力の限り【1】
学校では、ついに対人戦闘が入ってきた。体育館で竹刀がぶつかる音を響かせているのは、梛と涼介である。この二人としては、今更対人戦闘を学んでも仕方がないので、この時点で単位が欲しい。しかし、そういうわけにもいかない。
梛の突きが涼介の頬をかすめた。わき腹に向けて思いっきり打ち込まれるが、竹刀で受け止める。そのままからめとって勢いをつけて放り出した。竹刀をはじかれた涼介は叫ぶ。
「お前に勝てる高校生がいるわけないだろ! 反則!」
「そう言われても、私も授業を受けないといけないからね」
「そうだろうけどさ! お前の突き、速いんだよ……」
涼介が竹刀を拾い上げながら言った。周囲で成り行きを見守っていた生徒たちは引いている。梛の突きをまともに受ければ、脳震盪待ったなしである。
「……そんなに強くはないんだけど」
「それ、誰と比べてんだよ。お前の周りにいる人間が常識だと思うなよ!」
と、最近『陽炎』の任務に引っ張り出されている涼介は突っ込んだ。もともと予備役だったのだが、正規隊員では手が足りないほど、この頃妖魔が出没するのである。
学校が終わった後、梛は怪奇対応機密局の本部にいた。先日の晴季神隠し未遂事件の祠について、支援祭祀部隊『朧』が調査してきたらしい。
「一応ちゃんとお礼参りは済ませたと思うんだけど」
「ああ。問題なかった。すでに葉桜だったが」
そう答えたのは、『朧』に所属する女性陰陽師・東海林依織だ。一言で言うならクール系美女である。口調に抑揚がないので、怖い、と言われることが多いそうだ。年齢が近いので、梛は仲良くさせてもらっている。その依織のセミロングの髪を、梛は調査結果を聞きながら梳いていた。どうしたらそうなったのか、髪の毛がぼさぼさだったのである。
「女神がくれたという枝は?」
「まだ咲き誇っているよ。いや、私の霊力を吸収している可能性もあるけどね」
持って行かれた扇の代わりに梛が握っていた桜の枝は、彼女の自室に飾ってある。花瓶に生けて、水もこまめに変えているのは確かだが、それでもいまだに満開なのはおかしい。しかし、害はないのでそのままにしてある。あの女神が消えるようなことがあれば散るのかもしれない。
「ほら、できた」
「ん。ありがとう」
編み込んで結い上げた髪を鏡で確認する依織に、梛は言った。
「凝った髪型にしろとは言わないけど、作業するなら結んだほうがいい長さだよ」
「ああ、考えておく」
「そう言ってやらないんでしょ」
苦笑すると、依織が振り返って言った。
「梛は、弘暉に似ているな」
突然依織の恋人の名前が出てきて、梛は「ゑ」と形容しがたい声を上げた。
「いや、お兄さんに似ているね、とはよく言われるけど、弘暉さんに似ていると言われたのは初めてだよ」
「そうか? 私は前から似ていると思っていた」
「そうなのか……」
梛はソファの肘置きに頬杖をついた。
「口ではいろいろ言いながら、結局やってくれるところとか、似てると思う」
割と真剣に言われて、梛は応えに困った。依織のほうが三つほど年上なのだが、こういうところはちょっと天然が入っている? と思って手を引きたくなるのは否定できない。
中性的な口調の二人だが、二人ともれっきとした女性である。しかも、美人の部類に入った。梛は時計を確認する。
「ああ、梛は今日当番なのか」
「そう。明日休みだし。同級生の式部君も来てるんじゃないかな」
学生なのでだいぶ免除はされているが、梛も予備役だったはずの涼介も駆り出されるほど、最近、妖魔が出没していた。それに伴う怪奇現象も頻発していて、依織もよく出動しているらしい。彼女も大学生なのに。
「『陽炎』は大変そうだな」
「昼間も妖魔が出るからね。あまり妖は昼間には出ないはずなんだけど」
「それについては分析中だ。しかし、何とかなってほしいものだ……このままでは、私も討伐に駆り出される」
「その能力で解析担当してる方が不思議だよ」
思わずツッコミを入れた梛である。妖魔、妖や魔物をまとめてこう呼ぶが、陰陽師は特に妖に強い。
