あなたを愛している・4月【2】
その梛は、本部内で捕まえた。術のお勉強中だったらしく、巫女装束だった。
「梛ちゃん可愛い」
「ありがとう」
にこっと笑って答えるあたり、透一郎の妹だなあと思う。この兄妹は本当に外見がそっくりなのだ。梛が男顔なのではなく、透一郎が女顔なのだと思う。
「梛、温泉に行かないかい?」
「兄さんと香江さんと? 馬に蹴られる趣味はないけど」
透一郎の誘い方も妙だが、梛の断り方もなかなかエッジが効いている。遠回しに「このばかっぷる」と言われているような気がしたが、気のせいだろうか。
「彩桜塚古墳に調査に行きたいんだ」
「そっちがメインなんだね? で、どういう事情で? 香江さんが絡んでるのは察するけど、キリキリ話してくれないと困る」
「……まあ、約束したからね……」
どうも、悪魔と上條兄弟の一件以来、水無瀬兄妹の力関係は妹の方に軍配が上がることが多いらしい。透一郎も梛も、お互いがお互いに対して、重要なことを話さない、と思っているので、梛も透一郎から事情を聞きだそうとしているのだ。
「香江が夢を見るそうだ。古代装束を着たような女性が、「助けて」と訴えているらしい」
「それが、彩桜塚古墳と関係あると言うこと? 縁がつながってるなら、切ってあげるけど」
依織と同じこと言う。やはり、みんなその結論に至るようだ。香江は反論しようと口を開くが、その前に透一郎が口を開いた。
「被害者が香江だけとは限らない。何か問題が起こる前に、原因を追究してしまいたい。梛なら、現場に行けば何か見えるんじゃないかと思うんだけど」
「ふうん?」
梛は小首をかしげた。すっと目が細められる。どこか優し気な目元の透一郎に比べ、梛は少女ながらきりっとした目元をしている。というか、その真剣な表情が彼女の兄とそっくりだ。
「兄さんにしては甘い理由だね。確かに、不都合があったなら事前に処理するほうがいいけれど、兄さんと香江さん自身が行く必要はないよね。特に、香江さんは身を守るすべがないはずだ」
「な、梛ちゃん」
香江がシビアなことを言いだす梛に声をかけるが、透一郎が香江を手で制した。
「梛の言う通りだ。これは私たちのわがままにすぎない。でも、当事者である香江を蚊帳の外に置くことはできない。本人が望んでいるからね。それに、話を聞いた以上、私も放っておくことはできない。もちろん、私と香江の二人ではどうしようもない。だから君を何としても説得して、同行してもらわなければならない」
「なるほど」
納得したかに見えた梛であるが、そうは問屋が卸さない。簡単に説得されるような娘なら、十八年も透一郎の妹をやっていない。
「消去法に思えるのだけど。無理やりできない理由をつけた結果ではない?」
「……手厳しいね」
「兄さんが師範だからね」
にっこり笑った顔が同じである。香江ははらはらしながら、口をはさむべきか迷う。
「梛、頼む」
「……」
梛は頭を下げた兄を見て、ゆっくりと紅茶を飲んだ。
「……この場合、兄さんは戦力とみなすが、何かあった場合、香江さんを守り切れる自信がない。それに、晴季はどうするの? 私も兄さんも調査に行ったら、ひとりになってしまう」
「連れて行く」
「ちょっと待って兄さん。最初から議論をやり直そうか?」
「……透一郎。さすがに私もどうかと思うわ……」
言い出しっぺである香江だが、まだ九歳になったばかりの晴季を連れて行くのはどうかと思う。
「置いて行ったら、なんで置いて行ったのって言われるだろう? 反抗期かなぁ……」
年ごろの子供を持つ親のようなことを言いだして驚いた香江だが、正しくそうなのだろう。年齢的に、晴季は透一郎の子供でもおかしくはない。梛が先日まで高校生だったことを踏まえると、透一郎が晴季の親代わりなのだ。反抗期が透一郎に向かってもおかしくはない。
「それは違うでしょ。すねてるだけだよ。……でも、まあ、そうだね……年齢ほど子供ではないだろうね。私も十二歳の時には妖魔狩りに出てたし」
