昨日の自分にさよならを【3】
唐突な透一郎兄さん視点。梛の見えない部分から事態を説明してくれます。
時は、透一郎が入院していたころにさかのぼる。知り合いの多い彼の病室は、個室であることもあり、見舞客が多いが、それでも日中は誰もいないことの方が多い。仕事や学校などがあるからだ。晴季は夏休みだが、八歳の小学生が一人で病院を訪ねてくることはまずなかった。
病室にノックがあり、透一郎はパソコンを眺めながら「どうぞ」と反射的に返事をする。入ってきたのは、懐かしい人物だった。
「やあ直哉。久しぶり」
「……うん。透一郎は、変わらず男前だね」
「ありがとう」
どこか気の弱そうな雰囲気を漂わせたその男性は、透一郎の大学時代の友人だった。上條直哉と言い、上條友哉の兄にあたる。優し気な風貌にたがわぬ、気の優しい男だった。
「あ、これ、お見舞い。和菓子なんだけど」
「ああ、『野中屋』のやつだね。梛が好きなんだ」
「一応、お前宛なんだけど」
直哉が苦笑してベッドサイドの丸椅子に腰かけた。『野中屋』の和菓子詰め合わせはありがたく頂戴する。梛が喜んで食べてくれるだろう。
「この前、久々に梛ちゃんを見たよ。お前にそっくりでびっくりした」
「ああ……そうだろうね」
直哉に最後に会ったのはいつだろう。透一郎が片目と片腕を失ってから、そんなに会うことはなかった気がする。直哉が覚えている梛は、まだ幼さを残した少女だっただろう。
「……透一郎」
「なんだい?」
「お前は、俺を友達だと言ってくれるし、俺もそうありたいと思う。だから、言わなきゃならないと思って、ここに来た」
透一郎が一人になる、この病室。不謹慎だが、二人きりで話すには都合がよい。
「お前、気づいてるんだよな。お前のご両親と、彰次君を殺したのが、俺の父と弟だってこと」
いきなり確信に踏み込んできた直哉に、透一郎は思わず目を細めた。
「知ってる。たぶん、梛も気づいているだろうね」
透一郎は梛に何も言っていない。しかし、もともと頭の良い子だ。兄が何を隠しているかなど、とっくに調べがついているだろう。透一郎には透一郎の人脈があるように、梛には梛の人脈がある。
「君の父上は、私たちの母に好意を寄せていたようだからね。そこを、悪魔に魅入られてしまったんだろうね」
悪魔は負の感情に引かれて取引を持ち掛ける。力を与える代わりに、依り代の魂を喰うのだ。魂を喰われれば、生まれ変わることができない。と言われている。
直哉の父・康孝は、透一郎の父・政義の友人である。彼らと同じく、大学の同級生だと聞いた。透一郎の母の桐花は大学の後輩にあたる。二人は、同じ人を好きになった。
「……父は、桐花さんが政義さんを選んだのは、『千里眼』のせいだと思い込むようになったんだ。弟は、そんな父をあおっていた。今から考えれば、二人とも悪魔の影響を受けていたのだと思う……」
同じく会社を経営していて、政府系にもかかわりがある。なのに、上條家よりも水無瀬家の方が一歩先を行っているような気がして、腹立たしくなった。
「お前たちを消してしまえばいいと、弟が言ったのだと思う」
そうだろうな、と透一郎も思う。康孝は思い込みが激しいところはあるが、実際に人を殺そうと思わないだろう。殺さずに、何とかする方法を考えるだろう。だが、友哉は違う。上にいるものを斬ってしまえば、そこにあるものが落ちてくる。そう考えるタイプだ。透一郎は、友哉の考え方が自分と似ている、と思っていた。
「なんとなく気づいていたのに、俺は二人を止められなかった。今回もだ。俺は友哉を止められない……」
ごめん、と直哉はつぶやく。彼は、どれだけの覚悟を持って透一郎に会いに来たのだろう。加害者の家族だと、なじられるかもしれない。殴られても文句は言えないと思って、会いに来たのだろうか。透一郎に警告して、謝るために。それは彼自身のせいではないのに。
わかっている。わかっていた。直哉と言う透一郎の友人は、そういう男だ。だから、透一郎は彼を友人だと思っている。