「……昨日は、双葉が腕の骨を折って帰ってきた。弘暉も瀬名さんも連日駆り出されているようだし」
「……」
正規隊員は、どう考えてもオーバーワーク気味だ。梛もさすがに平日の任務後に家の玄関で倒れていたことがある。
「梛?」
無表情にほんのり心配の色を乗せ、依織が顔を覗き込んできた。梛は瞬きし、微笑む。
「いや、五年前の自分だったら、間違いなく死んでたな、と思って」
「十二・三歳の少女がするような任務ではないと思うが」
依織が首をかしげる。家族の半分が亡くなったあの事件の前。あの頃の梛は、こんなに強くはなかった。弱くはなかったが、連日戦えるほどの技量はなかった。彼女はあまりこういうことを言わないのだが、依織は弱いころの梛を知らないと思うと、彼女にはぽつりと言ってしまう。
「……だね。きっと兄さんがばっさばっさと妖魔を斬っていただろうな……」
「むしろ、透一郎さんなら梛を送り出さなかったんじゃないか?」
そう指摘され、梛は「それもそうだね」と笑った。わかっている。自分は、兄たちのスペアだ。何事もなければ、表に出てくることなどなかった。
呼び出しのアラームが鳴る。梛は端末を見て立ち上がった。
「すっかりお邪魔してしまったね。行ってくる」
「ああ。気を付けて」
「ありがと」
梛は軽く手を挙げて依織にこたえると、彼女の研究室を出た。早足に現場に向かう。悩んでいる暇はない。サクッと斬って、サクッと帰ろう。
明け方、任務から戻った梛は治療を受け、本部を歩いていた。反対側からこちらも治療を受けたらしい涼介が歩いてきたので、声をかけた。
「お疲れ様、式部君」
「ああ、お疲れ様。水無瀬が怪我するって、どんな強い妖魔と戦ったんだよ」
「前から思っていたけど、式部君は私をなんだと思ってるの。これは人をかばって擦りむいたんだよね」
と、包帯の巻かれた腕を持ち上げる。傷が広いので包帯を巻かれてしまったが、それほど大きなけがではない。むしろ、治癒術を受けた後そのままにしておいてもいいくらいだった。
「式部君は? 高いところから落ちた?」
「いや、攻撃を避けきれなくて受けたら、そのまま地面にぶつかった……」
「地面にぶつかるって、斬新な」
要するにこけて頭を強打したらしい。攻撃を受けた勢いのまま地面に倒れこんだのだろう。涼介は恥じているようだが、つまり攻撃は受けずに済んだということだ。頭を強打したらしいけど。
「あ、いいところに。梛、式部君」
ひらひらと手を振っていたのは、怪奇対応機密局の事務局員の重倉だった。梛が首をかしげる。
「重倉さん。どうしたの?」
重倉は胡散臭い笑みを浮かべながら二人にカードのようなものを差し出した。何気なく受け取り、梛は眉をひそめた。
「無制限討伐許可証じゃないか」
「昼にも妖魔が出るから、二人とも、刀持って学校に行けるようにしておいたから」
「……」
いい笑顔で言われ、梛は思わず涼介と顔を見合わせた。つまり、特別に許可をやるから近くに妖魔が出たら片付けろということだ。
「……え、俺も?」
「もちろん。戦力になると証明されたからな」
そう言われた涼介は、心底証明されなくてよかったのに、という表情をしていた。
「じゃ、よろしく」
それ以上文句を言われる前に、重倉は撤収していった。ほかの者たちにも同じ許可証を渡すのだろう。小さなプラスチックの、何の変哲もないカードに見えるのに、とてつもない重みだ。
「……なあ、水無瀬。まったく関係ないこと聞いていい?」
「何?」
「なんで男装してんの……」
『陽炎』のジャケットにパンツを合わせた梛は、どこからどう見ても男装していた。髪は長いけど。
「一人で夜出歩くときは男装なんだよ。自分が顔だけはいいとわかっているからね」
「何それむかつく……」
うん。自分も我ながらイラっとした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
「ゑ」(笑)