などというが、梛は恐らく、晴季の反抗期が自分に向かうのを恐れたのだと思う。
「でも、どちらにしろ、私だけでは対応しきれない。動ける手が少なすぎる。あと一人は欲しいところだね」
とりあえず、梛は説得できたらしかった。
「どうだ?」
透一郎に義手を装着した祐真が尋ねた。透一郎が右腕の動作を確認するように指を動かした。
「うん。問題ない。接続もうまくいっていると思う」
「ならいいが。どうしても、いつもの義手よりは強度が落ちているからな。無茶はしてくれるな。動作については同程度できるはずだが」
「まあ、もともと補助程度にしか使っていなかったから、大丈夫だよ」
そう言う問題なのだろうか、と香江などは思うが、ずっと片腕義手でやってきた当人が言うのだから、その辺は心配しなくてもいいだろう。
今回調査に出かけるにあたって、透一郎は義手を付け替えた。普段はかなり丈夫ないかにもメタリックです、という見た目の義手をつけているが、今回は少し精度や丈夫さは落ちるものの、人工皮膚を使った義手に付け替えた。それでも手袋はするようだが、泊りがけで出かけるとなれば、どこで手袋を外すかわからない。この国で義手は一般的ではないため、引かれる可能性がある。
「副島さんもできそうか」
「う、うん……」
祐真に尋ねられ、香江は自信なさげにうなずく。透一郎は笑って「私が手順を覚えているから、大丈夫だよ」と言った。ソファに座って眺めていた梛が苦笑する。
「腕がないのを見るのって、結構衝撃的だよね。私たちは慣れちゃったけど」
梛に図星を刺されてぎくりとした。入院しているときに義手が外されている状態で面会したことはあるが、今、実際に着脱されているところを見ると、また違った。
「ごめんなさい……」
うなだれる香江に透一郎が言った。
「いや、仕方がないと思うよ。慣れてくれたらうれしいけど、私もちょっと配慮が足りなかった。梛がけろっとしているからかな」
「そこで梛を出すのは卑怯だぞ、透一郎さん」
「祐真、君、私にあたりが強くない?」
ちょっと間の抜けた男性陣のやり取りに、香江は思わず笑った。晴季の宿題を見ていた梛も苦笑する。
「今のは兄さんが悪いよ。私を言い訳にしない」
「……そうだね」
透一郎が息を吐いた。香江は兄妹を見て困惑したが、道具を片付けた祐真がおっとりという。
「気にしなくていい。大体この二人はこんな感じだから」
「そ、そう?」
まあ、晴季も平然と宿題を続けているし、こんなものなのかもしれない。香江には姉しかいないからよくわからないが。
いい機会なので、透一郎の義手を見せてもらった。前に義眼を覗き込んだらキスされたことがある。今いるのは水無瀬家の居間なので、そんなことをしようものなら梛から叱声が飛んでくるだろう。梛はフェミニストなのかというほど女性に優しい。
「最近の義手ってすごいのね。本物みたい」
近くで見ればさすがにわかるが、離れて見ればわからないだろう。残念ながら、継ぎ目はわかるが、気にならない程度だ。
「最近のというか、祐真のいる研究所の試作品だね。本物とまではいかないけど、慣れればある程度の作業はできる」
ちなみに料理は難しいらしい。なので、すっかり料理は梛の担当だ。まあ、この家は家政婦を雇っているけど。
「慣れるまでが大変だったよね。体のバランスが取れなくて転びかけるわ、幻肢痛に悩まされるわ。私が声をかけたら怒鳴るわ」
遠い目をして梛が言った。透一郎がうっと言葉に詰まる。
「その節は申し訳なかった……」
「本当だね。気にしてないけど、忘れないから」
それは根に持っている、というのではないだろうか。
「今はもう大丈夫なの?」
「うん。義手にも義眼にも慣れたからね」
新しい義手なので、料理に挑戦しようとした透一郎だが、包丁でジャガイモではなく指を切りそうになり、背後で見ていた梛がしみじみと言った。
「やっぱり左利き用の包丁、買おうか」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
透一郎VS梛。




