あなたを愛している・4月【5】
それに気づいたのは、襲われそうになっていた香江よりも梛の方が早かった。飛び起きて抱えていた刀の柄をつかむ。それと同時に香江が目を覚ました。自分に向かって剣をつき下ろそうとしている男(幽霊)を見て悲鳴を……上げる前に梛が香江をベッドから引きずり降ろして口をふさいだ。香江の見開かれた目が梛を見つめる。香江の体をまたいで抜刀する。すっと消えるように霊が後ろに引いた。
「梛!」
カードキーを預けていたので、透一郎が部屋に入ってくる。後から祐真も晴季を抱えてきた。梛は納刀して香江を引っ張り起こす。
「大丈夫?」
「え、ええ。ありがとう」
そのまま香江をベッドに座らせ、梛は男性陣を振り返る。というか、祐真は梛が寝ていたベッドに晴季を寝かせていた。梛と目が合う。
「仕留めたか」
「いや。あちらが消えるほうが早かった」
まあ、梛もすべての霊が斬れるわけではないので。透一郎が考え込む様子を見せているが、右腕を左手で持っているのでかなりシュールである。
「香江は夢を見た?」
「あ、ええ……いつもの女の人に『起きて』って言われて、目を覚ましたら……」
「警告したのか……とりあえず梛、腕をつけてもらっていい?」
「なんで外しちゃったの」
あきれながら梛は透一郎の右腕を装着した。まだ慣れていなくて寝るときに痛いらしい。祐真はこの義手の作成者だし、晴季は物心ついたころには兄が義手だった。なので耐性があるが香江は少し動揺したようだった。
手慣れた様子で兄の義手をつけた梛は透一郎に刀を渡した。
「私は祐真さんと古墳の様子を見てくる。兄さんには私の刀を預けておくから、何かあったら使って」
「おや。ありがとう」
透一郎が刀を左手で受け取った。往時ほどの力はないが、透一郎なら刀一本でたいていのことは切り抜けるはずだ。
「梛が刀を持っていた方がよくないか。あと、外に行くなら着替えてくれ」
「……」
梛は自分の格好を見下ろした。キャミソールにショートパンツだ。別にこのまま外に出ても梛は気にしないが、一応着替えることにした。最後にカーディガンを羽織る。刀の代わりに扇子を持った。梛の能力は必ずしも刀で斬る必要はないので。逆に祐真は刀がなければほぼ戦闘力皆無だろう。
そして、今の透一郎では祐真の刀を鞘から抜くことができない。どうしても義手ではない左腕で扱うことになるし、筋力の問題もある。身長の差で、祐真の刀は梛の刀より長い分重いのだ。いわゆるオリハルコン製の刀でも取り寄せるかと尋ねたら、笑顔ではたかれた。いや、冗談だけど。
透一郎と香江に何かあったらすぐに連絡するように言い、梛は祐真とともに古墳を見に向かった。
「どうだ?」
「霊力の残滓が見える。昼間はなかったんだけど」
「古墳から何かが起きたということか……」
しみじみと言った祐真を、梛は困惑の表情で見上げた。
「それが、古墳じゃなくて森の方見えるんだよね。中に神社があるんだっけ」
「そちらからの気配ということか? 神社の祭神の気配か?」
「いや、神気ではなく、あくまでも霊力だ」
「……そうか」
祐真も考え込むように目を伏せたが、その彼のパーカーを梛はつかんだ。
「来る」
何が、とは言わなかったが、祐真は察して片足を大きくひいて刀の柄に手をかけた。梛も扇子を開いた。
……と、それは現れた。
「……埴輪」
「埴輪だね」
梛たちの膝ほどの高さの埴輪たちがてくてく歩いてきた。襲ってくる気配はない。梛はしゃがんで近くを歩いていく兵士型の埴輪を両手で持ち上げた。
「何かが憑依している感じはないね。操られているのかな?」
と、埴輪の腕が動いて梛を殴ろうとした。梛は腕を伸ばしてよける。埴輪を行列に戻してやった。
「どこに向かってるんだ?」
「さあ……?」
梛が首をかしげてから、はっとした。
「香江さん」
ホテルの方へ眼を向ける。埴輪の歩みは遅くて、まだそこまで至っていない。透一郎が気づき、結界を張ったために侵入することはできないだろう。あっちは放っておいて大丈夫。
「副島さんを狙っているなら、例の女の霊ではないということだな」
「そうだね」
彼女は香江を守ろうとしていた。だから、埴輪を動かしているのは彼女ではない。おそらく、夫婦と思われる被埋葬者のうち、女性は権力者に添えられるように埋葬されたのだと思う。だから、この古墳にそれほど強いつながりはない。つまり。
「神社で祀られているのは、神格化された岩禰比古か」
梛と同じことを考えていたらしい祐真が言った。梛は「兄さんと香江さんに確かめてみないとわからないね」と言った。今電話して聞いてもいいが、集中力を切らしたくない。
「じゃあ、私たちは彼に会いに行ってみよう」
実体化していなくても、梛なら視えるだろし、おそらく祐真なら聞こえる。
「透一郎さんたちはいいのか?」
「兄さんなら殺しても死なないし、死んでも晴季と香江さんを守るよ。大丈夫」
「どのあたりが大丈夫なんだ……?」
祐真が眉をひそめたが、梛は笑って彼の手を引っ張った。埴輪を乗り越えて神社に向かう。
小さな神社だったが、舞台がある。寺や神社で能や歌舞伎を演じることは多いが、そのための施設だろうか。定期的に使われてはいるようだ。
その舞台上に、古代装束の男が立っていた。はっきりとした霊である。
「祐真さん、視える?」
「視える。俺は視えないほうなんだが、結構はっきり見えるな……」
「それだけ力を持って実体化しているということだね」
梛はそう言うと舞台の前に立った。男の霊を見上げる。
「こんばんは。埴輪はあなたの手下?」
「梛」
慌ててついてきた祐真が梛の手を引いた。梛は思い切りが良すぎるところがある。
男の霊が梛と祐真を見下ろした。祐真は刀の柄に手をかけたが、彼では霊を斬ることができない。梛はまっすぐに男を見上げる。年のころは兄の透一郎と同じくらいだろうか。ひげがあるのでよくわからない。
男はまじまじと梛を眺めると、『駄目だな』とつぶやいた。何が駄目だと言うんだ。
『襲え』
男が梛たちを指さす。埴輪が襲い掛かってきた。シュールだ。少々間抜けな顔をした埴輪たちが、梛たちに襲い掛かってくる。だが、これくらいは大したことではない。埴輪は基本的に土なので、祐真と相性が良くない気もしたが、彼に任せても物理で斬ってくれるだろう。
なので、梛が飛び上がって男に肉薄した。檜舞台の柵の部分に着地し、閉じた扇子を横に振るった。一閃されたそれは、確実に男を『斬った』が、手ごたえはなかった。男は消えている。柵に乗ったまま振り返ると、埴輪も糸が切れたように動かなくなっていた。土塊はそのまま残っている。納刀した祐真が一言。
「……これ、どう片付ければいいんだろう?」
「……そうだね」
おっとりした婚約者の言葉に苦笑し、梛は舞台から飛び降りた。ホテルの方を見る。あちらも大丈夫そうだ。その途中に、埴輪が転がってるけど。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
襲い来るハニワ。




