力の限り【5】
振り返ると、祐真と弘暉だった。声をかけたのは弘暉である。律子が「お兄ちゃん」と声をかけるが、その前にそのお兄ちゃんはしゃがんで顔を伏せた。
「間違えた……死にたい……」
「間違えたくらいで死にたくなるな。大丈夫。間違えたのは弘暉さんで四人目だよ」
慣れたものである。しかし弘暉はそういう問題じゃねえ、とうめいた。
「介錯は梛に頼む……」
「いや、確かに一瞬で斬れる自信はあるけど、冗談でもやめてくれ。締め上げるよ」
「そういうところがそっくりなんだよ!」
一瞬で弘暉を引き上げた梛に、祐真と律子が「すごい」とつぶやいた。弘暉がよろめく。
「なんでそんなに似てんだよ……兄妹とはいえ、限度ってもんがあるだろ」
「それは私が聞きたい。私は兄さんに間違われるけど、兄さんは間違われることはないんだよね。理不尽だと思わない?」
「まあ、透一郎さんを梛と見間違うことは、ないだろうな……」
梛の隣に座りながら言ったのは祐真だ。いつも通り、おっとりとした口調だった。弘暉も乱暴に椅子を引く。
「律子、怪我は大丈夫か」
「あ、はい。治してもらいました」
と、なぜか梛に対するよりも緊張した面持ちで言う。明日香が唐突に声を上げる。
「あっ! 武宮!」
なるほど、と一人で納得している。明日香も涼介も、『陽炎』に名は連ねていたから、弘暉のことは知っていただろう。二人の名字が同じことに気づき、兄弟であると納得したらしかった。翔だけが何もわからずに首をかしげている。
「昨日の『陽炎』の人だよな」
「ええっと……兄の弘暉と、梛ちゃんの婚約者の瀬名祐真さん」
紹介したのは律子だった。翔が目を見開いて「兄……婚約者……?」と理解が追い付いていない。今紹介を受けた婚約者殿が首をかしげて言った。
「みんな、現地確認待ちか?」
おっとりとした言葉に男性陣はちょっと驚いたようだった。まあ、正統派美男子がこんなにおっとりしていれば、誰しも多少は驚く。
「ええ、まあ。ていうか、『朧』の人、全然来ないんですけど……」
涼介が困惑したように言った。おそらく、祐真と弘暉も現地確認組だろう。今日、学校は臨時休校で、この確認をしなければ学校を再開できない。
「さすがにそろそろ来るだろう。梛は千里眼は大丈夫か?」
「うん。ま、今日は使うなと言われているけどね」
祐真に向かってそういうと、彼はそうか、とうなずいた。
「ならさほど詳しくは調査できないな」
「すみませんね、軟弱もので」
「お前が大事だという話だ」
「……」
その時梛は、微妙な表情をしていたと思う。喜んでいいのか、こんなところで言うな空気読め、という感情が入り混じっていた。
「お前らいちゃつくならよそでやれ」
幸い、突っ込み気質の弘暉がそばにいたため、そう突っ込まれた。そして、そのあとすぐに『朧』の隊員もやってきたので、うやむやになった。
しばらく後、梛たちは常の学び舎に来ていた。祐真だけは中等部が戦場だったので、そちらに向かったが、他五人は一緒だ。
水をまかれ炎で焼かれ、雷の落ちた正面玄関前だが、きれいにならされていた。梛が境界を斬ったあたりも調査する。
「たぶん、人工的なものだったと思うよ」
「ま、お前らがいるのに自然発生することなんてないだろうな」
弘暉も同意し、『朧』の隊員が「ですよねぇ」と苦笑した。これから彼らは犯人探しに奔走することになるだろう。
「今までの妖魔出没も、その境界? が開かれたからってことですか?」
律子が小首をかしげて尋ねた。彼女は梛に半分隠れるように立っていて、つまり弘暉と梛を挟んで向かい合っていた。
「可能性はあるな。尤も、梛くらいじゃなきゃ見つけられねぇから、見過ごされてたんだろ」
「本気で探るなら、かなり術式をくみ上げないといけないからね」
見つけられるのは梛。斬れるのも梛。頻出するなら、梛に負担がかかることになる。
「でもまあ、この騒ぎもいったん収まるんじゃないかな。再発しないとは限らないけど、事実、今日は妖魔の出現はないんだろう?」
「……ないですね」
