昨日の自分にさよならを【5】
梛ちゃん視点に戻りました。
ひとまず透一郎と祐真と合流した梛は、悪魔とその宿主たる友哉を目指して工業区をかけていた。足が悪く、走ることのできなかったはずの透一郎は、術で無理やり足を動かしていた。梛はちらりと背後を確認し、二人が問題なくついてきているのを見た。後から合流した癖に、梛が先行していた。
「二人でどうやって見つけるつもりだったの」
と梛はちょっと呆れた。この工業区にいるのは確かだが、見つけるのは難しかったのではないだろうか。透一郎は知覚系の能力を持っているが、梛ほど強力ではない。梛も全方位とはいかないが、この二人よりはましだ。
廃棄された工場の扉を蹴破った。夜の闇をかけるからか、夜目は利く方だが、一応電気をつけてみる。明かりがついた。
「こんなところに電気が来ているのか……?」
「いや、梛の魔力でしょ」
こんなところで天然を発揮する祐真に、透一郎がツッコミを入れた。電気をつけた梛は、透一郎の言う通りなので笑った。
「電気をつけたら逃げられないか?」
「私を待ってるんだろう? なら、逃げないさ」
梛は自信満々に言う。すでに彼女は、この工場の奥に友哉の姿を見つけている。梛は二人に笑いかけ、ぱっと駆け出す。
「祐真、追ってくれ! 離れるな!」
透一郎に追いつけない速度で走り出した梛を見て、透一郎は祐真に向かって叫んだ。ただ事ではないと察した祐真も梛を追ってくる。さすがにこの狭さでは祐真を振り切れない。
もとは機械室だったのだろう部屋の扉を蹴破る。ひい、と悲鳴を上げた男を、梛は容赦なく殴り飛ばした。壁にぶつかったその男を梛が掴み上げる。梛より一回りは大きい男だが、透一郎を担ぎ上げたことがある彼女である。先ほど透一郎にしたように胸倉をつかみ上げ、壁にたたきつける。秀麗、と言えるその顔がゆがんだ。
「梛!」
右手で刀を抜いた梛を見て、祐真が待ったをかける。男、もとい、上條友哉は、普段の落ち着きぶりをどこに置いてきたのかと言うほど恐怖に震えている。
一方、梛はと言うと、透一郎をぶん殴ったときよりも落ち着いて見えた。表面上は。無の表情のまま目が細められる。友哉の頬を刀の平たい部分が滑る。
「そんなにおびえるということは、自分が私に斬られてもおかしくはないことをしたという自覚があるんだな」
平坦な声は、逆に恐ろしい。
「私の家族を殺しておきながら、こうなる覚悟もなかったのか? 笑止! 忘れるわけがないだろう……!?」
「お、お前! 僕にこんなことをしてただですむと思っているのか!」
会話が成り立たない。この期に及んでそんな脅しをかけてくる友哉に、梛は一度彼の体を壁に打ち付ける。そんなに強い力ではなかったが、友哉は再び悲鳴を上げた。
「お前の方こそ、ただですむと思っているのか……? 私や兄さんにあんな思いをさせて!」
声を荒げているわけではない。しかし、心から怒りに任せた叫びは相手を震え上がらせるには十分だった。
「ぼ、僕を殺したら、お前は人殺しと後ろ指をさされるんだ!」
「もとより、覚悟の上だ」
刀を振りかぶる。見ているはずの祐真は何も言わなかった。代わりに。
「やめろ!」
追い付いてきた透一郎が叫んだ。振り返ると、ここまで急いできただろう透一郎は、祐真に支えられてやっと身を起こしていた。
「もういい。やめてくれ……! 殺さないでくれ」
悲痛な声で訴える透一郎に、梛は静かに言った。
「何故? この男は、私たちから家族を奪った」
「違う! 僕じゃない! 父だ! 父が……!」
「少なくとも、私の目の前で兄さんを斬ったのはお前だ」
見ていたのだ、と突きつける。少々記憶はあいまいだったが、覚えている。友哉が透一郎の腕を切り落としたのだ。その透一郎が「梛!」と声を上げる。その声が震えていて、梛は兄を振り返った。
「もういい……! やめてくれ! 私が間違っていた。復讐など、考えるべきではなかった……!」
