あなたを愛している・4月【3】
向かう彩桜塚古墳は隣県にある。透一郎の足のことがあるので、車で向かったが、ドライバーは祐真で固定だった。そう、うっかり彼は巻き込まれたのである。自分から巻き込まれに来たともいうが。
「祐真さん、やっぱり運転代わる?」
梛が後部座席から声をかけると、祐真は「いい」と短く答えた。
「ルーキードライバーだろ。恐ろしいからやめてくれ」
「むう」
おっとりした祐真にそう言われ、梛はすねた顔をする。晴季をはさんで隣に座った香江が笑う。
「なんだか梛ちゃんがそう言う顔をすると安心するわ」
子供っぽいと言うか。香江はそう言って笑う。梛は、両親がいないと言う状況がそうさせるのだろうが、年の割にかなり大人びている。性格を透一郎に寄せているのもあるだろう。
「実は私も。冷静たれと教え込みすぎたかなと反省してるんだよ、これでも」
「……ま、いくら常に冷静たれ、と教え込まれていても、私の根本は変わらないでしょ。いくら性格を寄せていても、入れ替わったら絶対に違和感があるからね」
一瞬で頭の冷えた梛がそう言うと、透一郎が「それはそうだろうね」と苦笑した。
「いいんじゃないか。可愛いし」
「……祐真さん、うれしいけどずれてるよ」
運転に集中している分、ツーテンポくらいずれていた。いつもはワンテンポくらいなのだが。ハンドルを握ったまま首をかしげるので透一郎に突っ込まれる。
「後でいくらでも二人にしてあげるから、今は運転に集中してもらっていい?」
「……了解」
そこで許可が出るのね、と思わないでもなかったが、ツッコまない。自分も香江と二人になりたいからかもしれないけど。まあ、梛は晴季の面倒を見る所存ではある。
「瀬名君、やっぱり運転代わる? 私、ペーパードライバーだけど」
「遠慮します……」
梛は初心者、香江はペーパードライバー、ちなみに透一郎も運転免許を所持してはいるが、彼に運転させるような猛者はいなかった。
彩桜塚古墳は森を切り開いた小高い丘にあった。いや、古墳があるから丘に見えているだけで、実際は森を切り開いただけなのだろう。そのそばに資料館があり、小さなテーマパークもある。そして、その時代をモチーフにした小さなホテル。
「へえ。古墳時代がモチーフだと言うからどんなものかと思ったけど、こういうこと……」
部屋は普通のホテルの客室だ。ただ、壁紙が壁画だったり、埴輪が置いてあったりする。見方によっては、ちょっと怖い。実際、晴季は半泣きで梛の後ろに隠れている。
部屋は男女で分けた。晴季が完全に梛になついていて、透一郎はちょっとショックだったようだ。最近、弟妹達の透一郎への扱いが雑なのは認める。
荷物を置いてから古墳に上った。整備されていて観光地になっているのが分かる。と言っても、埴輪が置いてあるくらいだが。
「兄さんと香江さんは昔ここで調査をしたそうだけど、何の調査?」
「普通の発掘調査だよ。講義の一環で、フィールドワークというやつだね」
なるほど、と梛はうなずいた。今は完全に整備されているが、七年ほど前なら、まだ整備前の調査中だったのかもしれない。
「梛はどう? 何か視える?」
「うーん……薄い膜がかかっているみたいな。よく視えないね」
梛が見えないとは相当だ。ただ、能力的に制限がかかっている可能性もある。梛の目は『よく視える』が、『なんでも見える』わけではない。
「一応、中に入る許可はもらってるんだ」
「それ、私に行って来いって言ってるよね」
当事者の香江は連れていけないし、透一郎は足元に不安がある。梛と祐真が行くしかない。祐真を見上げると彼もうなずいたので、古墳の中に入ってみることにした。
「古墳の詳しい情報、聞く?」
透一郎が階段を降りながら尋ねるので、斜め後ろの梛は首を左右に振った。
「いや。先入観なしに見たいから」
「わかった。……っと」
階段というのは、上るときより降りるときの方が危険だ。五年以上不自由な生活を続けている透一郎だが、案の定階段を踏み外した。梛が無造作に手を伸ばして肩を支える。支えたまま古墳から降りた。
「ありがとう、梛」
「どういたしまして」
多分、梛がいないときはこのまますっころんでいるんだろうな、と思う。変に踏ん張るより、転んで受け身を取ったほうが安全だからだ。
「……私、透一郎を支えられそうにないのよね……」
晴季と手をつないで降りてきた香江が困ったように言った。杖をついて立ちなおした透一郎が首をかしげる。
