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あなたを愛している・4月【9】














 昼過ぎ、梛は水辺で禊をしていた。その様子を見ているのは真弓と香江だ。真弓はすっかり手伝ってくれる気でいるらしく、梛の神楽舞も見てくれた。本人の申告通り、教えるのは下手だった。というか、家族はいいのだろうか。


「いいのよぉ。夜には帰るし。梛ちゃんの神楽を見たいけど、こればっかりは仕方がないわ」


 本来なら祭りの時期ではないので、人は集まらない。舞台の使用許可は、透一郎がとった。どう説明したのかは不明だが、怪奇対応機密局の方から話をまわしたのだろう。

 梛が川から上がると、香江と真弓が話をしていた。

「ああいう男は大切にしたいとか、迷惑になるからとかいうけど、結局度胸の問題よね。臆病なのよ。押し倒すくらいの勢いで行けば大丈夫よ」

「それは……私にできるでしょうか……」

「香江ちゃんも真面目ねぇ」

 思いっきり人生相談だった。主に、梛の兄が煮え切らないのが問題と思われる。


「……兄さんのこと、もう一発くらい殴ってこようか」


 タオルで水分をぬぐいながら梛がおもむろに言った。声をかけられたことで、女性二人は梛が川から上がってきていたころに気づいたらしい。香江が羽織を渡してくれた。それを羽織る。

「前に梛ちゃん、透一郎の頬骨、折らなかった?」

「折ってはいない。ひびは入ったそうだけど」

 というか、教えてくれたのは香江だった気がするが、彼女の中で記憶がすり替わっている。そういえば、もう少し強ければ脳震盪を起こしていたと言われたから、さすがに危ないだろうか。


「梛ちゃん顔に似合わずアグレッシブね!」


 真弓が愉快そうに言った。梛は「まあ、兄さんよりは短気ですね」と返した。湿った髪をまとめ上げてヘアクリップでとめた。

「兄さんは臆病な人だと思うよ。頭のいい人だから、いろいろ考えちゃうのかもね。臆病で、優しすぎる人だ。他人が傷つくより、自分が傷つく方を選ぶタイプだと思うよ。たぶん、香江さんが他に好きな人ができた、と言ったら笑顔で送り出してくれる」

「……透一郎以外の人を好きになることはたぶん、ないと思うけど……でも、梛ちゃんは利用されたのにそう言うのね」

 梛は胸の下で腕を組むと、目を細めて香江を見た。

「兄さんも私を利用したと思っているだろうね。けれど、あれは私が選んだ結果だ。誰の意思の干渉も受けていない、私が決めたこと。それを否定するのは私に対する侮辱だ」

「……」

「まあ、兄さんもそれで自分が傷ついているんだから世話ないね」

「……なんだろう。こう……口調は透一郎っぽいのに、言ってることはやっぱり男前よね、梛ちゃん」

「中身は別人だからね。兄さんっぽくしゃべってみようか?」

「ふふっ。大丈夫よ。ありがとう」

 香江が笑うので、梛も良しとした。何の話か分からなかっただろうに、真弓は突っ込んでくることなく二人を見ていた。

「そろそろ戻りましょ。私も帰らないといけないし」

 そう言われて、だいぶ日が沈んできていることに気が付いた。













 神社の社務所に透一郎が陣取っていた。祐真は晴季を連れて遊びに行ったらしい。古墳に上りに行ったらしいが、祐真が一緒なら大丈夫だろう。というか、晴季の面倒を見させてしまって申し訳ない。


「兄さん」

「梛……相変わらず巫女姿が似合うね」

「巫女って柄じゃないけどね」


 せいぜい女武者だろう。刀は透一郎に預けてあるが。

「私が神楽を舞っても、封印は完璧じゃないよね。どうするの?」

「私が祝詞を上げる予定だけど、どれくらい効果があるだろうね……物理的に斬ったほうが早いかもしれないね」

「兄さんまでそんなこと言わないでよ」

 おそらく、岩禰比古は強い霊だ。恨みが強い、と言えばいいのだろうか。そして、おそらくその妻の女性はそれほど強い霊ではない。だから、二人はいまだに会えていない。干渉力の弱い妻の霊は、岩禰比古の前に姿を現せないのだ。


