番外編【4】
無事に大学受験を乗り越え、合格を果たした梛は、明日香、律子とともに卒業旅行に来ていた。まあ、ちょっとしたお出かけである。西洋風の街並みのテーマパークに来ていた。現在は貸衣裳で探索中である。
「あたしらって和装はするけどさ、実はドレスとかってあんまり着る機会ないよね」
と言って貸衣裳の店に飛び込んだのは明日香だ。律子も興味があったようなので、梛も一緒について行った。一人だけ仮装していると浮くから、と三人で中世風のドレスを着た。背の高い梛が着られる貸衣装はあるのか、と思ったが、あった。種類は少なかったけど。
「というか、よく考えれば、明日香ちゃんはドレスを着る機会はあるのでは……?」
白い日傘を持った律子が首を傾げた。日傘は、写真を撮るときだけ開かれた。後は持っているだけだ。白いフリルの少女趣味な日傘である。弘暉が好きそう。
「まあ、他の人よりはあるかもだけど、こういう、いかにも貴族! って感じのは着ないじゃない?」
「着たいなら止めはしないけど、二度見は必然だろうね」
梛が落ち着いて明日香にそう返した。明日香は正真正銘のお嬢様だ。梛や律子よりは、こういう格好をしなければならないフォーマルな場に出る機会がある。
「というか、梛もでしょ。透一郎さんに連れていかれないの?」
明日香に聞き返された。透一郎は某医療器具メーカーの社長ではあるし、もっと言えば、怪異対応機密局のお偉いさんでもある。だから、透一郎自身はそう言った場に赴くだろうが。
「基本的に、私は関係ないからね。護衛に連れていかれたことはあるけど」
透一郎は、妹を連れまわすような人ではない。まあ、少し前の兄妹の関係を考えれば、気軽にパーティーなどに誘えなかっただろう。
「今なら、私を連れて行くよりも香江さんを連れて行けってところだね」
「ああ、うん……そうね」
明日香が複雑そうにうなずいた。まあ、初恋が透一郎らしいので仕方がないとも思う。なまじ香江のことも知っているので余計に複雑なのだろう。
「あ、えっと、二人とも、あそこに入りませんか!」
律子が空気を読んでホラーハウスを指さした。妖魔退治をしている彼女らがそんなところに入ってどうするのだ、と言う感じだが、梛も「いいね」と同意した。明日香と手をつないでホラーハウスに入る。
子供も入れるくらいのホラー具合なので、めちゃくちゃ怖いわけではない。作り物だとわかるが、前触れなく脅かされるのはさすがにびっくりする。今も右側の井戸から女性の幽霊が飛び出してきて、明日香が悲鳴を上げて梛にしがみついた。
「明日香、歩きにくい」
「梛ちゃんは全然驚きませんね……」
梛の左手にいる律子も、梛のドレスの袖をつまんでいる。女の子っぽくてかわいらしいなぁと思うが、梛にはできない芸当だ。そして現状、二人に引っ付かれている梛は身動きがとりづらかった。
「いや、びっくりはしてるよ。顔に出ないだけで」
「なんかそれ、前にも聞いたわね……」
明日香が梛を見上げながら言った。もはやポーカーフェイスが張り付いている梛は、驚いたくらいでは表情筋が動かないのだ。どうしようもないのだから仕方がない。
最後に幽霊と写真を撮り、ホラーハウスを出る頃には衣装の貸し出し時間の終わりが迫っていた。その足で貸衣装屋に戻り、自分の服に着替えた。
「もう少し着てたかったなぁ」
「買うのはどうでしょう……?」
「そうなると、冷静な自分がどこに着て行くのよ、って言う」
「なるほど」
明日香の言葉に、律子が笑って納得した。梛もなんとなく理解できるな、と思いながら二人の後について店を出る。少し歩いたところで、律子が梛のコートを引っ張った。
「あの子、どうしたんでしょうか」
「ん?」
つられるように梛と明日香も律子の視線をたどると、運河を模した川沿いのベンチに、小さな女の子がぽつんと座っている。黄昏時で、周囲に親らしき人がいない。三人は顔を見合わせたが、最初に声をかけたのは明日香だった。
「お嬢さん。一人? 誰かと待ち合わせかな」
迷子だとしても保護しなければならない。女の子と視線を合わせた明日香は、朗らかに尋ねた。女の子は何を言われたのかわからない、と言うように首を傾げた。
「誰と一緒にここに来たの? お父さん? お母さん?」
「……おばさん」
