静寂の前に【3】
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!
クラス全体で梛の扱いに苦労していると、見慣れた人がやってきた。
「すげぇ人だな」
「見物人が多い気がする……」
やってきたのは弘暉と依織のカップルだった。律子が「お兄ちゃん!」と駆け寄る。依織が「お兄ちゃん」と半笑いになった。弘暉はその頭を叩きながら律子に、「かわいいぞ」と言った。
「えへへ。こちらへどうぞ」
と、窓際の席に案内する。注文もとる。気の弱い妹の接客の様子に、弘暉はなんだか感慨深いようだ。
「いらっしゃい、弘暉さん、依織ちゃん」
やっとお姉様方から解放された梛が同僚たちに向かって言った。弘暉、「おう」と答えたはいいが。
「お前、その格好どうした」
「見ての通りだね」
どこからどう見ても執事である。律子が注文の品を持って戻ってくる。
「梛ちゃん、かっこいいでしょう」
律子が自分のことのように嬉しそうに言った。依織がうなずく。
「ああ、かっこいいな」
そう言いながら依織が携帯端末を向けて写真を撮った。梛は苦笑を浮かべる。
「依織ちゃん、せめて聞いてから写真撮ってよ」
「む、すまない。しかし、お前が本当に男だったら惚れているくらい男前だぞ」
「きりっとして言われてもね。彼氏さんが怖いし」
まじめな顔で言う依織に、梛はそう返した。事実、弘暉が梛をにらんでいる。
「かけらも怖いと思ってねぇだろ、お前」
「さて、どうかな」
はぐらかすような梛に、依織と律子は笑ったが、弘暉は舌打ちをした。
「しかし、やけに女性客が多いと思ったら、お前が目当てか……」
「目の保養と言うやつだな」
教室の外にはまだ列ができている。梛と律子は戻れ、と言われて給仕に戻って行く。弘暉と依織は紅茶とケーキを食べるとがんばれ、と言って出て行った。二人の母校でもあるから、見て回るのだろう。
梛、律子、明日香の三人は昼で交代だ。午後からは自由時間である。要するに、メイド二人を引き連れた執事が学校を回ることになるが。
「姉さん!」
「わっ! 晴季?」
抱き着いてきたのは晴季だった。結構な勢いで抱き着いてきたが、持ち前の体幹で耐えた。
「かっこいい、姉さん! 兄さんみたい!」
「ああ、ありがとう。兄さん、かっこいいってさ」
ゆっくりと現れた透一郎に梛は晴季を返しながら言った。ジャケットにスラックス、しかも義手を隠すのに手袋をした透一郎は、なるほど。梛の格好に似ていなくもない。
「あまり兄をからかうんじゃないよ。ところで、梛はどうしてそうなったのかな? よく似合ってはいるけど」
やっぱり聞かれた。それくらい、梛の男装が堂に入っているのだ。
「どうしてっていわれても、うち、執事メイド喫茶だから。ほら、メイドさん」
と、梛は明日香と律子を示す。二人ともメイドさんである。
「そこは梛もメイドになるところでは……?」
不思議そうに首をかしげたのは、今日も今日とて透一郎と晴季に同行していた祐真である。単純な疑問だろうに、なんとなく変態的な質問に聞こえるのは何故だろう。
「満場一致で私は執事だったんだよ。ご要望があれば着てもいいけど」
「可愛いとは思うが、俺の趣味ではない」
「なんでそれをここで言っちゃうかなぁ」
少なくともきりっとして言うことではない。とりあえず、祐真がメイド服をそれほど好まないことはわかった。確かに、どちらかと言うと弘暉の方が好きそう。
「これはのろけていらっしゃるのでは?」
「どう見ても美青年同士の会話ですが……」
明日香と律子である。梛の格好が限りなく執事なので、第三者から見れば律子の言うように見えているだろう。
「あ! 水無瀬! 水無瀬だよな!?」
聞き覚えのある声に梛が振り向いた。同じく『水無瀬』である透一郎もそちらを見て、人の波を縫って駆け寄ってきた男子生徒と目が合ったようだ。
「え、同じ顔!」
「兄だよ。どうしたの、里見君」
