春の桜【7】
梛が初等部の校門前に行くと、すでに車が待ち構えていた。青の何の変哲もない車だが、一応怪奇対応機密局の社用車である。
「あれ、祐真さん」
「……おはよう、梛」
「相変わらずちょっとずれてるね。おはよう」
おっとりとした運転手、祐真の言葉に、梛はちょっと落ち着きを取り戻した。するりと助手席に乗り込む。
「お願いされたのって祐真さんだったんだ」
「ああ……実験に行こうと思っていたら呼び出されて、何事かと思った……」
祐真が今春から勤め始めた研究所は、怪奇対応機密局の息のかかった研究所なので、こうした呼び出しが気軽にあるのだ。
「それでそんなに緩い格好なのか」
ジーンズにパーカーという。それでもなんとなく決まっているから、美形はずるい。
祐真は梛にインカムを差し出した。装着しろということらしい。そして、つながったのはオペレーターではなく兄だった。
『聞こえる?』
「兄さん?」
『うん。無事に合流できたみたいだね。このまま、私の言う場所に向かってほしい』
「了解」
答えたのはハンドルを握る祐真だ。年齢の関係で、梛は運転免許をまだとれない。指示された場所に向かう間、透一郎からの説明がある。
『警察に問い合わせてみたら、似たような事件がその近辺で三件起こっているね。地元の小学校の三年生と四年生。最年長が中学一年生。ここ二週間くらいのことだね』
「そういえばニュースで見た記憶がある」
誘拐とは違うので、すぐに小さなニュースになってしまったので、気に留めていなかった。
『現代版神隠しだそうだよ。まあ、神隠しなら、そうそう戻ってこられないけど』
「怒ってるのはわかった。ちゃんと晴季を見つけて連れ帰るから」
「お前すごいな……」
透一郎の剣幕に若干ビビっていた祐真は、感嘆を込めて梛に言った。どれだけ透一郎が怖いのだろうか。というか、祐真もインカムをつけているので、その声は透一郎に筒抜けなのだが。
「今向かってるのは、その、神隠しとやらがあった小学校だね? 私にすべての現場を見て回れと」
『ああ、そういうことだね。一応警察が調べているけど、梛に見てもらう方が早い』
「心得た」
校区は違うが、見て回れないほどではないだろう。午前中いっぱいはかかりそうだが。焦っても何にもならない。冷静に、冷静に。そう教え込んだ透一郎が一番冷静じゃない気がしたが、その点はひとまず置いておく。
まず、小学四年生の男子児童がいなくなったという小学校である。補足だが、すべて学校内で姿をくらましているらしい。松殿小学校は私立で、こちらの小学校は公立である。
「梛、待て」
車を降りようとした梛を、祐真が呼び止めた。着ていたパーカーを脱ぎ、差し出す。
「ブレザーを脱いで、こっちを着ろ。ジャケットもあるが、こっちのほうがましだろう」
「ああ……なるほど。ありがとう」
言われた通りいかにも学生服です! と主張しているブレザーを脱ぐ。代わりに祐真のグレーのパーカーを着た。スカートはそのままだが、まだましだろう。どうしても大きいので袖を引っ張り上げる。車を降りると、代わりにジャケットを羽織った祐真がじっと見つめてきた。
「……何?」
「いや……」
ふいっと目をそらされる。そこに、ずっと黙っていた透一郎からの声が届く。
『祐真。私の妹が可愛いのはわかるけど、変な目で見ないで』
「……婚約を整えたのはお前だ」
『それを言われると痛いんだけどね。二十歳までは許しません』
「どこの頑固おやじだ……」
透一郎を怖がりながらも意見しているという面では、祐真も梛と同じレベルだと思う。
ひとまず、小学校に許可をもらって一通り見て回ったが、何もなかった。次の小学校三年生が行方不明になっている校舎でも同じだった。ところで。
「これ、職権乱用じゃない? 大丈夫?」
梛がそう言ったのは、小学校への調査許可を、「怪奇対応機密局です」と言ってもぎ取っているからだ。神隠しなら管轄内だが、そうでないなら職権乱用のような気がする。少なくとも公私混同であるような気はした。
『ああ、大丈夫。『朧』がそもそも神隠しじゃないかって調査してるから』
支援祭祀隊『朧』は、その名の通り、直接戦闘を行わない支援部隊である。怪奇現象なんかを調べてお祓いで解決する。極端なことを言うと、そんな部隊。しかし、戦闘力がないわけではない。ある意味『陽炎』の隊員たちより怖い。
神隠しなら、確かに『朧』の領分であるが、逆に『陽炎』の二人が乗り出してきていいのだろうかという話でもある。しかし、考えても仕方がないので、そのあたりの折衝は兄に任せることにする。
