表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/156

揺れ動くもの【2】













「梛。明日、暇?」


 明日というか、今日だけど、と依織が尋ねてきたのは、金曜日の深夜。正確には日付が変わり、土曜日のことである。うっかり妖魔を斬ってしまい、報告書を出すために本部を訪れていた梛は、依織に声をかけられたのだった。というか、依織はいつも本部にいる気がする。

「明日? まあ、当番でもないけど」

 首をかしげながらそういうと、依織はひとつうなずいてから言った。

「一緒に山狩りに行かないか?」

「……山狩り」

 正直、仕事にしてももう少しましな言い方があるだろうと思った。















 土曜日の午前中。梛は首都郊外の山間部にいた。木々生い茂る結構な標高の山である。


「山狩りって、本当に山狩りなのか」

「だからそうだって言っている」


 いや、依織の言い方も悪いと思う。『陽炎』五名、『朧』七名の大所帯。広大な山に結界を張り、逃げた異形を閉じ込めたのはよかったのだが。


「どこに隠れているのかわからなくなった」


 のだそうだ。なので、『陽炎』を結界内に投入して山狩りの要領で倒してもらおう、となったらしい。それはいい。あまりないが、たまにはある話だ。

「聞かずについてきた私もだけど、もう少しちゃんと説明するべきだと思うよ」

「それでも梛はついてきてくれるんだな。お前のそういうところが好きだ」

「はいはい。弘暉さんもそういうところあるからね」

 梛がそう受け流すと、依織はふふっと珍しく笑った。あまり表情が動かないことに定評のある彼女だが、感情がないわけではない。感情が出にくいという意味では、ポーカーフェイスの梛も似たようなものだ。

