声なき声を聞いて【2】
明日香が道場を見てみたいというので、三人はそろって道場を覗きに行くことにした。弘暉と武宮父はそちらにいるらしかった。稽古の時間ではないが、自主練に来ている門下生が結構いるらしい。『陽炎』の隊員を多く輩出していることで有名な武宮剣術道場である。梛と明日香の顔を見てぴんと来るものも多かった。
「よう、梛。榊原もか」
剣道着に身を包み、竹刀を持った弘暉が三人に気づいて声をかけた。ちなみに、一番びくっとしたのは弘暉と律子の父・将だった。律子の存在が判明した際に、透一郎にいろいろやられたらしい。いろいろと。
「どうした、梛。道場破りか」
「普通に遊びに来たんだよ」
門下生たちに茶化され、梛は苦笑した。たぶん、現在の道場主・将までは勝てるが、梛では弘暉に勝てないだろう。
「……律子と友人なのだったな。二人とも、仲良くしてくれてありがとう」
「いえ。こちらがお世話になっているほどで」
「お前、親父には慇懃だな……」
「……逆に透一郎君と似ていて心臓に悪い」
狙ったわけではないが、将にはそう見えたらしい。笑顔で丁寧な言葉を吐くと、怖いと言われる梛はどうすればいいのだ。
「お父さん、お兄ちゃん、お邪魔してごめんなさい……その、見学していてもいいですか?」
「もちろんだ」
道場主が許可を出したので、三人は固まって見学する。明日香が試合形式の稽古を見ながら言った。
「ここは剣術道場だから、剣道とは違うのね」
「そうですね……どちらかというと、『剣術』なのだと思います」
私は剣道をしたことがないのでよくわかりませんが、と律子。うんうん、と明日香がうなずく。
「剣筋に勢いがあるわね。そういう流派なのかしら」
「おそらく……すみません。私は、あまり武宮の剣術になじめなくて」
「ああ、律子のってフェンシングっぽいものね」
明日香が納得したようにうなずいた。律子は小柄というほどではないが、華奢なので勢いのある剣術になじめなかったのだろう。それでも彼女は十分に強い。
「むしろ、梛ちゃんはうちで稽古をしたことはないんですか? お兄ちゃんと一緒に戦っていた時、かなり攻撃的だなって思ったんですが」
「ああ、次兄と一緒に稽古に入ったことはあるけど、私が十二歳とか、それくらいの時だから、私、あまり強くはなかったんだよね……」
「それ、あたしに対する嫌味?」
「本当のことだよ」
明日香が顔をしかめて言うが、今に比べれば断然に弱かった。今の半分の実力もなかったのではないだろうか。まあ、その年頃の少女にしては十分な腕だっただろうが。
「でも、確かに梛って攻撃パターンが多彩だよね。よく混乱しないものだわ」
年々増えていってる、と明日香は言うが、当然だ。年々増やしている。
「まあ、私は女である分、力が弱いからね。真正面から戦ったら、弘暉さんや祐真さんには及ばない。そのハンデをどう埋めるかと考えたときに、攻撃パターンを増やすことを考えたんだね」
もともと、梛は兄たちを支援する立場として剣術を学んでいた。だから、合わせるのが得意だし、能力を生かすために攻撃力の高い型も学んだ。この時点で、バリエーションはなかなか豊富だったと言える。
しかし、決定的だったのは、両親と次兄が亡くなり、長兄が戦えなくなったときだろう。彼女は、一人で戦うすべを身につけねばならなかった。攻撃力を優先すると隙ができる。隙のなさを志すと力で劣る。結局、攻撃方法の多さでカバーするしかなかっただけだ。
「……梛さ、絶対実技試験、一人で突破できたよね」
うんうんと律子が明日香の隣でうなずいている。二人が言うのは、二年生の終わりに受けた、魔法とVRを融合した実技試験のことだろう。梛は苦笑した。
「生身ならね。でも、出力制限がなされていたから、あの条件では無理」
「出力……制限……」
「そんなの初耳なんだけど」
「言ってないからね」
しれっとして言うと、明日香が怒鳴った。
「もう! そう言うところだけ! 透一郎さんとそっくり!!」
なんだかそんなようなセリフを前にも聞いた気がした。明日香の怒鳴り声に、門下生たちがこちらを向き、弘暉に頭を竹刀で小突かれていた。その弘暉が梛に声をかける。
「梛、よければ一つ手合わせしないか」
「……かまわないけど」
よいしょと立ち上がる。律子が気を利かせて双葉の道着を貸してくれた。ちなみに、律子の異母姉・双葉は、本日大学の補講に出かけているそうだ。そういえば、本部で会ったときにそんなことを言っていた……? 気がする。