最後の中学校も調べたが、本当に何も見つからなかった。ここで昼になったので、一度昼食をとろうと手近なカフェに入った。透一郎との通信も、一度切った。
「どうするんだ。何も見えないんだろう?」
相変わらずおっとりと祐真が尋ねる。梛は自分が少し焦り気味なのを自覚していたから、こののんびりした調子が少しありがたい。いら立つこともないわけではないが、彼の調子に合わせれば、たいてい頭は冷える。
「祐真さんだってわかっているでしょう? 私に見えないということは、魔法的な残滓は何もないということだよ。つまり、魔法やそれにかかわる何らかによって晴季がさらわれたわけではない、ということだね」
「魔法を使わない方法で、晴季は連れ去られた、ということか……まあ、不可能ではないだろうが……」
祐真が首をかしげる。注文した和風パスタとオムライスが届いた、パスタが梛、オムライスが祐真である。
「学校というのは閉鎖空間ではあるけど、不特定多数が出入りする場所でもある。小学生の体格くらいなら、たぶん、私でも運べるし」
実際に、梛は晴季を片手で抱き上げられる。連れ去るときにそんな真似はできないだろうが、運ぶことは可能だ、ということである。一人は中学生だが、一年生なので小学校から進学したばかりだ。それに、男子の中学一年生なら、まだ小柄な可能性が高い。
「怪しいのは、郵便配達、給食の配達あたりか……? 日々の用務とは別に出入りする人がいたら、ちょっとわからないな……」
祐真が思慮深げに言った。おっとりした彼は、見た目通り思慮深いのだ。いや、見た目は正統派美男子か……。
「そのあたりは兄さんに任せよう。実働部隊の我々には調べられないからね」
今頃、佐崎さんもこき使われていると思う。昼食を平らげ、デザートまで食した二人は、捜査に戻る。助手席に乗り込んだ梛を見て、祐真は表情を緩める。
「どれだけ怒り狂っているかと思ったが、落ち着いているようで、正直ちょっと安心した」
いざとなれば力づくで止める覚悟もしていたらしい。そうならなくてよかったという祐真だが、しかし。
「祐真さん。一つお願いがあるんだけど」
「なんだ」
「犯人を見つけて、殴りそうになったら止めて」
「……やっぱりお前って、彰次の妹なんだなって思うよ……」
ちょっとあきれた表情で言われた。
さて、話を戻して。透一郎はこの短い間に犯人について調べ上げていた。
『犯人はどうやら、千場という男だね。年齢は三十一歳。男子児童へのわいせつ行為で前科がある』
「何それ。ショタコンなの?」
梛の歯に衣着せぬ物言いに、透一郎が『祐真、ちょっと梛をはたいて』と頼んだ。さすがに叩かれなかったが。
「つまり、そいつが思い余って好みの男の子を誘拐しちゃいましたってこと? 私が全現場を調べて回った意味は?」
『とりあえず、魔法が関係してないってわかってよかったじゃないか』
「……」
ダメだ。このさわやかな笑みを浮かべる腹黒い兄に勝てる気がしない。
『勤め先は給食の食材配送の会社。毎日見ているのなら、怪しまれなかっただろうね』
「ついでに小さめのコンテナとかを持っていても、不自然ではない……車で連れ出したとしたら、配送ルートに子供たちを「隠した」可能性が高い……?」
「祐真さん。わかったから、考え事しながら運転しないで。怖い」
急ブレーキを踏まれて、流石に梛は青くなって言った。おっとり思慮深い彼だが、思考に能力を割きすぎないでほしい。
おそらく、透一郎は警察から情報をもらい、さらに監視カメラなどを調べ、すべての学校に出入りしている人物を調査。その中で該当する一人を見つけ出したのだろう。梛たちがすべての小中学校を見に行っている間に調べていたはずで、目星はついていたのだと思う。彼女たちが回らされたのは、透一郎の推理を裏付けるためだ。魔法を使わず、見慣れた人物が普段通りにしている中でさらわれたのだ、ということの。
「祐真さんの言う通りなら、この倉庫のあたりが怪しいかな……」
透一郎から会社の場所を聞き、梛は携帯端末で地図を開いて現在地を確認する。透一郎から『そうだね』との答えを得る。
『警察にも伝えてあるから、協力して助け出してね』
「……」
梛も祐真も思わず沈黙する。こちらに協力する気が合っても、向こうにもあるとはかぎらないのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
社用車ではなく、公用車かもしれない。




