↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/156

昨日の自分にさよならを【2】













 梛の鋭い一閃は悪魔に触れなかった。梛は左足を大きく開き、バランスをとる。片手に刀を持ち換えて居合切りの要領で刀を振るう。悪魔から伸びた触手のようなものを斬った。

 梛の剣戟が悪魔を襲うが、のらりくらりと避けられる。これまでの傾向を見るに、自分が必ず勝てるとわかっている相手しか、この悪魔は食っていない。つまり今、逃げているということは、少なからず梛に負けるかもしれない、と本能が叫んでいるのだろう。


「梛!」


 透一郎の叫びに、梛はとっさに身をよじった。彼は援護攻撃をしたいようだが、手を出せずにいるようだ。千里眼・水鏡がフル稼働している。概念的な『遠い先』を見る眼であるが、動体視力の補助としても使える。何とか攻撃を先読みして避け、隙を見つけて攻撃する。ただ、これは梛の視界から外れてしまうと使えない方法でもある。

 悪魔は逃げることに徹しているのだろう。決定打が打てない。逃げ続ける相手を斬るのは難しい。

 おそらく、透一郎と晴季だけならこの悪魔は迷わず攻撃しただろう。そうならなくてよかったと思いながらも、攻撃が届かないことに焦れる。梛を通り越して彼らに攻撃されてはかなわない。透一郎も、今では単身で晴季をかばいながら戦えないだろう。


 ふと、思う。あの時、透一郎も今の梛のように思っていたのだろうか。後ろの二人を守らなければ。自分がやらなければ、兄弟がやられてしまう。


 このプレッシャーを、五年前の透一郎も経験していたのだろうか。そして彼は、片目と片腕を失いながら弟妹を守り切った。


 できるだろうか。梛に。


 できるかではない。しなければならない。そのために鍛えてきたのだから。


 悪魔は完全に逃げることを前提に動いている。とらえきれない。もう一人いれば討てるような気もしたが、あいにく梛一人だ。


 できる。やる!


 自分に言い聞かせ、たまに思い出したような攻撃をいなし、斬りかかる。何度か攻撃を食らったが、倒れるほどでは……いや、痛いが、耐える。

「梛! もういい! 引け!」

 見ている透一郎にも、悪魔が逃げ腰であることがわかっているようだ。だが、ここであえて引けば、逆に攻撃してくる気がする。つまり、それはできない相談だ。

 強烈な一撃をわきに食らう。肋骨がきしんだ。刀の切っ先が下がる。それでも引き下がれない。


「友哉!」


 唐突に声が響いた。聞いたことのある声だった。梛の後ろ、透一郎たちがいるあたりにもう一人いる。


「聞こえてるんだろう! やめろ! こいつを止めてくれ! お前は、梛ちゃんまで殺す気なのか……!」


 どこか悲痛な叫びをあざ笑うように、攻撃が梛の脇を抜け、透一郎や晴季の方へ向かった。

「兄さん、はる!」

「背を向けるな!」

 悪魔に背を向けた梛に向かって、透一郎が叫んだ。梛にとっては悪魔を打ち損じることより、兄と弟を失うことの方が怖かった。透一郎の隣に、彼と同じ年頃の男性がいる。

 常時発動状態の千里眼・水鏡が人影をとらえた。梛は方針を転換する。悪魔に向き直り、自分を狙っていた攻撃を斬った。触手は腕が変化したもので二本しかなく、梛が今斬ったのは斬撃のような攻撃だった。

 肉薄し、刀を振るう。流水をまとっていた。梛の背後から追い打ちをかけるように突き出された刀は金気をまとっている。金剋木のため、雷は打ち消されてしまうのだ。

 踏み込みが甘かったのか、単に力が足りなかったのか、梛の刀は悪魔を浅く傷つけただけだが、突きはかなり深く入った。だが、突きを入れた人物は態勢を崩した梛を見て彼女を抱えて後ろに下がる。一瞬意識を飛ばした彼女が目を開くと、悪魔は消えていた。

「大丈夫か」

「……祐真さん」

 梛を抱えているのは祐真だった。先ほどの突きも彼のものだ。もう一人、透一郎たちを狙った攻撃をいなしてくれたのは弘暉である。この二人が、近づいてくるのが『視えて』いた。どちらがどちらのフォローに入るかは賭けであったが、この場合では祐真が梛の援護をする可能性が高いと踏んだ。難しいのだ。水は弘暉の火を消してしまうし、木気に属す雷や風は祐真の金気が打ち消してしまう。弘暉が援護に入っていれば、梛の水気が弘暉の火気を打ち消していた。

