あなたを愛している・4月【1】
二部開始。
急に香江の視点から始まります。
『助けて……助けてください……!』
古時代の衣装を着た女性が必死の形相でこちらに向かって叫んでいた。その声がだんだん遠くなり、意識が覚醒する。
「……また、この夢」
香江はここ数日、同じ夢を見続けていた。古代装束の女性が、助けを求めている夢だ。香江が応じようにも、彼女は夢の中で何もできない。
「……よし」
香江は携帯端末を取り上げると、通信アプリを開いた。
「ごめんなさい、呼び立てちゃって」
「いや、構わないよ」
急に呼び出された透一郎は、目を細めて微笑んだ。今は、なくなったはずの左目も見えている。義眼を入れているのだ。一応見えているらしいが、自前のもののようには機能しないらしい。
ここは透一郎の家にほど近いカフェだ。昼過ぎの微妙な時間だが、ちらほら客がいて、ちらちらとみている。透一郎を。何しろ顔がいいので。手袋をしているから義手であることはわからないし、杖をついていても格好いいのは変わらない。ちょっと主観が入っているのは認めるが。
「君から声をかけてくれるのは珍しいからね」
「……そうかしら」
どうにか平常心を保って答える。笑顔で優しく言われるだけでどきりとする。美形は得だ。
「それで、どうしたのかな。相談したいことって?」
「……うん」
香江は頼んだカフェオレを一口飲むと、口を開いた。
「最近、ずっと同じ夢を見るのよ。古代装束を着た女性が、『助けて』って叫んでいるの」
手を伸ばしても触れられない。返事もできない。ただ、訴えられていることを聞くだけ。透一郎が思慮深げに口を開いた。
「それは意味深だね。特に、香江が見ている夢、というのが」
「そうなのだけど……私は能力自体は強いけれど、魔術師ではないわ。だから干渉できないのかしら」
香江は強力な精神干渉魔法の持ち主である。特に夢の中への干渉を得意とするため、今回、その女性に逆干渉されているのだと思うのだが。そして、術師としての訓練も受けていないため、彼女に返事ができないのだ。
「コントロールの術を身につけただけだったっけ。でも、香江の『夢』の中は、君のフィールドだろう? どちらにしろ、干渉してくるのなら強力な力の持ち主になる。穏やかじゃないね」
作用は違うが、香江の能力と透一郎の明鏡止水は似ている力だ。どちらも、『フィールド』が存在し、その中でならほぼ無敵だ。まあ、香江の力はそれほど攻撃力はなく、相手に任意の夢を見せたり、夢に干渉したりできるくらいだ。夢は深層心理に近いので、干渉には力がいる。結果、香江の能力が強い、ということになる。留学に出たときは、能力を封じられて留学地に飛んだ。
香江は、地元で力をコントロールするすべを学んだ。香江の能力は特殊だったので、能力が分かったころには、彼女は中学生だった。怪奇対応機密局の支部でその方法を学び、大学進学と同時に上京してきた。彼女の地元は地方にある。中央山脈を越えた反対側だ。
透一郎に初めて会ったのも大学だった。専攻は違ったが、同じ学部の同じ学科で、講義が重なることが多かった。たまたま席が隣になり、そこから交流が始まり、付き合うことになった。初めて会ったときも、彼をきれいな人だ、と思った。まだ十代だった彼は、男の人、というより、まだ少年が近かったように思う。元が女顔なのかもしれない。今、十八歳の梛がちょうどそのころの透一郎とよく似ている。
地元にはいないタイプの人間で、少し人見知りがある香江も、気さくな彼とはすぐ仲良くなれた。後から聞いたところによると、下心があったそうだが。透一郎も、香江のことが好きだったらしい。今から思うと恥ずかしい話だ。
「さすがに、それだけでは私にもわからない。香江が返事をできれば一番いいのだけど」
「ごめんなさい……」
「責めてるわけじゃないよ」
少し慌てた様子が珍しく、香江は微笑んだ。
「今からでも、魔術師修行、しようかしら……」
一流になれなくても、自分で対処できるくらいの技術は身につけておくべきかもしれない。今回、本気でそう思った。
