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昨日の自分にさよならを【6】












 実体化した悪魔は人の形をしていた。影の濃い、西洋風の姿をしている。東洋人の友哉に憑いていても、宿主の姿に似せるわけではないらしい。

 明鏡止水の内部に現れても、悪魔は友哉と切り離されたわけではない。主従の契りを結んでいる以上、『つながり』がある。梛は理論上、それを斬れるはずだ。透一郎がここまでお膳立てしてくれたのだ。斬らないわけにはいかない。


「梛。この中なら友哉さんを傷つけずに悪魔を斬れるか?」


 いつもおっとりした祐真にしては強い口調で尋ねてきた。と言うか、さすがに戦いに出るときは彼もきりっとしている。

「斬れる。兄さんができるだけ上條さんと悪魔を引き離してくれているはずだし、ここで斬らなきゃ」

「あまり気負うな。俺たちがダメでも、弘暉たちが近くまで来ているんだろう」

「……そうだね」

 梛と祐真は刀を構える。正眼に構える梛と、切っ先を前に向けて上段に構える祐真である。同時に地を蹴った。波紋が広がるので、水の上を走っているのは確かのようである。

 梛の上からの一撃は防がれる。まともに受けられたら怪我をするのは梛の方なので、寸前で軌道をそらして刃を滑らせる。足を大きく開いてバランスを取った。祐真の刀が横薙ぎに払われるが、触手化した腕を片方斬っただけだった。これはすぐに元に戻る。

「基本的な性能は変わらないのか」

 梛が夕刻に戦った時の話である。腕二本分の触手と、強い念動力。防御力も持ち合わせているが、梛にはあまり関係なかった。

 斬撃が飛んでくる。祐真は飛びのいてよけたし、梛は刀で斬った。魔法攻撃も場合によっては斬れる梛の、いわば賭けだったがどうやらこれも斬れるようだ。


「梛! 出すぎるな!」

「出ないと斬れないでしょう!」


 祐真に言い返しながら、連続して繰り出される魔法攻撃を避け、よけきれないものは斬る。それでも、いくらか攻撃を食らった。

 梛と祐真の二人がかりでこれである。千里眼・水鏡の使い過ぎで視神経が悲鳴を上げている。


 千里眼……奪う……。


「梛っ!」


 脳内に声が響くのと、祐真が叫ぶのは同時だった。目の前に攻撃が来る。奪う、と聞こえたのに目をつぶす気だ。鋭い鎌のような腕が目の前まで来ている。その腕、変形するの。

 反射的に顔を引いて刀を切り上げる。間一髪で直撃は避けたが、態勢は崩した。そのまま一旦倒れこもうと覚悟したが、その前に祐真が滑り込んできた。左手で梛を抱え、右手で突きを繰り出す。

「梛っ! 頼むから……!」

「ごめん、ありがとう」

 祐真の腕から離れて刀を構えなおす。祐真も隣で構えを取った。梛をかばっていた祐真の消耗が激しい。梛も、もともと痛めていた左腕が痛い。動くが、これは折れているかもしれない。

「梛、行けるか?」

「何とか。祐真さんは?」

「……動きを止めるくらいなら」

 祐真の予備動作なしからの攻撃も精彩を欠いている。梛も、自分の動きが遅くなってきていることに気づいていた。次が正真正銘の最後の攻撃になりそうだ。無理をすれば戦い続けられなくはないが、それは死を覚悟した場合だ。梛も祐真も、職業柄いつ死ぬかわからないし、覚悟もしている。だが、今はその時ではない。梛も、透一郎を連れて戻る、と言って出てきたのだ。弘暉も依織も背中を押してくれたが、心配していないわけではないだろう。

 透一郎の明鏡止水も、そろそろ限界が来そうだ。夕刻だった時間は、すでに夜の闇に近づいている。


 先に動いたのは祐真だ。前触れのない動きに梛もすぐに対応する。祐真は悪魔の攻撃を避けずに突っ込み切りつけた後、勢いのまま悪魔を刺した。その背後から梛が迫る。梛が両手で持った刀で斜め下から斬り上げる。その刃は祐真も巻き込んだ。