ぽつんと女の子が答えた。その時、梛は女の子の目を見ていた。明日香の隣にしゃがみこみ、女の子の目を覗き込む。
「梛?」
「この目は」
「動かないで」
梛は頭の後ろに鉄のようなものを押し付けられたのを感じた。銃だ。梛は両手をあげる。
「そこの彼女は離れなさい。お前は立って。ゆっくりよ」
声音から梛たちよりいくらか年かさの女性と見えた。千里眼を使えば背後も確認できるかもしれないが、そこまでの状況ではないだろう。梛は両手を上げたままゆっくりと立ち上がる。明日香はびっくりしたように固まっていた。
「離れて」
「う、うん」
梛に言われてはっとしたように明日香は動く。女の子は「おばさん」と梛に銃を突き付けている女性を見て声を上げた。
「お母さん、いた?」
「それがねえ、先に帰っちゃったみたい。おばさんと一緒に帰りましょ」
「ええ~。いっしょにはなび見るってやくそくしたのに!」
女の子がむくれる。梛がその『おばさん』に銃を向けられている、と言うのを理解できないのだ。
「あんたたち、こいつの命が惜しければ黙っているのね」
女は明日香と律子に脅しをかけるが、残念ながら、明日香はそれで黙るような娘ではない。
「ふざけないでよ! 二人とも解放しなさいよ!」
「うるさいわね! 撃つわよ!」
女が梛の頭を小突き、律子がびくっと震えた。明日香は強気だ。
「好きにしなさいよ!」
「この……!」
女が切れかけたとき、テーマパークのスタッフが二人駆け寄ってきた。
「何をしている!」
律子が「あの、えっと!」と慌てるのに対し、明日香が叫んだ。
「『何している』、じゃないわよ! そこは『どうなさいましたか、お客様』でしょうよ、この偽物!」
明日香がスタッフの一人を蹴倒した。梛に向いていた銃口が明日香に向かう。梛はその腕を跳ね上げた。空に向かって銃弾が放たれ、銃声が響いた。梛はそのまま女の腕をひねり上げて拘束する。スタッフ二人は明日香がのしていた。
「なんだ! どうした!」
「あー……」
本物のスタッフが駆けつけてきて、梛はこれは説教コースだな、と確信した。
「誘拐防いだのに……」
「まあ、あのスタッフさん、骨折れてましたし……」
テーマパークの管理事務所でこってり説教されてうなだれる明日香に、律子がなだめようと思ったのかそんなことを口にするが、フォローになってない。
一応、誘拐は本当だった。あの女の子の母親が目を離したすきに連れていかれたようだ。女の子は『おばさん』と女を呼んでいたが、前から面識があったため、ついて行ってしまったらしい。計画的犯行だった。
梛たちは成り行きで巻き込まれただけなので、後はお任せして説教を受けて解放された。本当は遊覧船で夕食のはずだったのだが、乗りそびれてしまった。
もう仕方ないからパーク内のレストランで晩御飯にしようということになった。パスタをフォークで巻き取りながら、律子がふと尋ねた。
「そういえば梛ちゃん、あの子の目を覗き込んでましたけど、何かあったんですか」
「ああ……魔眼だな、と思ったんだ」
「魔眼?」
首を傾げた律子に、明日香が「梛の目も魔眼だよね」とこそっと言った。梛は「そうだね」とうなずいた。
「魔眼と言うのは体質だからね。この頃はあまり見ないけれど、なくなったわけではないんだね。おそらく、千里眼の一種だと思うよ」
見ただけでわかる魔眼は、今となってはめったにない。梛も同系統の魔眼だったからわかったに過ぎなかった。
魔眼は時代が下るにつれ少なくなり、弱くなっている。梛の持つ千里眼・水鏡は、当代に残る魔眼の中でも、かなり強力な部類になるだろう。
「あの子はそのせいで連れ去られたのかな」
「おそらくね。私が目を覗き込んだら脅してきたわけだし」
しれっと言ってのける梛に、明日香は顔をしかめた。
「梛……あたしら、本当に怖かったんだからね。撃たれるんじゃないかって」
「私だって怖くなかったわけではないよ。でもまあ、あの女に至近距離で人を撃つ覚悟があるとも思えなかったけど」
だが、心配させてしまったのは事実だし、心配してくれるくらいには仲良くできているのだな、と思うと、梛は少しうれしかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
撃っていいのは、撃たれる覚悟があるやつだけだ。
梛は撃てる女。