「お前、相変わらず和装が似合うな」
着替えて正面に立った梛を見て、弘暉がそう言った。梛はしれっと答える。
「自覚はある」
「真顔で言うんじゃねぇよ」
礼を言うとか、照れるとかしろよ、と弘暉に突っ込まれる。
「なるほど。依織ちゃんは褒められると照れるんだ」
「大人をからかうんじゃねぇよ、この小娘。手加減しねぇぞ」
「手加減なんてしたら、胴と頭が泣き別れになるかもしれないね」
竹刀を正眼に構え、梛は息を整える。弘暉も「お前が言うとシャレにならん」と言いながら竹刀を構えた。竹刀でも、梛は対象を『斬る』ことができるし、弘暉も大けがを負わせることができるだろう。
「二人とも、準備はいいな……始め!」
将の合図に、先に動いたのは梛だった。弘暉は体格も単純な剣の腕も、梛より上だ。ためらっていては勝てない。本気で剣戟を繰り出した。大丈夫。弘暉ならよけるなり受けるなりするだろう。
上段からの斬り下ろしは難なく受けられた。まともにぶつかりあうと、梛の腕がだめになる。すぐさま引いて、真横に竹刀を振る。こちらは避けられ、逆に袈裟切りにされる。その竹刀を体を反転させてよけ、回転した勢いのまま竹刀を振った。跳ね上げられ、胴に打ち込まれそうになる。やむなくそれを竹刀で受けたが、腕がしびれた。勢いで吹っ飛ばされそうになり、足に力を籠める。弘暉のように跳ね返すことはできないので、流すように軌道をそらした。驚いた弘暉が後ろに下がる。梛は竹刀を肩の後ろまで引くと、高速の突きを繰り出した。弘暉は間一髪で突きの軌道をそらすと、梛の首に向かって竹刀を振りかぶった。
「そこまで!」
将の声が響く。梛が勢いの止まらなかった弘暉の竹刀の柄の部分をつかんで勢いを殺した。
「さすがにその勢いだと首の骨が折れる」
「……お前も目ぇ狙ってきただろ。……すまん、腕、大丈夫か?」
「大丈夫。強化魔法が間に合ったから」
けろりとして言う梛に苦笑し、弘暉はその頭を乱暴に撫でた。痛い。
「お、お前、梛ちゃんだぞ? もう少し気づかいを」
「したら俺が死ぬ……ひとまず顔は避けてただろ」
父に面倒くさそうに言い訳をする弘暉の横で、梛は律子に張り付かれた。
「すごい! 梛ちゃんすごいです! お兄ちゃん、すっごく強いんですよ!」
「負けちゃったけどねぇ」
でもすごい、とはしゃぐ律子の向こうで、明日香が「もはや人間やめてない?」と失礼なことを言っている。まだやめた覚えはない。
結局、明日香も律子も混じって手合わせをさせてもらった。梛は律子と初めて手合わせをしたが、突きの正確さと速さが半端なかった。たぶん、剣を扱う才能というだけなら、梛よりも上だろう。まあ、刀か細剣かの違いがあるけど。
「すっかりお邪魔しちゃった」
「いえ、楽しかったです」
明日香と律子がにこにこと話している。武宮家をお暇するために玄関先だった。また学校で、と手を振ったが、弘暉に呼び止められた。
「梛」
「うん?」
「お前、そんなに強くなって何をするつもりなんだ?」
「……」
すっと梛の表情が消えて、明日香が身を引いた。
「何故そんなことを聞く?」
思ったより平坦な声が出た。ドン引きしている明日香と、はらはらと兄と友人を見比べている律子。弘暉は「別に」と肩をすくめる。
「だが、透一郎さんのためだってんなら、やめておけよ。絶対喜ばないから」
「……もう手遅れだね。それに」
梛は弘暉の胸倉をつかんだ。梛! と明日香が驚きの声を上げる。
「その場にいるのに、戦えないという絶望を経験したことがあるか……? 手を出せば確実に足手まといになるとわかっていて、逃げるしかなかった自分を、私は許せない」
「兄から見れば、弟妹の行動として及第点だよ」
「それでも、私が自分を許せないのだから同じことだ」
突き放すように弘暉から手を放すと、彼は口角をゆがませて笑った。
「お前、怒り方が透一郎さんと一緒だよな。悪かったよ、煽って。明るいうちに気を付けて帰れよ」
「あ、はい。ありがとうございました。梛、行こう」
「うん」
明日香に引っ張られ、梛は武宮家を後にした。明日香は途中で電車に乗る必要があるので別れ、梛はそのまま徒歩で帰宅する。
と、不意に視線を感じて振り返る。隠れてこちらを見ているのが丸わかりだったが、害はないと判断して、そのままにしてしまった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
律子兄・弘暉さん。一応水無瀬兄妹を心配しています。




