笑んだ。
「おそらく、岩禰比古に殉じた兵士じゃないかな。隣に梛がいるのに、香江を狙ったということは、もともとは女性の霊の方を狙って……うん?」
「ん?」
透一郎が首をかしげるのに合わせて、梛となぜか晴季も首を傾げた。香江が「何それ可愛い」とつぶやく。
「いや……合葬されていたのが岩禰比古とその女性の霊の遺体だとしたら、兵士がその女性を狙う意味が分からないな、と思って」
「ああ、統治者の妻だったのかもしれないのか……というか、遺体を見たらわからないの? 副葬品は岩禰比古と混同されているかもしれないけど、棺の中の遺体はそうはいかないでしょう」
「うーん。我が妹ながら合理的……」
問い合わせてみようか、とこちらの問い合わせは透一郎がすることにした。梛は疑問を持ったが、専門的なことはわからないので。
「最終手段としては梛に縁を切ってもらおうか……」
「……いつも思うのだけど、私ってそんなに縁を切っても大丈夫なものなの? 今まではたぶん、私の霊力が上回っていたんだろうけど、今回は微妙だよね。私、大丈夫なの?」
「……」
透一郎も祐真も香江も、梛の顔を見つめた。兄の透一郎と似ているが、兄よりも目元がきりっとしている。
「……本当に最終手段にしようね。それよりも、神楽舞を舞ってもらった方がいいかな……」
「……」
今度は梛が沈黙した。デザートのムースを引き寄せて食べ始める。現実逃避だ。
「なんで私、一緒に来たんだろう……」
「お前は人が良すぎるね」
「兄さんは人が悪い」
「な、梛ちゃん大丈夫?」
普通にいい人である香江が心配そうに梛に声をかける。いや、初めからわかっていたのだ。このメンバーで調査に行くなら、梛に負荷がかかるのは当然だ。
「むしろ私は香江さんが心配だよ。本当にこの男で大丈夫なの?」
ついに自分の兄をこの男扱いし始めた梛であるが、さすがの透一郎も何も言わなかった。妹に負担をかけているのは彼もわかっているわけで、そして、力関係が梛の方が上なのである。
とにかく、元宮司の娘から話を聞かなければならない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




