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春の桜【9】











 一度目を閉じて、開いた。空間の揺らぎが見える。なんとなく桜の方を見ると、微笑む美しい女性が目に入った。梛も美人だと言われるが、そんなものは比ではない。言葉では言い表せない、この世のものではないほどの、その美しさ。花のかんばせ


 女神だ。春の女神。


 梛の脳裏に、そんな言葉がよぎった。祐真には見えていないようで、きょとんと梛を眺めている。

 すっと手が差し出された。その手に触れようと、梛も手を伸ばす。祐真が咎めるように小さく梛の名を呼んだ。しかし、悪い感じはしなかったので、そのまま手を握る。

 と、気づくと、梛が握っているのは女神の手ではなく、晴季の手だった。


「あ! 姉さん!」

「……晴季」


 姉さんだ! と抱き着いてくる晴季の頭をなでながら桜の木に視線をやると、女神が微笑んで手を振っていた。晴季がそれに気づき、手を振り返している。

「あのお姉さんが助けてくれたの。姉さんが助けに来てくれるってわかってたから、なら、一緒に待とうって」

「そ、そう」

 いろいろ突っ込みたいところはあるが、梛はひとまず言った。

「弟を助けていただき、ありがとうございます。後日、必ずお礼に参ります」

 女神は一つうなずくと、その桜色の領巾をひるがえし、姿を消した。言っちゃった、と晴季は残念そうに言う。

「この祠の女神か」

「……みたいだね。祐真さん、見えてたの?」

「途中から。晴季が戻ってきたあたりから」

「そうか……」

 なら、お礼のお参りには、祐真も加えなければなるまい。とりあえず、もう一度三人で桜に向かってお礼を言い、祐真が晴季を抱き上げた。誘拐され、神域に連れ込まれたというのに、晴季はけろりとしている。怖くなかったの、と尋ねれば、「姉さんが迎えに来てくれるってわかってたもん」と返事があった。ああ、そう。と梛は苦笑を浮かべる。めちゃくちゃ信頼されてる……。


 倉庫に戻り、警察に合流した。否応なしに事情聴取に巻き込まれ、病院で晴季の検診、帰宅するころには夜になっていた。梛は荷物を高校に置いたままだったが、明日香が気を利かせて家に届けてくれたらしい。彼女に礼を言わなければ。

「ただいま」

「お邪魔します」

 きちんと一言述べた祐真に、梛は「いらっしゃい」と返事をする。二人が靴を脱いでいると、ゆっくりと透一郎がやってきた。

「お帰り。お疲れ様」

「うん。兄さんも根回しありがとう」

「君たちも、無事に晴季を連れ帰ってくれたね。祐真も、協力ありがとう」

「いや……」

 礼を言われた祐真は首をかしげて言った。

「とりあえず、晴季を寝かせてくる」

「あ、そうだね」

 梛はうなずき、祐真に抱えられたまま眠ってしまった晴季をベッドに寝かせた。一応、晴季にも自室が与えられている。


 梛が着替えてからいつも集まっているリビングに行くと、なぜか透一郎と祐真が夕食の準備をしていた。正確には、食器を並べていた。

「……祐真さん、食べてくの?」

「誘われた」

「なるほど」

 うなずき、梛もてきぱきと料理を出す。佐崎さんが作ってくれてあって、今日はロールキャベツだった。晴季には起きてきたら食べさせよう。


「みんなから聞いた話を総合すると、晴季は今朝、学校に入ったところで千場に声をかけられ、その場で連れ去られる。倉庫でほかの子たちと一緒になったけど、何かの拍子に殴られそうになった。それを、春の女神が見つけて神域に保護。千場は突然晴季が消えたことに驚いて、子供たちを地下室に隠し、自分は逃走。警察が動いていることに気づいて戻ってくるも、その場で逮捕される。ざっとこんな感じ?」

