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春の桜【8】













 倉庫群に到着する。車を降りると、確かに警察がいた。近づいてきた警官に、梛と祐真は職質を受けることになった。


「こんにちは。君たち、学生? 今ここ、立ち入り禁止なんだけど」

「知っています。私は怪奇対応機密局の水無瀬梛です。こちらは同じく、瀬名祐真。少年神隠し事件の調査に協力させてください」


 所属を示す手帳を示しながら、梛は微笑んで言った。我ながら笑顔が胡散臭かったかもしれない。どちらかというとさっぱり竹を割ったような性格の梛だが、透一郎の妹でもあるゆえに。

 こちらも透一郎が話を通していたらしく、ちょっともめたが許可が下りた。さすがの梛も眉を顰める。

「祐真さんじゃないけど、確かにうちの兄、怖いよね……」

 どこまで見ているんだろう、と梛がつぶやくと、祐真は彼女を見下ろして言った。

「俺は時々、梛のことも怖い」

「ああ、たまに私を見てびくってしてるもんね」

 祐真が小心者だとは思わないが、ちょっぴり傷つく梛であった。

 ふと、気が付いたのは梛だ。


「ねえ、祐真さん」


 ちょいちょいとジャケットを引っ張られた祐真は梛が示す方を見た。ゆっくりと顔がしかめられる。

「……怪しいな……警官を呼んでこよう」

「お願い」

 明らかに怪しげなフルフェイスのヘルメットのバイクの男がこちらを見ていた。めちゃくちゃ怪しい。バイクにまたがっているからわからないが、背は祐真より低いだろう。こげ茶のライダースジャケットを着ている。


 バイザー越しに目が合った。気がした。いや、梛からは見えないけれども。


 その途端、バイクが方向転換する。

「待て!」

 祐真に呼ばれてきたらしい刑事が怒鳴るが、それで止まれば苦労しない。そう思いながら梛は走り出した。刑事が「ちょっと!」と怒鳴ってくるが、それよりも祐真の声が耳に届いた。


「怪我をさせるな!」


 それに対して片手をあげた梛は、一気に踏み込んでバイクに追いつく。

「ちょっとお話を聞きたいんですけど」

 話しかけると、びくっとされた。それはそうだ。女子高生がバイクに追いついてきたら怖い。バイザー越しに顔を確認し、千場と思われたので拘束の魔法を使った。タイヤが空転し、前に進まなくなる。梛はバイクのハンドルを素手でつかみ、ブレーキをかけた。


「はい、終わり」


 いっそ朗らかに言うと、殴りかかられた。その腕をつかみ、バイクから引きずり下ろす。さすがに暴れられたが、梛は腕をひねり上げて放さない。


「怪我をさせるなと言っただろう」


 最初に走り寄ってきたのは、祐真だった。相変わらずおっとりと言われ、梛は苦笑した。

「怪我はさせていないよ。これ以上暴れるなら、肩の関節くらいは外すけどね」

 ひっ、とおびえた声が上がった。祐真は眉をひそめて「めちゃくちゃ怒ってるな」と言った。

「とりあえず、警察に引き渡せ」

「ん」

 祐真の言葉に従い、梛は男を警察に引き渡す。彼らは、バイクに追いついた梛にちょっと引いていた。仕方がないが、ちょっと傷つく。


 ヘルメットを外すと、やはり千場だった。警察が倉庫群の方へ連れて行き、子供たちはどこだ、と怒鳴るが、千場は答えない。黙秘権を行使するらしい。彼がここに来たことで、このあたりにいるのは確実なのだが。

 結局、ひとつずつ見て回ろう、となった警察に、梛は言った。

「左から三つ目、青の塗装の倉庫ですね」

「は?」

「そこがいわゆる『現場』です」

 きっぱりとした梛の言葉に、刑事が眉を顰める。梛は「私は『視える』人間ですから」と微笑む。すると、刑事たちの班長らしい人が言った。


「あきらめろ。その子がそこだというのならそうなんだ。理由を求めても俺達には理解できん」


 どうやらわかっている刑事が同行しているらしく、梛が指さした左から三つ目の青の塗装の倉庫に入る。シャッターを上げ、懐中電灯で中を照らした。梛と祐真はお構いなしに中を覗く。梛はもちろん、祐真も夜目が効く方だ。と、おもむろに祐真が歩き出した。