訴える透一郎は泣いていた。彼を支えている祐真がさすがに驚いたように梛と透一郎を見比べている。
「やめてくれ、頼む……! 私はお前に、人を殺してほしくない」
刀を下げた。いつも飄々とした兄に泣かれては、そうするしかなかった。ただ、止められなければ本当に斬るつもりだった。刀を鞘に納めると、透一郎に歩み寄り、目の前に膝をついた。
「兄さんなら、そう言うんじゃないかと思った」
「ごめん……」
謝りながら透一郎が梛の肩に手をかける。透一郎の背を叩いていた祐真がちらりと梛の背後に視線を投げた。梛は透一郎から少し離れ、その姿勢から抜刀した。銃声が聞こえ、ほぼ同時に銃弾がはじかれた。梛は一気に間合いを詰めて、友哉の手から銃を叩き落すと、そのみぞおちに刀の柄を叩きこんだ。
「背を向けた女を撃つのか。見下げ果てたものだ。勝てると思ったのか」
「な、梛」
透一郎が冷淡に吐き捨てる梛に声をかける。梛は微笑む。
「大丈夫。殺してない。気絶させただけ」
男二人は何とも言えない表情になったが、祐真は友哉が本当に気絶しているのを確かめると、透一郎に肩を貸して立ち上がらせた。梛は目をすがめて足元の男を見る。
「悪魔が同化してる?」
「今はそうみたいだね」
透一郎にうなずきながら、梛は刀の鞘を腰のベルトに戻した。祐真も尋ねる。
「お前の力で悪魔と友哉さんを引き離せないのか?」
「理論的には可能だけど、宿主を殺さない保証はない」
私はそれでもいいけど、と梛は言ってのけるが、男性陣二人にそろって首を左右に振られたのでやめておく。
「私が出てきてから一時間くらいか。そろそろ討伐部隊が近くまで来ているだろうから、『朧』が来るまで待つか」
時計を確認し、梛はそう言った。梛が起きた時点で弘暉たちが準備していたので、そろそろ近くまで来ているだろう。それを聞いて、祐真が顔をしかめる。
「俺、弘暉に殴られそう……」
「そういえば、祐真さんも殴って来いって言われた」
「私を殴る前提だったんだね……」
苦笑する透一郎の頬はまだ腫れているが、後悔はしていない。
「それだけのことをした。ま、私も晴季を置いてきたから人のこと言えないけど」
おいていくなと言いながら、置いてきてしまった弟を思い出す。透一郎も「そうだね」と目を細める。
「私たちが帰らないと、晴季が一人になってしまうからね」
「連れて帰るって言って出てきたんだよなぁ」
今、後続待ちだけど。
キン、と音が聞こえた。実際に聞こえたわけではない。梛は足元の友哉を見る。透一郎が祐真を梛の方へ突き飛ばした。
「は!?」
「梛を頼む!」
祐真にぶつかられたたらを踏んだが、二人とも転ばずに済んだ。そして、最後に叫んだはずの透一郎の姿がなくなり、あたり一面夕日を照り返す塩湖になっている。
「……なんだ?」
「兄さんの明鏡止水の中だ」
梛を押し倒さないように自分が倒れこんだ祐真を引っ張り起こしながら梛は言った。梛が覚えているものとも若干違うが、この感覚は間違いない。
「透一郎さんの? こんな夕日……ああ、魔力が少ないからか」
「だろうね」
透一郎の自立型結界・明鏡止水はいわゆる自分に都合のいい亜空間を作り出すものである。任意のものに都合の良い状況を作り出すことができる。
そして、もう一つ特徴がある。これは水無瀬家に伝わる千里眼・水鏡が変質したものだ。見えないものの実体が現れる。先ほど亜空間と言ったが、正確には精神世界の方が近いのかもしれない。
つまり、何が言いたいかと言うと。
「来た」
友哉に憑いていた悪魔が、目に見える形で現れようとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
兄よりは冷静に見えるものの、妹だって怒っていないわけではない。
仇を討とうと妹を鍛えたけれど、兄はやっぱり妹が可愛い。
ということを書きたかった結果。