「おかしなところはないと思う」


 祐真も梛の話を肯定した。かなりはしょったが、おおむねこんな感じだ。ちなみに、食事をしながらの報告である。そこで思い出して付け足した。

「あ、パーカーは洗って返すね」

「別にそのままでも構わん」

「祐真、ちょっと変態みたいだよ」

 がん、と祐真が衝撃を受けた表情になった。梛はちょっとあきれて「祐真さんからかうのやめなよ……」と言いながら箸でロールキャベツを小さく裂いた。

「とにかく、思惑はどうあれ春の女神は晴季を『助けた』わけだから、お礼をしに行かないと」

「神の恨みは怖いからね。桜がご神体なら、桜が咲いている間に行かないとね」

 透一郎の指摘に、梛は桜が咲いているであろう時期を逆算する。遅咲きの桜ではあったが、あと数日中には散りゆくだろう。ということは。

「次の休みかな」

「そうだね。祐真も予定空いてる? 一緒にお礼参りに行くよ」

「いや、兄さんが言うと違う意味に聞こえるんだけど」

 正確な意味ともちょっと違うが、やることは同じなのでかまわないだろう。祐真も予定が空いているようで、うなずいた。

「ただし、その日の晩は討伐当番だ」

「ああ、逢魔が時までには終わるから大丈夫だよ」

 普通に夕方と言えばいいのに。そう思いながら、コンソメスープをすする。


「というわけで梛。舞をひと差しお願いね」


 ロールキャベツを食べようとしていた箸が止まる。梛は視線を上げて兄を見た。

「え、私がやるの?」

「他に誰がやるの」

 逆に問い返されて、まあ、自分しかいないな、と自己完結した。たぶん、あの女神は、梛が探しに来たから晴季を返してくれた。晴季のことは、水気をもつ七歳の子供ということで、目に留まったのだと思う。もしかしたらその先に、木気を持つ梛の姿が見えていたのかもしれない。となると、舞うのは梛しかいない。

「俺が三味線を弾こうか」

 琵琶でもいいが、と祐真。そういう問題ではない。そういう問題ではないが。

「じゃあ、せっかくなので」

「なんで他人行儀……」

 少し寂しそうに祐真が言うのを見て、透一郎が笑った。













 怪奇対応機密局から話をまわしてもらって、例の倉庫への出入りの許可をもらった梛たちは、倉庫裏の祠に来ていた。晴季も一緒だ。実際に助けられた彼が、ちゃんとお礼を言わなければならない。


「ありがとうございました!」


 素直な晴季は、透一郎に促されて桜に向かって元気いっぱいに頭を下げた。その桜の木の根元に、春の女神は腰かけていた。どうも、梛以外には見えていないようだ。晴季にも見えていないらしい。

 シャン、と祐真が琵琶をかき鳴らす。結局、透一郎との相談の結果、琵琶になったそうだ。梛は桜柄の扇をぱっと開いた。彼女がまとう古式ゆかしい巫女装束がひらりと揺れた。

 信仰が薄まってきているらしいその女神は、梛の神楽を喜んでくれたようだ。母親が元神職とはいえ、梛自身は本職ではない。どうか、と思ったのだが、心配はいらなかったようだ。


 神楽を舞い終えると、春の女神は嬉しそうに拍手をした。音は聞こえない。女神はもう一度微笑むと、先日と同じように領巾をひるがえして消えた。

「……満足してくれたみたい」

「ならよかった。お土産ももらってしまったね」

 透一郎に指摘されて手元を見ると、持っていたはずの扇がなかった。代わりに、満開の桜の枝が握られている。

「あれ、祭具だったんだけど」

「お前の力が染みついていたんだね」

 だから、持って行かれた。梛の力は、水行よりの木行。春の女神と相性が良いのだ。代わりにきれいな桜をもらえたので良しとしよう。

 一応、支援祭祀部隊に連絡を入れておく。関係者のお礼参りは終わったので、後のことは何とかしてくれる……はず。


「女神様、姉さんに似てたねぇ」


 帰り支度をしながら、晴季が言った。えっ、と声を上げたのは梛だけで、祐真と透一郎もうなずいた。

「俺もそう思った」

「私も朧げにしか見えなかったけど、似ていたと思うよ」

 むしろ梛にはどう見えていた? と尋ねられ、彼女は困惑した。

「いや……ザ・女神、みたいな花のかんばせでしたが」

 少なくとも自分には似ていなかった。梛に似ているということは透一郎にも似ているので、梛が分からないとは思えない。

 梛だけ違うように見えている。つまりそれは、梛のほうが『本質』を見ているということで。


「春の女神は、私たちの前では本来の姿をとれないから、梛の姿を投影したんだろうね」


 とは透一郎の言葉である。梛の持つ千里眼は神域に近いのだろう。透一郎はそう締めくくった。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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