「祐真さん?」


 さすがに驚いて声をかけると、唐突に倉庫の中の電気がついた。どうやら、祐真がブレーカーを発見したらしい。


「……何もないな」


 戻ってきた祐真が言った。明るくなったことで、刑事たちが一斉に捜索を始める。梛はしれっとした祐真を見上げて少し首を傾げ、それから言った。

「いや、そんなはずはないよね」

 行こう、と梛は祐真の手を引っ張る。広い倉庫には、確かに生活感が残っていたが、確かに何もないように見える。

「……このあたりかな」

 梛は椅子とテーブルをどけると、何の変哲もなく見えるコンクリートの床を眺めた。しゃがんで軽くたたくと、取っ手が現れた。それを引っ張る。かなりの重量だが、お前は一般女性の倍は腕力があると言われた梛は、少々難儀しつつも床の一部となっていた扉を持ち上げられた。察してくれた祐真が隙間に手を入れ、あっさりと開く。

「隠し部屋!?」

「警部、ありました!」

 刑事たちが騒ぐ。彼らが懐中電灯で地下を照らすと。

「いた……! いました!」

 おびえたようにこちらを見つめ返す子供たちと目が合った。刑事たちがてきぱきと梯子を下ろして救出を始める。十二歳の中学生と、九歳の小学四年生、八歳の小学三年生。その、三人。


「待って。三人だけ?」


 梛が刑事たちが保護した少年たちを見て言った。みんな、かわいらしい顔立ちをしている。地下に降りていた刑事が「三人だけです!」と梛の声を聴いて返答をくれる。梛は駆け寄って最年長の少年に尋ねた。

「もう一人いなかった? 七歳の子なんだけど」

「水無瀬さん!」

 刑事が梛を引き離そうとする。祐真が梛の肩に手を置いた。少年はちょっと困ったような表情で「いた」と答えた。

「今朝、連れてこられたけど、あいつに殴られそうになって。そしたら、いなくなってて。ごめんなさい」

「……いや。ありがとう」

 梛は少年を解放すると、震える手でインカムのスイッチを押して通話をつないだ。

「兄さん……晴季がいない」

『は?』

 その怒りのにじんだ低い声に、流石の梛も内心おびえる。しかし、すぐに尋ねた。

「晴季をさらったのも、千場で間違いなんだよね」

『ああ。けど、なぜそこにいないんだ……?』

「……」

 さすがの安楽椅子探偵にも分からないらしい。梛も動揺しすぎて考えがまとまらない。表情は変わらないが、頭の中は大混乱である。


「梛」


 だから、強めに肩を引かれるまで祐真が背後にいたことを忘れていた。というか、彼は一旦外に出て戻ってきたようだった。我に帰れば、刑事たちの「重っ」「でもあの女子高生開けてたぞ、この扉」という会話も聞こえてくる。うん、それは混乱させてしまって申し訳ない。

「裏口から出たところに、小さな祠と桜の木があった。神域に紛れ込んでしまったという可能性はないか」

「え……あ」

 おっとりとした口調で祐真に言われ、梛も落ち着いてきた。思い返せば、中学生の子も「いなくなってて」と言っていた。混乱して確かめられなかったが、『いきなり消えた』に該当するのではないだろうか。七つまでは神のうち、ともいう。晴季は四月末に誕生日を迎えるが、まだ七歳。しかも、神職であった母の血を引く晴季は、実は霊的能力が高い。しかも、末の『弟』だ。場合にもよるが、特に水気の強い水無瀬家では、兄弟の年下ほど霊力が強い。両親が生きている間にも、晴季神隠し未遂事件がなかったわけではない。


 それだけの思考を二秒で済ませ、梛は祐真の手を引いた。

「行く。どこ?」

 祐真が梛の手を引き、裏口へ案内する。外へ出ると、確かにほかの倉庫との狭い隙間に、祠と桜が植わっていた。梛は遅咲きの桜を被る祠を見た。

「……なんでこんなところに祠が」

「もともと、この祠が先にあったんじゃないか。そこに倉庫が建てられた」

「ああ……土地神の祠なんだろうか」

 あまり見ないが、桜がご神体なのかもしれない。祠を壊すのはなんとなく気が引けて、そのまま残したのかもしれない。遅咲きの桜も、流石に散り始めていた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


大人の男二人がかりでやっと開けられる扉を一人で開けた女子高生・梛。


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