 だが、梛の刀は確実に悪魔を切り裂いた。もがく悪魔が梛の首に手を伸ばして締め上げたが、梛が倒れる前に悪魔が甲高い悲鳴を上げて消滅した。梛はその場に倒れこむ。明鏡止水も解除されたようだ。

「……っ!」

 梛は何とか肘をついて上体を起こした。左腕はもう動かない。視線を動かして、近くに倒れている祐真を見た。

「ゆ、うまさん……」

 こちらからは見えないが、血を吐いているかもしれない。内臓を痛めているように見えた。梛も肋骨がきしんでいる。何本か折れているだろう。


 祐真の向こうに、透一郎の姿も見える。魔力切れでこちらも倒れている。梛とて気を失いそうなほど苦しいが、とにかく討伐部隊に連絡を入れなければ。

「いた! 大丈夫か!?」

 誰かが駆け込んできた。めったに荒げられない声なので一瞬判別できなかったが、依織だ。いつでもテンションが一定の依織が、慌てていた。彼女が来たということは、討伐部隊が到着したのだろう。


 そう察して、梛は安心して気を失った。

















 体感にして一瞬だったが、梛は目を覚ました。頭がぐらつく。


「起きたか」


 覗き込んできたのは依織だ。なんだか、梛の病室によくいる気がする。よかった、と表情のテンションも常に一定な依織が微笑む。

「起き上がるなよ。めまいがするだろう。千里眼の使い過ぎだ」

「なるほど……」

 梛はつぶやいて目を閉じた。が、すぐに開く。

「兄さんと祐真さんは?」

「二人とも、まだ目が覚めていない。透一郎さんは魔力切れだから、目が覚めてもしばらく動けないかもしれないな。瀬名さんは出血が多かったが、まあ、丈夫だから大丈夫だろう」

 なぜ祐真だけ適当なんだ。まあ、梛も大丈夫だと思っているけど。

「正直、お前が最初に目覚めて驚いた。あれから一日しかたっていないんだぞ」

「そうなの……」

「ちなみに、お前も左腕と肋骨が三本折れているからな」

「そうか……」

 梛の場合は千里眼の使い過ぎの方が重傷のようだ。これまでになく千里眼を使ったので、仕方がない。視神経が焼き切れなかったので良しとしよう。

「と言うわけで、もう一日安静にして置け。ちなみに、上條友哉は捕まって国際魔法連盟で裁かれるそうだ」

「許可してくれるなら、ぶん殴りにいきたい……」

「もう殴っているのではないか?」

 不思議そうに依織が首を傾げた。殴ってはいない。刀の柄は叩きこんだけど。

「……悪魔は?」

「完全に消滅してる。お前と透一郎さんの能力を食らったんだ。いくら何でもとどまれまい」

「それはよかった……」

 死ぬかと思った甲斐があったというものだ。あの悪魔のせいで、両親と彰次は亡くなり、透一郎は右腕と左目を失ったのだ。仇を討てたと思っておこう。


「うん。よく頑張ったな」


 依織は優しい口調でそう言い、梛の額を軽くたたいた。だめだ。眠い。眠気に逆らえず、梛は目を閉じた。













 夢を見た。父と母が笑っていた。次兄の彰次が大きく手を振っている。周囲は暗くて三人だけがぽっかりと浮かんで見えた。

「ごめん! 仇、討てなかった!」

 思わず叫んだ。いいのよ、と言う声は、母・桐花の声だった。

 透一郎を止めてくれてありがとう。そう言ったのは、父の声のようだった。

 最後に、次兄の彰次が、幸せになれよ! と叫んだ気がした。五年前で時が停まっている彼は、今の梛と同じ年頃に見えた。

 彼らは梛の記憶の中の彼らだ。それでもきっと、本物の彼らも同じようなことを言うのだろうと思った。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『明鏡止水』は透一郎の固有能力。「Fa〇e」とかの固有結界が能力的に近いと思われる。『千里眼・水鏡』が変異したもの。


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