 祐真から離れて納刀する。見れば羽織がちぎれていたし、袴も汚れている。いや、この格好で出てきた梛が悪いのだけど。

「兄さん、晴季」

 二人とも無事だった。晴季が泣き叫ぶのを、透一郎と弘暉が必死になだめている。その光景を目にし、梛は気を失った。


















 はっと梛は目を覚ました。勢いよく起き上がろうとし、めまいを起こして枕になついた。怪奇対応機密局本部の医務室だ。


「起きたか。しばらく安静にしておけよ」

「……依織ちゃん」


 依織がベッドサイドにいた。ナースコールをして、点滴を抜いてもらう。治癒術の使える依織だが、さすがに医療行為はできなかった。というか、やられたら怖い。

「私、どれくらい寝てた?」

「せいぜい二時間といったところだろう。体格の割に丈夫だな、お前は」

「うるさいよ……」

 梛は筋肉質だが、同じ戦闘がご職業の女性に比べればほっそりしている。兄たちも比較的細身なので血筋だろう。

 ゆっくりと起き上がり、体の状態を確認する。さすがに袴は着替えさせられていた。

「入るぞ」

 ノックをしてから入ってきたのは弘暉だった。と言うことは。

「兄さんと祐真さんは行った?」

「おう。俺に晴季を押し付けて行った」

「それはごめん。と言うか、置いていきやがったな……」

 ため息をつく。そんな気はしていた。透一郎は戦えなくなった自分の代わりに梛を鍛えたが、土壇場で彼女を置いていくような気はした。そう言う人だ、透一郎は。冷静なのに、冷酷になり切れない。

「『陽炎』の方でも討伐部隊を編制中だ。俺はそれとともに行く。お前はどうする?」

「先に行く」

「あほか!」

「一応言っておくと、お前、肋骨と左手首にひびが入っている。応急処置はしたが、短時間のうちにまた負荷をかけると折れるぞ」

 依織からも淡々と指摘されるが、梛はベッドを降りて着替えを探す。

「いい。あれを討つまでの間、持てばいい」

「お前な!」

 弘暉が梛の肩をつかむ。梛が男だったら胸倉をつかまれていた勢いだ。梛は弘暉の腕を払った。


「私だって、兄さんと祐真さんが先行していなければ討伐部隊と一緒に行った。けど、二人は先に行ったんだろう。なら、私は先に行く。私の兄のことだ。私が始末をつける」

「……お前、あいつが彰次(あきつぐ)たちを殺した悪魔だってわかってるのか?」

「わかっている。悪魔を使役していたのは上條さんだろう? 弟の方」


 兄の方は、悪魔に向かって『友哉』と叫んでいた彼だ。透一郎の大学時代の学友で、直哉と言う。梛も面識があった。

 理由はわからないが、友哉は梛の両親と次兄を手にかけた。学校で妖魔の襲撃を受けたとき、梛を見ていた烏は式だ。直哉のものだろう。だとしたら、害意はなかったのだと思う。直哉は、弟がしていることを止めたくて、梛の様子をうかがっていたのではないか。

「まあ、理由は後から聞く。討伐部隊を編成してるってことは、場所はわかってるんでしょ」

「上條直哉が教えてくれた。が、お前に教えると思うか?」

 弘暉が挑戦的に梛に向かって言うが、元来は気性の荒いところのある梛も負けていなかった。


「言うさ。私は私を置いて行った兄さんを殴って止めに行かなきゃならない。祐真さんまで巻き込んで、何考えてるんだってね」


 透一郎が戦うことは不可能ではない。祐真は彼をおいて行かないだろうし、上條友哉の元まではたどり着けるだろう。しかし、その先は不明だ。悪魔にやられてしまう可能性が高い。

「そうなれば、二人が悪魔に取り込まれてしまう。そうなったら、今より討つのが難しくなる。私と祐真さんの二人がいれば、弘暉さんたちがたどり着くまで持たせることはできる」

 もちろん、機会があれば討ってしまうが。好戦的な彼女の言葉に、依織が弘暉の肩を叩いた。

「梛の意見の方が合理的だと思われるが」

「私情を大いにはさんでるけどな。けど、お前は透一郎さんだけじゃなくて、彰次の妹でもあるんだよなぁ。止めても振り切っていくだろ」

 再びため息をついて弘暉が言った。次兄の彰次は破天荒な人で、祐真や弘暉の親友だった。大切な人を亡くして怒っているのは、梛だけではない。

「行ってこい。で、無事に帰ってくるんだぞ。晴季の面倒、見る気ねぇからな」

「了解」

「あと、祐真もぶん殴っておいてくれ」

 好きな女からの方が効くだろ、と言われ、梛は笑ってもう一度「了解」と答えた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


やらかした兄と婚約者と、それを追う梛です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。