揺れ動くもの【1】
そういうわけで日曜日。水無瀬兄妹は近くのショッピングモールに来ていた。出かけるときはいつも一緒な三人。理由は単純。晴季を連れて行くときは、透一郎だけでは危険だからだ。足が不自由であるのがネックになる。なので、どうしても梛が同行することになるのだ。晴季がもう少し大きくなれば気にしなくていいだろうけど。
「晴季、今百三十センチくらい……? 一年に五センチくらい伸びるから」
「ワンサイズ大きめのものを買おうか」
梛の肩ほどまでの身長の晴季を見て、兄姉はそう相談して決めた。服はある程度晴季に決めさせる。
「梛はいいの?」
支払いをしながら尋ねられ、梛は「いい」と答えた。
「明日香や律子ちゃんと買いに来るし」
そう言うと、透一郎は苦笑して「そうだね」とうなずいた。服を入れたショッパーを持った梛の手を晴季が引っ張る。
「姉さん。おなかすいたぁ」
「じゃあちょっと何か食べてから帰る?」
ちょうどおやつ時だ。透一郎を見上げると「いいねえ」とうなずいた。
「晴季は何が食べたい?」
「えっとね、アイス!」
「じゃあフードコートかな」
透一郎が晴季を見下ろして微笑んだ時、「あ」と正面から声が上がった。
「梛ちゃん。……透一郎」
学校司書をしている香江だった。このタイミングで遭遇。さすがの梛もどうすればいいのかわからず、一瞬言葉に迷った。
「香江さんこんにちは。買い物?」
「あ、ええ……梛ちゃんたちは相変わらず仲がいいのね……」
「ええ、まあ。これからアイスを食べに行くんだけど、香江さんも一緒にどう?」
梛に誘われ、香江は透一郎をうかがうように見た。常に笑顔のポーカーフェイスの彼も、今ばかりは顔がこわばっている。表情の抜け落ちた透一郎の顔は、確かに梛と似ていると彼女自身も思った。
「ええっと、じゃあ……」
「梛」
透一郎が義手で梛の手をつかんだ。左手で杖を突いているからでもあるが。
「兄さん。それは卑怯だよ」
さわやかに言ってのけた梛に、透一郎はふーっと息を吐いた。
「お前、誰に似たんだろうね」
「先日、『そういうところは透一郎さんにそっくり』と弘暉さんに言われたばかりだよ」
「兄さんと姉さん、似てるって思う」
わかっていないだろうに晴季にもそう言われ、透一郎は晴季の頭を撫でた。
「よし、行こう。……香江も」
「あ、ええ」
どこかほっとしたように香江が微笑んだ。今更晴季が「誰?」と梛を見上げる。
「高校の図書室の先生だよ。透一郎兄さんの友達」
「そっかぁ。晴季君、小さかったものね。初めまして。副島香江です」
「始めまして。水無瀬晴季です!」
にこっと笑う晴季は、透一郎や梛のようなきれいを突き詰めたような顔立ちではないが、愛嬌があってかわいらしい。香江もにこっと笑った。
「可愛いわね。彰次君と似てる」
そう言った後、香江ははっとしたようだ。
「ごめんなさい……」
「いや……そこまで気を使われるほどではないよ」
透一郎は穏やかに言った。意識しているからか、口調が梛に近い。いや、梛が透一郎に寄せているのだが、この場合はどうなるのだろう。
「じゃあ、はる。一緒にアイスを買ってこようか。兄さんと香江さんは何がいい?」
二人をフードコートのテーブルにつかせ、梛は晴季の手を引いてアイスを買いに向かった。ちょうどおやつ時なので、少し並ぶことになった。
ふと、見知った顔を見た気がして梛は視線をさまよわせた。周囲より少し背の高い、端正な顔を発見した。通路を挟んだ向かい側の雑貨屋にいて、こちらには気づいていない。祐真だ。正統派美男子はどこにいても目立つ。
おのれの婚約者をしばらく眺めていると、祐真と同じくらいの年に見える女性が笑顔で彼に話しかけた。彼もそれにこたえている。その様子に、梛は我知らず眉をひそめた。ぎゅうっと、胸が痛い。
「姉さん」
列が動いたのに動こうとしない姉の袖を、晴季が引っ張った。梛は無理やり視線を引きはがし、晴季と列を進んだ。もう一度見ると、すでに彼らはいなくなっていた。順番が来て注文をしながら、梛はふと気が付いた。
これが噂に聞く嫉妬というやつなのでは? つまり、梛は祐真のことが好きだということか。恋愛的な意味で。何ということでしょう……。
