声なき声を聞いて【1】
梛は明日香とともに律子の家を訪ねていた。剣術道場である武宮家は広い。
「あ、い、いらっしゃい」
律子の照れた顔が今日もかわいい。明日香も「律子、今日もかわいい~」と身もだえている。
「え、えっと。とりあえず、入ってください」
明日香の言葉を処理しきれず、とにかく中に入れることにしたらしい。お邪魔します、と家に入った。
「まあ、いらっしゃい! 律子と仲良くしてくれてありがとう」
にこにこと台所から声をかけたのは律子の義理の母にあたる若菜である。若菜は律子の実の母親ではなかった。後妻というわけでもなく、何となれば律子は、一夜の過ちの末にできた子であるらしい。律子の存在がばれて弘暉が父親をぶん殴ったのは、それほど前の話ではない。あの時は透一郎が仲裁に入ったからか、以降、親子そろって透一郎が怖いらしかった。
「お邪魔します!」
「はい、ゆっくりして行ってね。梛ちゃんはなんだか久しぶりねぇ。すっかりイケメンさんね。透一郎君にそっくり!」
夫と息子が透一郎を怖がっている反面、若菜は透一郎推しであった。
「よく言われます。お久しぶりです」
「後でお茶持って行くわね」
お母さん、とあわあわしている律子にかまわず、若菜はそう告げた。律子が明日香と梛の手を引っ張る。
「と、とにかく部屋に行きませんか!」
律子の部屋は普通の女の子の部屋だった。道場に隣接するとはいえ、今風の家なのでフローリングで、明るい色彩の家具でそろえられていた。
「女の子の部屋だ……」
明日香よ、どこに感動しているのだ。そういう明日香も、なかなかかわいらしい自室を持っている。
「えっと、お姉ちゃんが、女の子だから可愛いほうがいいよねって」
「ああ……」
思わず納得してしまった。律子の異母姉なら言いそう。明日香がこてんと首をかしげる。
「前から思ってたけど、梛って律子のお兄さんとかお姉さんと仲良い?」
律子も興味があるのかうかがうように梛を見た。
「ああ、うん。弘暉さんと、あと、婚約者の祐真さんね。私の兄の同級生なんだ」
「え? 透一郎さん……は、違いますもんね」
どう見ても透一郎は二十代半ばから後半なので、律子が戸惑ったように言った。彼女は知らないのだ。
「いや、私の二番目の兄だよ。もう亡くなってるけどね」
次兄・彰次は弘暉と祐真の友人だった。その流れで、梛も何度か武宮家にはお邪魔したことがあるが、ここ数年は疎遠になっていた。律子がこちらに移ってきたのが三年ほど前なので、その間は訪ねなかったことになる。
「あ……そうなんですね……」
「梛って年上の知り合い多いよね。『陽炎』にいるからってのもあるだろうけど」
まあそれは確実にある。基本的に『陽炎』では梛は年少の方に入る。
そこで若菜がお茶とお菓子を運んできた。一応娘に遠慮したのか、根掘り葉掘り聞かずに下がった。
「いいお母さんねぇ」
「いい人すぎて、私がいてもいいのかなって、思う……」
婚外子であることの引け目だろう。律子を引き取って実の子供と分け隔てなく育てている若菜はすごいと思うし、真似できないと思う。
「律子ちゃんは、若菜さんのこと好きなんでしょ」
「う、うん」
律子がこくりとうなずく。彼女の名字が武宮であるということは、ちゃんと法的にも若菜の娘となっているということだ。
「なら、それでいいんじゃない? 好きだって言われたら、同じだけ返せばいい。遠慮されるより、その方がうれしいよ」
多分、本当は透一郎だってそうなのだろう。梛は長兄に遠慮がある自覚がある。同じように、透一郎も妹に遠慮がある。お互いに引け目があるからだ。律子たちにはそうなってほしくない。完全にブーメランだけど。
