番外編【5】
「友達と旅行も初めてだし、お泊りも初めてです」
にこにこと律子がそんなことを言うので、明日香が律子に抱き着いた。ところ変わって宿泊するホテルである。旅行の夜とくれば夜更かしである。梛はいつもなら妖魔退治に出かけているくらいの時間だ。携帯端末には続々と妖魔情報が入ってきているが。
「明日は動物園だね。今日のクルーズ船の夕食、食べ逃したの痛かったなぁ!」
一つのベッドに集まって座り、明日の予定を確認する。明日香が残念そうに言うので、「また今度行こうか」と梛は提案した。律子もうなずく。
「そうですね。女の子一人助けられたと思えば、そんなに残念じゃないですよ」
「律子……前向きになったわね……」
明日香が律子に向かって言った。確かに、以前はあれほどネガティブ発言を繰り返していたというのに。律子が照れたように笑う。
「明日香ちゃんと梛ちゃんが友達になってくれたおかげです」
「ええ……どうしよう可愛い」
明日香が真面目な顔でそんなことを言うので、梛は苦笑を浮かべた。
「可愛いからストーカーに会わないかと弘暉さんが心配してたね」
「お兄ちゃん、心配性で……」
律子はそう言って肩をすくめたが、たぶん、梛という身近な娘が被害にあったからだ。実の妹を心配しても不思議はない。
「とりあえず、明日ね。ふれあい広場にはいきたいな」
「動物に触れるんですよね。犬くらいしか触ったことありませんけど……」
「馬車。馬車に乗ってみたい!」
「私は馬に乗ってみたいな」
「梛ちゃん、普通に乗馬できそうですね」
「残念ながらできないね。母さんはできたらしいけど」
「乗馬かぁ……ポニーならいける?」
こうして旅行の予定を立てるのは楽しい。律子は初めてだ、と言ったが、梛も初めてだ。そう思うにつき、本当に余裕がなかったのだな、と思う。
結局、寝たのは深夜を回ってからだった。
朝、最初に目覚めたのは梛だった。鳴り響くアラームを止めて、ベッドの上で一時停止。額に手を当てて眠気をこらえる。しばらくしてからベッドを降りてカーテンを開ける。
「まぶしい~」
「朝だよ」
窓側で寝ていた明日香が身じろぎした。律子はピクリともしないので逆に心配になる。個性が出ていて梛は笑った。ひとまず起こしたので、先に自分の身支度を整えることにした。
「眠いー」
「昨日遅かったからね」
梛と入れ替わりで洗面所に入った明日香は、半分目が閉じていた。まあ、顔を洗えば目を覚ますだろう。たぶん。とにかく、律子を起こさねば。
「律子ちゃん、朝」
何度か肩を揺さぶると、律子と目が合った。かっと目が見開かれ、飛び起きる。
「あ、あれ?」
「おはよう」
「おはようございます……?」
きょとんとしながらも律子が目を覚ましたので、梛はそばを離れる。明日香も身支度を終えて洗面所から出てきた。
「あ、律子おはよう」
「おはようございます……」
明日香と入れ替わって律子が洗面所に入った。梛は何気なくテレビをつける。
「今日も平和だねぇ」
動物園で赤ちゃんが生まれた、などのニュースを見ながら、明日香が言った。梛も「そうだね」とうなずく。平和なのはいいことだ。
「四月からさぁ。あたしらも妖魔退治に駆り出されるのよね」
唐突に明日香が言ったので、梛は彼女を振り返る。梛は一定の実力があった十三のころからたまに夜勤に出かけているが、明日香たちはそうではない。通常、十八歳以下にはめったに回ってこないのだ。梛や涼介は駆り出されているけど。
「まあ、うちは慢性的に人手不足だからね……」
「それ、事務の重倉さんにも言われた」
あのおっさんは相変わらずの物言いをするらしい。梛は苦笑した。
「嫌なら拒否もできるよ」
「わかってるけど……ほら、たまに、梛が怪我して学校に来るじゃん」
「うん?」
そんなこともあったな、と思う。特に、中学校の後半から高校入学までがひどかったと思う。
「そう言うの見ると……あたしでも、任務に出れば梛の負担がちょっとでも減るんじゃないかな、って……」
もちろん、頭数が増えるのだから、当然だ。梛は何度か目をしばたたかせ、言った。
「今、猛烈に明日香を抱きしめたいんだけど」
「え、何よ?」
「いや、明日香と友達でよかったなって話だよ。で、抱きしめていい?」
「……別にいいけど」
明日香に許可をもらったので、遠慮なく抱きしめる。いろいろな思惑があって引き合わされた二人だが、友達になれてよかったな、と思う。洗面所から出てきた律子がぎょっとする。
「え、どうしたんですか?」
「律子ぉ。梛が変」
「梛ちゃんがちょっと変なのはいつものことだと思いますけど……」
「律子ちゃん、弘暉さんに似てきたね……」
律子の異母兄にも同じことを言われたことがある。梛は明日香から放れると、「とりあえず、朝ごはん食べに行こう」と言った。さすがにお腹がすいてきていた。
動物園は楽しかった。特に動物と触れ合うことができる動物園だったので、晴季を連れてきてもいいな、と思った。そう考えるあたり、思考が十八歳ではないが。ポニーにも乗った。三人とも体幹がしっかりしているので、大きい馬でも乗れそうだね、と言われたが、今度の機会にとっておく。
「実は、イルカにも触ってみたいです……」
律子がそう主張するので、「じゃあ次は海の近くだね」と梛は笑った。イルカと、まだクルーズ船ディナーのミッションも残っている。クルーズ船は梛も普通に乗りたかった。
「次。次かぁ。四月に入ったら、忙しいだろうなぁ」
「たぶんね」
大学の授業が、というより、『陽炎』のほうに翻弄されそうだ。梛はすでに四月の遠征討伐が決まっている。地区支部では対応できない相手に、本部から人員を貸し出すことがままあるのだ。梛はこれまで行ったことがなかったが、大学生になる今、避けて通れない。慢性的に人手不足なので、わがままは言えないと思っている。
「学部、あたしだけ違うんだよなぁ」
「明日香ちゃん、教育学部ですもんね。何の免許を取るんですか?」
「高校かなぁ。理科を、とは思ってるけど」
「私の姉も教育学部ですよ。国語教師になるらしいですが」
律子の姉は双葉の方だ。律子も弘暉も理系だが、双葉は文系だった。
「梛と律子は理学部でしょ? 聞くだけで頭よさそう……」
この頃では女性の理系も増えてきているが、それでも比率は七対三と言ったところか。これでも多い方だ。
「頭いいかはわからないですね。お兄ちゃんは頭いいですけど」
「そうだね。私の兄は考古学者だけど、頭はいいね」
「律子も梛もブラコンがぶれないね……」
明日香が呆れたように言った。律子は首をかしげる。
「私、ブラコンなんでしょうか……」
「弘暉さんは間違いなくシスコンだけどね」
梛は自分がブラコンであることは否定できないので、何も言わなかった。明日香が伸びをする。
「いいなあ。私も兄とか姉とかほしい」
「別にいいことないですよ?」
「そうだよね。大事なことは言わないし、何でも自分一人で完結しようとするし、挙句にお前のためだ、とか言い出すからね」
「その気持ち、すっごくわかります……!」
梛の言葉に律子が同意した。妹同盟であるが、彼女らは兄たちに同じようなことを思われていることを知らない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もはやブラコンシスコンしかいないのでは。