「香江がする必要はないよ。一緒に転ぶ方が危ないからね」
「体格が二回りくらい違うもんね。並ぶと犯罪」
兄に続けてそんなことを言った梛の頭を、透一郎が軽くはたいた。
「まあ、実際、梛と離れたら生活に苦労しそうだね、私は」
透一郎が梛の顔を見る。
「梛が何かと手を貸してくれるから、甘えているところもあるんだろうね。慣れもあるだろうけど、さりげなく手を貸してくれるから気づきにくい」
「たぶんそれが、他の人でも発揮されるから男前なんだろうな……」
祐真にもしみじみと言われ、梛は男どもを見上げたが、何も言わなかった。多少の自覚はあった。
「とりあえず、祐真さんと中を見てくるよ。香江さん、無理しなくていいから兄さんと晴季をよろしく」
「わかったわ。二人も気を付けてね」
祐真を引っ張って『立ち入り禁止』の立て札のある古墳の入り口まできた。入る前に、祐真がおもむろに言った。
「親子のようだったな」
「は? ああ、兄さんたちのこと? そうだね」
「……お前、そう言うところだぞ」
「祐真さんに言われたくないんだけど」
言葉少なな祐真の言葉の真意を正確に読み取ってしまったらしい。いや、これくらいならだれにでもできる気がするから、そんなことを言われる筋合いはないと思うのだ。
「いいから、行こう」
「ああ」
念のためはぐれないように手をつなぐ。懐中電灯は祐真が持った。梛は明かりがなくてもある程度視える。
時間的には昼過ぎであるが、一歩中に入れば真っ暗だった。いくら古墳の中とはいえ、異常な暗さな気がする。
「……そんなに大きな古墳ではないよな?」
「大きい方じゃないかな。このあたりはその時代、中心地ではないし」
古代、この国の中心だったのはもっと南の方だ。それを考えれば、この方墳は大きい方だろう。たぶん。あとで透一郎と香江に聞いてみよう。いや、香江の専門はアルビオン史だったろうか。少なくとも、文化史ではないはずだ。
「そう言うものか……石室は一つか。壁が分厚いんだな」
「……そうだね」
外円を計測したところ、規模は五十メートル弱の縦横に高さは十メートル弱。内部は前室だけで十メートル弱はある。棺の納められる玄室は幅四メートルに縦二・五メートルの横長だ。
「ちゃんとした造りの古墳だね」
「そうなのか?」
ダメだこの理系脳。梛は祐真を見上げたが、とりあえず今計測した情報をメモする。祐真は足元を見ていた。
「若干下がっているところは、棺の痕か」
「たぶんね……二つあるね」
「身分が高い人は副葬品として奴隷も一緒に埋葬されるんじゃなかったか?」
「奴婢のこと? そうだねぇ。でも、身分が違うんだから棺に入れたりしないでしょ」
もっと言えば、生き埋めにされるのではなかったか? 祐真が瞬く。
「梛、詳しいな」
「ちょっと前まで高校生だったからね」
「なるほど」
それで納得するのね、と苦笑し、梛は視線を天井に向けた。祐真も懐中電灯の明かりを天井に向ける。
「何も見えない」
「私の千里眼も過去視ではないんだよな……うん。うっすら色彩が見えるね。たぶん、このあたりはどこかの研究室が復元しているはずだから、後で兄さんに調べてもらおう」
梛ならば見える気もするが、復元したものを見た方がいいだろう。四方の壁には四神が書かれていたようだが、これも消えて見えなくなっている。
ちょん、と梛は壁に触れた。別にサイコメトリーはないが、何かわかるかな、と思ったのだ。それとも、文化財に触ったのはまずかっただろうか。
「……何か聞こえないか?」
突然祐真がそう言った。耳を澄ませるが、梛は首を左右に振る。
「いや……聞こえないけど」
祐真が眉を顰めるのが分かった。梛は自分が触れた壁の向こうを透視する。大きな石を一つ越えたあたりで、跳ね返ってきた。何が、と言われても困るが、跳ね返ってきた。膜がかかっているように見えたが、結界だったのだろうか。
「梛」
座り込んだ梛に駆け寄り、祐真が肩を抱いて立たせる。
「大丈夫か? いったん外に出よう」
「うん……」
目元をかばい、外に出る。明るい日差しに二人とも目を細めた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
梛は免許取りたての若葉マーク。香江はペーパードライバー。透一郎は条件付き免許所持。祐真は休日に運転する程度。




