力の限り【4】
怪奇対応機密局。その本部に、梛は透一郎とともに訪れていた。昨日梛が突き刺した烏の件である。突き刺した祐真の刀は、ちゃんと彼の元へ戻っている。
「式ではなく、使い魔だな。西洋魔術が使われている。もうラインが切れているが、烏の視界を通して梛を見ていたんじゃないか?」
そう言ったのは、解析を担当した依織である。椅子に座る透一郎の横で腕を組んで立っていた梛は苦笑を浮かべた。
「私が斬ったらからだね」
「それもあるだろうが、探知されると思って向こうが切ったのかもしれない」
冷静に依織は言った。透一郎が「うん」とうなずく。
「その可能性が高いね。梛も気づいたように、この烏、四年前に私が対峙したものとよく似ている」
「……」
思わず、梛は視線をそらした。四年前。そろそろ五年が経とうとしているが、両親と次兄を亡くした襲撃事件の時のことだ。あの時に、西洋魔術の気配があった。梛は知識も力も足りなかったし、事件のショックで記憶があいまいなのだが、やはり直感は間違っていなかった。
「ありがとう、依織。助かったよ」
「いや。仕事だからな」
微笑んで礼を言う透一郎ににこりともせず、依織はすげなく返した。それにしても、くるりと椅子を回転させ、椅子に座る透一郎と、その横に立つ梛を見る。
「並んでみると、本当によく似ているな」
「よく言われるよ」
透一郎が苦笑して言った。梛も苦笑いを浮かべるしかない。本部に来てすでに三回ほど、梛は透一郎と間違われて声をかけられていた。
「なんでだろう。結んでるとはいえ、髪の長さだって違うのに」
と、梛は左肩から前に垂らした黒髪を撫でる。緩く束ねてあるそれを見れば、梛であることはわかるだろうに。雰囲気か、雰囲気の問題か?
「兄さんは私に間違われないのに」
「私が梛に間違われたら、それは相手の目を疑うね」
そう。梛は透一郎と間違われるが、透一郎が梛に間違われることはない。世の中理不尽だ。梛はかけている眼鏡を押し上げた。千里眼を使いすぎたためにかけさせられている、魔力緩和用の眼鏡。これも、間違われるのに一役買っている気がする。
「真面目な表情の横顔が一番似ている」
と、依織が言った。確かに、それはみんなに言われる。梛は唇をゆがめたが、透一郎は笑った。
依織に見送られて、彼女の研究室を出る。杖を突いて歩く透一郎に合わせて歩きながら、梛たちはレストルームの方へ出た。
「おや、こんにちは」
そう声をかけてきたのは二十代半ばの男性だった。すらりとした容姿端麗な男だ。
「こんにちは。久しぶりだね、友哉君」
透一郎が微笑んでそう返した。梛は目礼を返す。声をかけてきた男性、上條友哉は、容姿端麗文武両道の常識人。に、見える。しかし、どうも胡散臭い。いや、腹黒い透一郎を兄に持って何を言っているのだ、という話だが。
上條家は警察や軍に顔が効く家だ。友哉自身も軍関係の仕事をしている。同じ政府機関ではあるが、怪奇対応機密局は完全に独立した機関で、警察や軍の協力が必要になる場面が必ず出てくる。そのつなぎをとってくれているのが、彼だった。先月の晴季神隠し事件の時も、透一郎がつなぎをとったのは彼らしい。
「お久しぶりです、透一郎さん。梛ちゃんも、最近ますます美人だね」
「ありがとうございます」
苦笑気味に梛は応えた。彼女が美人なのは、客観的に見て事実なので否定しづらい。
「昨日の妖魔の件かな」
怪奇対応機密局にいるのは、とは続かなかったが、透一郎が言いたいことは通じたのだろう。友哉がうなずいた。
「ええ。まあ、昨日の件だけではないですけど。事態収拾にてんやわんやですよ」
大変ですね、お互いに、と友哉は笑った。透一郎もうなずくが、どちらかというと暴れまわるのが仕事の梛は思わず視線をそらした。
「そういえば梛ちゃん。今日は眼鏡なんですね。珍しい」
「ああ、ちょっと不測の事態で」
千里眼の説明が面倒だったので、はぐらかした。友哉も突っ込んではいけないラインをわかっているので「そうですか」とうなずいただけだった。