「そう、ですね。そうします」
微笑んで律子はそう言った。しばらく他愛のない話をして、律子がそわそわと話を聞いてほしいのだ、と言った。聞く聞く、と明日香。
「その、好きな人が、いて」
恋バナ! と年相応に恋愛話が好きな明日香が顔を輝かせる。彼女は自分でするよりも話を聞く方が好きなタイプだ。梛も祐真とのことをいろいろ聞かれるが、残念ながら彼は恋人ではないのだ。
「でも、私なんかから思われても迷惑かなって……」
「そんなことないでしょ。律子可愛いし。というか、誰誰?」
興味津々に明日香が問う。大丈夫だ、彼女は意外と口が堅い。
「あの……柊君」
名を聞いた瞬間、梛の脳裏に今にも吐きそうな顔で震えている翔がよぎった。うん、いろんな意味でちょっと申し訳ない気がした。
「同じクラスの? へー、へー! どういうところを好きになったの?」
「え!? えっと、前に、妖魔の襲撃があったときに、怪我の治療をしてくれて」
明日香の勢いにのまれつつ、律子がぽつぽつと話す。怪我の治療をしてくれて、その後も気にかけてくれて、気づいたら好きになっていたと。
「まあ、気持ちを言葉にするのは難しいよね」
「な、梛ちゃんも好きな人が……あ、瀬名さん?」
矛先を自分と梛に分散しようとしたのか、律子が口を開いたがすぐに気づいたように言った。梛は苦笑する。
「え、うそ。きりきりと吐きなさいよ」
明日香が梛を揺さぶるが、梛は苦笑いを浮かべるだけだ。
「ひとまず言えるのは、社会人の婚約者が女子高生というのは結構犯罪っぽいなということかな」
「自分の置かれた立場を茶化さないでよ……」
明日香がツッコミを入れ、律子は微妙な表情になった。表情の選択ができなかったらしい。
「とりあえず、あんたが見た目より悩んでるってことはわかったわ」
「おや、わかる?」
「わかるよ。どれだけの付き合いだと思ってんのよ」
まあ、付き合いはそこそこ長いか。律子がうらやましそうに二人を見ている。梛は微笑んで律子の頭を撫でた。
「そんなうらやまし気な顔をしない。律子ちゃんもちゃんと友達だよ」
「う、うん……」
頭を撫でられ、律子が照れ笑いを浮かべる。
「梛ちゃん、やっぱりお兄ちゃんと似てる気がします」
「……うん。律子ちゃんはそう言うよね。つかみ合いの喧嘩をしたこともあるんだけど」
「なんで……? お兄ちゃん、女の子には優しいのに……」
多分、弘暉は梛を妹の一人くらいに思っている。だろう。梛も兄の一人くらいに思っている。
「双葉ちゃんと喧嘩するのと同じ感じだね」
「ああ……私も喧嘩、します」
「ま、一緒に暮らしてたらそう言うこともあるよ。あたしも弟と喧嘩するし。ていうか、梛は透一郎さんと喧嘩するの? 喧嘩にならなさそう」
明日香に問われて、梛は「そうだね」とうなずいた。次兄の彰次とはよく喧嘩したものだが。
「うちの場合は年がかなり離れているからね。相手が大人すぎる。嫌味合戦だと負けるんだよね……」
ちょっと遠い目になる。経験の差でどうしても口では勝てないのだ。足の不自由な兄に、梛がつかみかかることは、彼女の性格上できない。よって、喧嘩にならない。
「こじれてるなぁ」
「そのあたりは自覚がある。放っておいてくれ」
透一郎は梛にとって、兄であるが育ててくれた親でもあり、剣の師範でもある。こじれている原因に心当たりはあるが、現状ではどうしようもない。唐突に、律子がふふっと笑った。梛と明日香の目が彼女に向く。
「あ、ごめんなさい……楽しくて」
かわいらしい律子の発言に、梛も明日香もほっこりした。
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女子会。