去年度の実習で同じチームだった里見だ。今年度はクラスが離れている。里見は梛と透一郎を見比べて言った。
「いや、兄妹だとしても限度があるだろ!」
「私が男装してるからだよ。で、用は何?」
無理やり話を聞こうと梛が問うと、里見は梛の腕をつかんだ。
「来てくれ! そして叩きのめしてくれ!」
「いや、さすがに意味が分からないのだけど」
そう言いながら腕を引かれていく。明日香が「待って!」と追ってくるのが分かった。
「梛、暴れすぎないように!」
「どういう意味!?」
兄の意味深な言葉に、梛は聞き返すが、すでにだいぶ離れていた。背が高いので、透一郎の顔は見えているけど。
連れていかれたのは武道場だった。今、魔術や剣術などのデモンストレーションやゲームをしているはずだ。そう言うクラブがあるので。中等部の生徒も文化祭に来るので、勧誘も兼ねていると聞いたことがある。里見もスタッフの一人なのだろう。珍しく袴姿である。
小気味よい竹刀の音が響き、見覚えのある高等部の生徒が一人のされていた。向かい合っているのはまだ中等部と思われる男子生徒である。
「剣術の模擬試合? あの子強いね」
「身体強化のみありの魔法剣術だ。あいつは深津利彦。式部の弟弟子君。剣術の天才ってもてはやされて思い上がってるクソガキ。ちょっと叩きのめしてやってくれ」
なんだそれは。天才なのは確かだろう。この年であれだけ動けるのだ。うらやましい限りである。しかし。
「何故私なんだ。式部君でもよくない?」
近くにいる涼介を見ると、彼は首を左右に振った。
「俺が勝っても、あいつは俺が自分より強いのを知ってるからな。あんまり効果ねぇんだよ」
それよりも、見ず知らずの侮っている相手に負けた方が効果的だろうと思う、と涼介は真剣な表情で言った。梛の両肩に手が置かれる。
「お前なら、あいつと同じくらいの背丈で、体格はむしろ華奢だ。その優男風の顔にやられりゃ、あいつだってちょっとは堪えるだろ」
「ええ……」
いろいろ引っかかるところはあるが、涼介や里見が言いたいことはわかった。涼介の肩越しに利彦が声を上げるのが見えた。
「ねえ。そろそろ涼介さんが相手してよ。みんな弱すぎ! 相手になんない」
挑発するような口調に、確かにこれはむかつくなあ、と思いながら梛は苦笑した。精神力に定評のある梛ではなく、明日香がキレた。律子は置いて行かれたようだが、明日香はついてきていた。
「何あれむかつくー! 梛、叩きのめしてきなよ。兄弟子の許可出てるんだからさ!」
「榊原の言う通りだ! 後生だから頼む!」
「……まあいいけどさ……」
「本当か!」
ぱっと涼介と里見が明るい顔になるが、梛としてはいいのだろうか、という思いがぬぐいきれない。手加減をすればいいのだろうが、それも後を引きそうだ。
「はい! こいつがお前の相手してくれるってさ!」
涼介が梛の手を無理やり上げさせる。もんもんとしながら梛は手袋とネクタイを外し、ベストを脱ぐ。襟元を緩め、袖はまくり上げてから竹刀を受け取る。竹刀も苦手だ。
「へえ。そんなひょろいのに僕の相手をしようっての? 怪我する前にやめた方がいいんじゃない?」
これ、こちらからも煽ってもいいのだろうか。梛はさわやかと定評のある笑みを浮かべた。
「ご忠告どうも。でも、怪我をさせるのは力量が足りていないからだよね」
利彦がムッとした表情になった。わかりやすい。実際、圧倒的な力量差があれば、相手は怪我をしないことが多い。まあ、その人が手加減がうまいか、などの条件もあるけど。
「そんな口を叩けるのも今のうちだ!」
「うわあ。すごいブーメラン」
利彦が正眼に構えるので、梛も同じように構えた。
「始め!」
審判の声が響き、先に動いたのは利彦だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
年の初めからメイド服がどうの、とか言ってる……。