「ああ……それはいいかもしれないね。自分である程度対処できると思うと、私も安心できる。今、梛が鋭意訓練中だから、よかったら一緒にやるといいよ」
「えっ、梛ちゃん、魔術師になるの?」
驚いて尋ねた。まあね、とその妹とよく似た男は笑う。
「梛の能力だと、神式になるけどね。今まで戦闘力に振り切って来たから、術を磨こうと言うことで。千里眼の助けにもなるし」
「あ、そう言うことなのね」
確かに、梛の能力は戦闘力に振り切っていた気がする。正確には、物理的戦闘力だが。彼女はかなり強いが、術も覚えてバランスを取ろう、ということなのだろう。
「香江の夢のことも、私だけではよくわからない。一度、怪異対応機密局本部へ来てくれないか」
「ああ、ええ。そうよね……」
そうなる気がしていた。透一郎は真面目に話を聞いてくれたが、さすがに香江からの情報だけで推察するには無理がありすぎる。怪奇対応機密局に行けば、調べられる人員がいくらでもいるのだ。
香江は能力が強いので、一応怪奇対応機密局に名前の登録はあるが、籍は置いていない。透一郎は香江を連れて『朧』の元へ向かった。正確にはもう少し細かく分けられるようだが、よくわからないので『朧』で統一しておく。
「古墳が見えるな」
香江の夢の中に介入した女性は、東海林依織と名乗った。陰陽師だそうだ。何度か顔を見たことがあるが、正統派美女……というか、モデルやタレントのような美人だ。
「これは方墳かな。公園になっているようだ。人がいる。近くには資料館があるようだが」
顔立ちの割に堅苦しい話し方の依織にそう言われて、香江は透一郎と顔を見合わせた。
「彩桜塚古墳かしら」
「私も今同じことを考えていたよ」
苦笑する透一郎に、依織が「知っている場所か?」と尋ねた。
「大学時代に実地調査に行ったことがある。私たちが二十歳前後のころだから、七年ほど前かな。近くに古墳時代をモチーフにしたホテルがあるはずだよ」
香江の記憶も相違ない。専攻は違ったが、結構大学の初期段階での研修旅行で行った気がする。
「もう少し詳しく調べないと確定できないが、そこの可能性が高いな。訪れたことがあるのなら、何らかの『縁』ができている可能性がある。おそらく、梛に言えば切ってもらえるが」
「ああ……だろうね」
依織の言葉に、透一郎は再び苦笑。梛に言えば何とかなるのはわかったが、香江にも異論がある。
「あの、でも、私は原因を探ってみたいわ。だって、『助けて』と言われているのですもの」
透一郎と依織の視線が香江に向かった。口を開いたのは依織だった。
「情報が少なすぎて、何が起こるかわからない。副島さんが行くのは危険だと思うが」
香江には身を守るすべがない。依織が言うように、彼女が行っても危険なだけかもしれない。
「でも……行きたいわ。できるなら助けてあげたい」
「だとしても、香江。すでに死んだ人のことだよ」
「でも、助けを呼んでいるのは今だわ」
たしなめた透一郎を、香江はじっと見つめる。彼を説得できれば、行くことができる。
「それに、私だけに起こっている現象じゃないかもしれない。ほかの人もこの声を聞いているのなら、誰かが解決しないと安眠できないわ」
「……」
透一郎の顔がこわばった。ちょっとずるをしている自覚はある。よりを戻してから、透一郎は香江に引け目を感じていることはわかっていた。別に気にしなくてもいいのにな、と思いつつ、今回はそれを利用している。
「……わかった。私と香江で行ってみようか」
折れた透一郎に、依織がため息をついた。
「ちょろくないか、透一郎さん」
「とりあえず、梛に罵られてくるよ……」
まあ、今の梛なら「馬鹿なの?」くらいは言いそうだ。依織はちょっと眉を顰める。
「……せめて梛を説得して連れて行くべきだと思う」
その通りだ。香江一人では、まだ足の悪い透一郎を連れ歩くこともままならない。透一郎は苦笑し、「頑張るよ」と答えた。
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