五年前、別荘を訪れていた水無瀬一家を、康孝と友哉は襲撃した。悪魔の力を借りなければ、腕の良い剣士と術者であった政義と桐花、彰次の三人を殺すことはできなかっただろう。主だって攻撃したのは友哉だ。透一郎の腕を切り落としたのも、事実上、彼になる。
あの時、康孝は桐花を殺すつもりはなかっただろう。直哉もそうだろう、とうなずいた。
「あの時、父を友哉が『桐花さんを水無瀬の家から解放する』とか言って説得していた……気がする。だから、桐花さんを亡くしてしまって、父はもう隠居状態だ」
おそらく、友哉はそれも狙っていた。父が退けば、会社の権利は友哉の手に落ちる。直哉には、残念ながら経営などの才能はなく、どちらかと言うと研究者的な気質を持っている。警察や怪奇対応機密局とのつながりも、そのまま友哉の手に渡った。
「……までは、あの子もよかったんだともう。けど、悪魔を養えなくなってきている」
水無瀬一家の半分を殺した後も、彼は悪魔をそばに置き続けた。契約した悪魔には魔力を供給する必要がある。必ずしも魔力である必要はないが、少なくとも養っていかねばならない。それが、できなくなってきている。
「だんだん、弟の指示に従わなくなってきている。今に、独自の行動を起こそうとする。友哉には悪魔を『あちら』に送り返す力はない。……俺にもできない」
悪魔を招喚したのは康孝であったし、直哉は術者である。友哉はたった一つ、術者としての腕前だけは兄に勝てなかった。その劣等感を、悪魔を従わせることで埋めていたのだろう。
急に直哉が立ち上がり、透一郎に向かって頭を下げた。
「頼む。あの悪魔を倒してくれ。お前の家族が殺されるのを黙っていた俺に、こんなことを言う資格はないのはわかってる。でも、俺には止められないんだ」
頼む、と直哉が深く頭を下げる。それを二・三秒見つめていた透一郎は、不意に言った。
「友哉は、『千里眼・水鏡』を奪うことをあきらめたわけじゃないのかな」
唐突の質問に、直哉は顔を上げた。質問内容を受け、直哉はゆっくりとうなずく。
「あきらめて、いないと思う。前に、妖魔が大量発生したことがあっただろう。あれも、友哉の仕業だ。これも止められなくて……とにかく、友哉はあれで、梛ちゃんが『千里眼』の持ち主である確証を得たと思う」
梛はめったに『千里眼・水鏡』を使用しない。だから、使わざるを得ないような状況を作り出したということだ。直哉は、使い魔を通して様子をうかがっていたらしい。術で、境界を一つずつつぶしながら。彼も何気によく働いている。
「ではきっと、友哉は友哉で、梛を狙ってくるだろうね」
透一郎の左目がえぐられたのは、彼が『千里眼・水鏡』の所有者だと思われたためだ。水無瀬家ではたいてい、一代に一人、所有者が現れるが、それが長子であるとは限らない。実際、第三子の梛が所有している。
「現れる場所がわかってる。君の願いをかなえられそうだね」
「……だが、梛ちゃんが」
本当に、直哉の中ではまだ梛は子供らしい少女のままなのだな、と思う。あの頃の梛と、今の梛では別人ほどの実力差がある。
「私が鍛えた。そう簡単に負けるような子じゃないよ。……それより、私も君に聞かなければならない」
「何?」
透一郎は真剣な表情でまっすぐに直哉を見た。
「場合によっては、君の弟を殺さなければならない」
むしろ、そのために透一郎は今まで生きてきたと言っても過言ではないほどだ。復讐のために、妹まで使って。梛は納得しているようだが、直哉と友哉が別の人間であるように、透一郎と梛も違う人間なのに。
直哉も、その優し気な面差しに真剣さを浮かべてうなずいた。
「構わない」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
よく見られる三角関係。
上條父は水無瀬母に執着していましたが、上條弟は水無瀬家の血筋に現れる千里眼に興味がありました。しかし、必ずしも長子が引き継ぐわけではないので、上條弟には誰が千里眼の持ち主わからず、一番可能性の高そうな長兄・透一郎と次兄・彰次を狙った、という裏話。実際は長女の梛が持っていますが。
という説明を書いていて、『進撃の〇人』の戦鎚の巨人を思い出しました。あれも最初、誰が持ってるのかわからなかった……。