「似合ってますよ。やっぱり透一郎さんと似ていますねぇ」
「……よく言われます……」
今日でもう何回聞いたかわからなかった。
友哉は今後の事態収拾の打ち合わせに来たらしく、その場で別れた。透一郎が隻眼でその背中を見送っている。
「兄さん?」
「……うん。なんでもないよ」
生身の左手で梛の頭を撫で、透一郎が歩き出す。梛はそれを気遣うように斜め後ろを歩いた。
「……ねえ、梛」
「うん?」
「お前が私に稽古をつけてくれと言った日のこと、覚えてる?」
「ああ、覚えている。忘れるわけがない」
透一郎は梛の兄だが、師範でもある。四年前のあの事件の後、先に回復したのは梛だった。そして彼女は、体の機能の一部を失った兄に言ったのだ。
強くなりたい、と。鍛えてほしい、と。
弱かった自分を許せなかった。強くなりたかった。あの日のことを、忘れることはない。
透一郎はそれを了承した。梛は指摘しなかったが、たぶん、どこかで梛と透一郎の思いはすれ違っている。そう思うことがある。
「あ、梛!」
レストルームでは明日香たち、召喚された同級生たちが休んでいた。各々ジュースやお茶を手元に置いている。明日香が手を振り、元気にあいさつする。
「こんにちは。透一郎さんも、お久しぶりです」
「うん。久しぶり、明日香ちゃん。梛がいつもお世話になっているね」
「こちらこそ」
さすがに初恋は透一郎、と言うだけあって、明日香はにこにこはきはきとあいさつをしている。梛は苦笑を浮かべた。
「うわ。同じ顔」
つぶやくように言ったのは翔である。彼と涼介、律子も召喚されていた。透一郎の視線が翔に向く。
「ああ、長兄の透一郎。兄さん、同級生の、柊君。この子は例の律子ちゃん。式部君は知ってるよね」
「例の……?」
妙な紹介の仕方をされた律子が戸惑ったように声を上げた。明日香を見上げるが、事情を知らないので明日香も首をかしげるしかない。しかし、当事者である透一郎には通じた。
「ああ、例の。弘暉の妹さんだね」
「あ、はい」
ぺこっと律子が頭を下げる。
「ええっと。梛ちゃんにはお世話になってて……」
「こちらこそ、妹に付き合ってくれてありがとう」
笑みを浮かべる透一郎に、「いえ」と律子は赤面してうつむいた。
「なんだろう。性別の差? 年齢の差? 各方面から九割同じ顔だって言われるのに、この反応にはならない」
「何を言ってるんだ、お前は」
頼れる人間がいると、途端にボケに回る妹に突っ込みを入れ、透一郎は言った。
「私はそろそろ会議に行ってくるよ。梛、先に帰っていてくれ」
「いや、私もこれから現地確認に行くから、兄さんの方が早いかもしれないよ」
「ああ、そうか……迷惑をかけないように」
「承知した。会議室まで送ろうか」
杖を突いている透一郎に尋ねると、彼は首を左右に振った。
「近いから大丈夫だよ」
本当は不安だが、食い下がるほどでもないので見送る。不安だが。四人が四人掛けのテーブルについているので、隣のテーブルの椅子を引いて、梛は座り込んだ。
「梛、大丈夫?」
こそっと明日香が尋ねてくる。うん、と梛はうなずいた。
「心配しすぎだってわかってるんだけど」
普通に生活できる程度には、透一郎だって身体機能が回復しているのだ。振り返って背もたれに腕をついた。
「みんなは、現地確認待ち? 怪我は大丈夫だった?」
「お前が強い奴をほとんど相手してくれたから、俺らはほとんど無傷。武宮が一番重症かな」
涼介が答えた。律子は腕に包帯を巻いていたが、「治してもらいました」と微笑んだ。確か、左腕を貫かれていた気がする。
「そうか……」
梛が顔をしかめたとき、背後から声が上がった。
「透一郎さん?」
とりあえず、梛に声をかけたのははっきりしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
梛が男顔なのではない。透一郎が女顔なのです。