『朧』の隊員が端末を調べて言った。律子が梛の腕を引いて、「どうしてですか?」と尋ねる。梛はうん、と一つうなずいた。
「千里眼の持ち主が、私だとわかったからね」
「?」
小首をかしげる律子はかわいらしかったが、お兄様が視線で人を殺せそうな顔でにらんでいらっしゃるので、この辺にしておく。別途確認作業をしていた明日香たちも合流してきた。
「やだ可愛い。あんたたち何してんの」
明日香が楽し気に律子に抱き着いた。その勢いで梛に倒れ掛かったが、持ち前の体幹で受け止めた。翔が「何それ癒し」と疲れたようにつぶやいた。
「中等部の方も終わったようですね。現地解散でいいですか」
『朧』にそう言われ、梛たちは了承する。中等部の方も解散となったのだろうが、祐真はこちらにやってきた。
「楽しそうだな……」
くっつく女子三人を見て、祐真は微笑ましそうに言った。梛は苦笑して「お疲れ様」と手を振った。そこに、行きかけた『朧』が戻ってくる。
「すみません。柊君と律子ちゃんの認識票ですが、明日以降にお届けしますね」
梛に預けます、と言われたので、梛は「了解」と答える。弘暉が舌打ちした。
「入隊させたくねぇのに……」
「お、お兄ちゃん」
律子がおろおろと弘暉と梛、祐真と周囲を見渡す。そう。律子と翔にもついに『陽炎』予備役の辞令があったのである。もちろん、要請があった段階で断ってもよかった。しかし、二人とも了承した。翔などは「死ぬほどいらない……」などとつぶやいているが、覚悟はあるのだろう。後ろ向きだが、ちゃんとわきまえている男だ。
律子もネガティブなところがあるが、こちらはどちらかという兄の方が問題だった。
「シスコンもたいがいにしておきなよ、弘暉さん」
「お前、それ、自分に特大ブーメランだからな。このブラコン娘」
「私は自覚があるからいいの」
「俺だってなあ……!」
言いかけたが、弘暉は自分がシスコンだと認められなかったようである。ため息をついてうなだれた。その肩を祐真が叩く。
「あきらめろ。梛に口で勝てるわけがない。それに、俺だって梛を戦わせたくはない」
だから、そういうのを突然ぶっこんでくるのをやめてほしい。どういう表情をすればいいかわからなくなる。
「これだけの戦力を遊ばせておくってのか」
弘暉が祐真に言うと、彼はおっとりと微笑んだ。
「つまり、そういうことだ」
「……」
弘暉が祐真に言い負かされるという、珍しい光景を見た。
律子や翔が『陽炎』所属となったからと言って、大きく何かが変わるわけではない。学校は何事もなかったかのように再開したし、妖魔の出没は以前と同じほどに戻った。いみじくも梛が指摘したように、『探し物』を見つけられたのかもしれない。
生活が日常に戻ってきたころ、透一郎が弟妹に言った。
「次の日曜に、買い物に行こうか」
「唐突にどうしたの」
晴季の連絡帳を確認していた梛は、唐突な透一郎の言葉に顔を上げた。新聞を読んでいると思った兄は、リビングのテーブルで宿題を広げている末っ子を見ていた。
「いや……はるがずいぶん大きくなったな、と思って」
「ああ……確かに」
パジャマの裾が足りていない。去年買ったばかりなのに、もう着られなくなっている。晴季には兄が二人いるが、だいぶ年が離れているので古着は処分してしまっていた。買いに行くしかない。
「まだ伸びるだろうね。私も兄さんも上背があるし」
「そうだね。梛はさすがに成長は止まった?」
「さすがにね」
女性は生育が早いものだ。兄の透一郎は二十歳すぎまで身長が伸びていたというが、梛は去年から身長が変わっていない。
「はるの服だね。わかった。近所のショッピングモールかな」
会社を持っていてそれなりに裕福である水無瀬家だが、結構庶民的である。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最初、梛に透一郎を「お兄様」と呼ばせようかと思ったのですが、某お兄様の妹が脳裏をよぎったので、やめました。そもそもキャラじゃないですしね…。