 梛の力なら岩禰比古を斬ることはたやすいだろう。霊力的に負けているかもしれないが、透一郎がいれば跳ね返せるだろう。兄妹だけあって、透一郎と梛の霊力の相性はいい。

 だが、それでは根本的な解決にはならない。香江の夢に出てくる岩禰比古の妻と思われる女性は、『助けて』と言った。助けてほしいのは彼女自身ではなく、彼女の夫のことだ。

 梛が神楽を舞えば、反発して岩禰比古は姿を現すだろう。そして、梛を攻撃してくる。それだけの干渉力が彼にはある。言葉にはしないが、透一郎もそれを狙っているのだろう。

「祐真、ちょっと」

 透一郎に呼ばれ、晴季を連れて戻ってきていた祐真が彼の隣に立った。透一郎が彼に端末を見せた。

「祐真が聞いた音って、これかな?」

 透一郎が端末の音量を上げる。何かの和楽器の音が聞こえてきた。横笛のようだが、さすがに何かはわからなかった。

「そうだな、神楽の龍笛よりこちらの方が近いと思う。篠笛か?」

「そう。これで埴輪を操っているのだろうね」

 音で物を操るのはよくある方法だ。祐真は、その力が薄れる昼間からその音を捉えていたことになる。


 つまり、音が聞こえれば埴輪が動くと言うことだ。このあたりは祐真が対処するので、梛は気にしなくてよい。

「日が暮れるわ……」

 香江が窓の外を見て言った。ここからは霊たちの時間だ。










 煌々とかがり火がたかれている。梛は舞台の上に一人で立っていた。舞台から降りたところには透一郎、香江、晴季が控えている。晴季は寝そうだが、一人にしておくよりはましだと判断した。祐真は一人離れたところで待機。ちょっとかわいそうである。

 さすがにお囃子までは生で用意できなかったので、録音だが、透一郎が祝詞をあげている。彼の袴姿も久々に見た気がした。

 すっと榊を持った腕を前に出す。梛の神楽は、完全に付け焼刃だ。身体能力には自信があるが、完璧に舞えるかは別問題だ。亡き母の実家の神楽を舞ったことはあるが、それとはまた振りが違う。

 本人は緊張しながら、はた目には悠然と舞う。この神楽は神事の一部だ。自身が封じられようとすれば、必ず出てくる。


 来る。


 岩禰比古が舞台の手前で漂っている。霊体だが足はあるのだが、どうも浮いているようだ。梛はちらりとその姿を見たが、何事もなかったかのように舞い続ける。それ以上近づいてこられないのだ。梛が並行して結界を張っているからだ。触れた瞬間、霊など消し飛ぶ。

 実際、祐真が取りこぼしたと思われる埴輪が結界にぶつかって消し飛んでいる。それを見て、香江がちょっと引いていた。

 岩禰比古は神楽を舞う梛を敵と認識しているようだ。まあ、物理的に埴輪を斬っている祐真より、岩禰比古を封じんとしている梛の方が敵視されるのは当然のことだ。さて、ここからどうするか。透一郎もいざとなれば切るしかないと思っているのか、預かっている梛の刀をいつでも引き抜けるように構えている。


 びりっ、と結界が揺れた。岩禰比古が結界に干渉してきている。破られることはないだろうが、梛の集中力を欠くのは確かだ。

 梛がくるりとその場で回転した時、ぱっと簡易椅子から香江が立ち上がるのが見えた。透一郎が「香江!」と呼びかけるが、香江は止まらずに結界の端まできた。梛は透一郎から刀を奪って岩禰比古を斬るか迷った。


「梛、止まるな! 続けろ!」


 思いがけず兄に強い口調で言われ、梛は香江のことは透一郎に任せることにして神楽と結界の維持に専念することにした。透一郎自身が言っていたではないか。好きな子の前では格好をつけたくなる、と。この状況で言っていいのかわからないけど。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


時代的に篠笛はない気がするので、ただの横笛かもしれない。


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