「梛が男なら、私は梛に惚れていただろうな。弘暉よりも男前で優しい」

「弘暉さんのは男気というやつでしょう。というか、うちの兄さんは?」

「透一郎さんは私には測りかねる」

「違いない」

 梛は苦笑し、刀を持ったままその場にしゃがみこんだ。

「ねえ、依織ちゃん」

「なんだ」

「依織ちゃんは、弘暉さんのどういうところが好き?」

 梛からの珍しい質問に、依織は少し驚いたようだが、すぐに「そうだな」と答えを探し始める。


「最後まで私に付き合ってくれるところ、だろうか。私がどんなにあきれるようなことをしても、最後まで付き合って、叱って、許してくれる」


 梛としては依織が天然の自覚があるということに驚きだったが、自分で聞いた手前、話はそらさないことにした。

「そうか……ちゃんと好きなんだね」

「……どういう意味か分からないが、愛している」

「……」

「梛は瀬名さんのことが好きなんだな」

「……そう思う?」

 梛が上目遣いに尋ねると、「違うのか?」と逆に首を傾げられた。梛はため息をついた。

「最近気づいたの。もう、自分にがっかり……」

「何故だ。別に悪いことではないし、お似合いだと思う。美男美女で」

「利害が一致しただけの関係だと思っていたんだよ……」

「何をいまさら。恋人だろう」

「婚約者だよ。恋人ではない」


 似ているようで、違うものだ。祐真に聞いても同じことを言うだろう。またため息をつく。しかし、いつまでもそうしていられないので立ち上がった。


「そろそろ始めようか。というか、依織ちゃん、なんで私に声をかけたの」

「ああ。初めは弘暉に頼んだのだが、山火事になると断られた」

「なんだかんだで圧倒的火力の人だからね、あの人」

 うっかり火炎魔法でも使われたら、確かに山火事になる。

「弘暉以外で同じくらい戦える人間が、私にはお前か瀬名さんしか思い浮かばなかった」

「ああ、祐真さんは今出張中だからね」

 今日中には帰ってくるはずだが。研究所ではなく、『陽炎』の出張である。社会人になったので、そう言った遠出も容赦なく命じられるようになったらしい。


「だが、梛を連れて行くと言ったら、死んでも行くと言っていた」


 ちらっと笑みを浮かべて依織が梛を覗き込んだ。珍しい依織の笑みに突っ込む余裕はなく、梛は緩む唇を引き結んだ。本当に、祐真は大切な時に絶対に間違えない。


「可愛いから写真撮っていいか?」


 唐突な依織の言葉に、「そういうところだよ、依織ちゃん……」とちょっとあきれた梛だった。















 梛は『陽炎』の隊員とともに入山した。なかなか広い山だが、半日もあれば回りきれるだろう。『朧』の調査員も二人、入山していた。

 ほかのメンバーも同じだが、今日の梛は制服姿だった。高校の制服ではなく、『陽炎』の制服である。普段はみんな適当で、私服にジャケットやコートだけ羽織っている、というスタイルが多い。これは、急いで飛び出していくことが多いからだ。いつもいつも制服を着て生活するわけにもいくまい。


 しかし、今回は文字通りの山狩り。足元は悪く、草や木の枝が引っかかることもある。そこで、防御面に秀でた『陽炎』の制服を身につけることになったのだ。黒いジャケットに黒いスラックス。足元は編み上げブーツの、割とオーソドックスな格好だと思う。これを着ると、梛が少年に間違われる率が上がる。

 危なげなく山を登っていく。登山はしたことがないが、妖魔を追って山に入るなどということはざらにあるので、山登りは得意だ。好きではないが。一定の速度で登っていく梛は、はたから見れば異様でもある。

 まだ誰からも発見の報告はない。もっと頂上付近にいるのだろうか。発見できていない旨を伝えると、依織がまさに今思い出しました、と言わんばかりの口調で言った。


『そういえば、この頃その山ではクマが出るそうだ。まあ、お前たちが負けるはずもないと思うが、気を付けてくれ』


 マジでか。ちょうどその時、黒い影を見た気がして立ち止った梛は、目の前に現れた毛むくじゃらを見て、喉の奥から「んぐっ」という妙な音を出した。

『梛か? どうした』

「依織ちゃん……そういうことは先に言ってくれないかな……」

『梛ちゃん!』

『まさか出たのか!?』

 一緒に山に入っている『陽炎』の隊員からの叫びだった。毛むくじゃらが立ち上がり、声を上げる。うん、二メートルはあるな。

『おい、今すげえ声聞こえたけど!?』

「ああ、うん。クマがね」

『やっぱり梛のところに!? 正直よかった!』

 本音が漏れている。妖魔を倒せるのに、クマを倒せないということはないと思うのだが。領域を犯されたことに怒り、爪を振り下ろすクマから少し距離をとりながら梛は尋ねた。


「ねえ、このクマ狩っていいの? 狩猟免許持ってないんだけど」


 今山に入っている中で狩猟免許を持っているのは、狙撃手の紺野こんのくらいだろう。だが彼女は、梛と反対方面にいる。


『出たら狩ってくれてかまわん、むしろ何とかしてくれと言われている』


 ひらりと爪をよけながら、それも先に言っておくべきことだな、と思った。

 しかし、倒していいのならことは簡単だ。梛は刀をひらめかせると、一息にクマの首を落とした。

「C地点のあたりでクマを倒したから、後で処理を頼むね」

『了解した』

 依織からはそう返答があったが、他のメンバーからは、『早っ! マジで!?』『一撃かよ。五秒もたってなかったぞ!』などと驚きの声が上がった。こいつら、梛をどうしたいのだろう。

『今夜は熊鍋か』

「たぶん、ちゃんと血抜きしてしばらく置かないと食べられないよ」

 依織の発言に突っ込みを入れつつ、山登りを再開する。クマがここにいたということは、このあたりに妖魔はいないのだ。梛と反対側からか山を登っている、紺野たちの方面が怪しい。と。


『妖魔を発見! 分裂したわ!』


 紺野の声だ。どうやら、狙撃したら分裂したらしい。単細胞生物なのだろうか。

「よし、紺野さん、そのまま応戦。篠原しのはらさん、木嶋きじまさん、紺野さんの援護!」

 立場上どうしても指示を出さなければならない最年少の梛である。即座に『了解』と返ってきたのでみんな否やはないということだ。梛はとにかく山頂を目指した。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


山狩りです。クマに関しては99%違う気がするので、信じないでください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