いや、でもまだ検討の余地ある、と思いながら梛はカフェオレとミルクティーとカップアイスを持って晴季と透一郎たちの元へ戻った。晴季はコーンのアイスを持って嬉しそうにしている。
席では透一郎と香江が、表面上は穏やかに会話をしていてほっとした。美男美女でお似合いである。
「香江さん、ミルクティーね。兄さんはカフェオレ」
「コーヒーを頼まなかった?」
「胃に悪いかなと思って」
「変な気の回し方はしなくていいから……」
梛と透一郎の気の抜けるようなやり取りに、香江がくすくすと笑った。晴季を透一郎の隣に座らせ、梛は香江の隣に座った。
「晴季、ゆっくり食べなさい」
口の周りをべたべたにしている晴季にそう言いながら、梛もスプーンでアイスをつつく。たまに食べるとおいしい。
「梛ちゃんもすっかりお姉さんね。私が留学に行く前は妹って感じだったのに」
晴季の世話を焼く梛を見て、香江が言った。梛は口角を上げる。
「今でも妹だよ。それだけではいられなくなっただけ」
「うん、私から見ればまだまだ子供の妹だね」
透一郎にもそう言われ、梛は笑うしかない。香江も笑った。
「甘えられるってことよね。大事だと思うわ、そういうの」
「私がまだ手がかかるって思っていたいだけの可能性もあるけど」
「透一郎はそういうところがあるわよね」
「私は成長していないということだ」
意外と大丈夫そうだな、と梛は思った。まあ、二人ともいい大人だし、心うちを隠しながら会話くらいはできるだろう。そこまでは梛が関与するところではないと思う。思うが。
「背中を蹴飛ばしたい」
「急に物騒だね。最近たまに、お前の根本的なところが彰次と似てることを忘れるんだよね」
ばっちり声に出ていたらしく、透一郎からそんな突っ込みが飛んだ。顔は透一郎、中身は彰次と言われたこともある梛だ。破天荒で明朗快活だった彰次とそっくりだとは思わないが、はねっかえりだった自覚はある。
「透一郎兄さんもたいがいだと思うけどね」
「あ、私もそう思うわ」
女性陣に突っ込み返され、透一郎は肩をすくめた。溶けてきたアイスに手を汚した晴季の手を拭いてやり、透一郎は言った。
「きょうだいだからね。……亡くしたはずのものが、ふと、目の前にあるような気持ちになることがある」
うれしくて、少し悲しい。そう言って透一郎は晴季の頭を撫でた。右手の義手でだ。基本的に手袋をして隠しているが、だからこそ香江はちょっと顔をしかめたのだと思う。
「……透一郎。私」
「香江。同席ありがとう。話せてよかった」
香江の言葉に食い気味に透一郎はそう言った。言って、晴季を立たせる。梛は目を細める。
「兄さん」
「梛ちゃん、いいの」
香江はそう言って梛を引き留めると、「私も楽しかったわ」と微笑んだ。
「晴季君、またね」
「ばいばーい」
愛想よく晴季が手を振る。香江も手を振り返して見送ってくれた。フードコートを出た梛は息を吐く。
「わかってるよ。私が悪かった。これは兄さんと香江さんの問題だ」
「……何も言ってないよ」
「一応十七年、兄さんの妹をやっているからね。考えていることくらい、なんとなくわかるよ」
見た目さわやかな腹黒男は、変なところで意固地で頑固だったりする。香江のことなどがそうだろう。両親と弟を奪った相手に復讐しようとする身では、香江をそばに置けないのはわかるけど。
なら、梛は? と思わないではない。梛は透一郎の妹で、同じく両親と兄を失った。彼女を鍛え、透一郎は仇を討とうと考えている。そのために梛を鍛えている。それは本当で、でも、透一郎が梛を妹として心配し、かわいがっているのもまた事実だ。この辺の矛盾を解消しない限り、透一郎と香江の問題に解決策は出ないだろうなぁと思う。
「喧嘩だめ!」
晴季が透一郎と梛の手を引っ張って言った。年の離れた弟のむくれた顔に、兄姉は「そうだね」とそっくりな顔で微笑んだのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
お兄様も妹も恋模様。
ちなみに、祐真は二人きりではなく、大学時代の仲間とお出かけ中、という設定だったはず。




