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女神のささやき・12月【6】












 夕食の時間は変更できないので、透一郎に後で連絡する旨のメールだけ入れておいた。ついでに聞きたいことを箇条書きしておく。今頃透一郎は何が送られてきたのかと驚いているかもしれない。

 夕食も海の幸だ。首都近郊にいると食べる機会があまりないのでうれしい。そして、この一行はよく食べる。


「おいしい……酒が飲みたい」

「お前、酒が好きだよな……仕事中だぞ」

「わかってる」


 依織が表情を変えずに言うが、ちょっと残念そうだ。梛は祐真と向かい合ってひたすらカニを食べている。


「おい、そこのバカップル。こっちにもカニよこせ」

「あ、食べる? 弘暉さん延々とカニの殻むくことになるよ」

「うるせぇよ、よこせ」


 なんとなく兄妹のような梛と弘暉のやり取りを聞きながら、給仕の仲居さんが笑っている。梛が弘暉にカニを渡した。依織と双葉がカニの殻をむくとは思えないので、ここから弘暉は延々と向かい側にいる二人にカニを供給し続けることになる。


 カニがなくなってしまったので、刺身を食べる。何を食べてもおいしい。肉も柔らかい。出てきたばかりの山菜の炊き込みご飯もおいしい。ひたすら食べているので、梛と祐真は静かである。


 梛と祐真がデザートまで平らげても、隣はまだ騒いでいた。


「お兄ちゃん、カニの身が出てこない……」

「あ、肉が引っ付いてる」

「お前ら……」

 弘暉が妹のカニの身を取り出しているので、梛は隣に座る依織の一人用鍋にくっついた肉を取ってやった。

「梛、今度から真ん中に座ればいいんじゃない?」

「別にいいけど、祐真さん的にはそれでいいの?」

 ほほえまし気に梛を見ていた祐真がそんな提案をするので、梛は祐真にツッコミを入れた。一応、二人は恋人同士なのだが、祐真はそれでいいのか。

「……よくはないな」

「そこ! のろけてないでこっちを何とかしてくれ……」

 弘暉が訴えるので、ひとまず梛と祐真は立ち上がって、あたりに飛び散ったカニの殻を集めはじめた。















 にぎやかな昼食を終えた後、温泉に行く前に透一郎に連絡を取った。連絡を待っていてくれたらしく、すぐにつながった。ちなみに、端末からの映像通信だ。


「こんばんは」

『こんばんは。勢ぞろいだね』


 画面の向こうから、透一郎がそう言って微笑んだ。写真写りがいいのか、無駄に男前に見える。

「夜にごめん。メール、見てくれた?」

『見たよ。とりあえず、詳しい資料については梛の端末に送るから、それを見てね。ざっくり説明すると、鳴山城は、祠の後に作られたものだね。もともとは、その山をなわばりにしていた漁師や木こり、農民が祠を世話していたようだけど、戦国のころになってそこに城が作られた。まあ、戦略上の問題だろうね。見晴らしがいいから』

 確かに景色はよかったけど。

「それで入ってきたのが篠崎氏? 祠を壊さなかったんだね」

『篠崎氏はもともとそのあたりを治めていたからね。伝承を知っていたんだろう。ただ、本気で信じているわけではなかったのかもしれない。那樹姫の話は聞いた?』

「ああ、うん。なんだかとても親近感のわく名前だよね」

『引きずられないようにね。誰も、彼女の言葉を信じなかった。まあ、カサンドラ症候群のようなものだね』


 透一郎がそう言うので、梛は思わず弘暉を振り返った。弘暉は苦笑して、「お前ら、兄妹だな……」とつぶやいた。そうなるか。


『どうかした?』

「ううん。続けて」

『うん。姫の言葉が信じられなかったのは、誰もその伝承を信じていなかったからじゃないかな。姫の言葉が現実とは思えなかった、というか。そのことから、山の女神への信仰が薄れていたことがうかがえるよね』

「なるほど」

 つぶやいたのは梛の隣で話を聞いていた依織だ。陰陽師の彼女からしても、この推測は矛盾しないようだ。

『だから、山の女神は那樹姫を使って警告を発していたのだと思うけど……少し話がそれるけど、聞いてくれるかな』

「聞く」

『素直でよろしい。少し後の時代になるけど、玉江の城主・志摩氏の話は知ってる?』

「知ってる? 兄さん。ここに歴史学者はいない。半数が理系だよ」

 と梛が言って見せると、そうだね、と透一郎が苦笑した。


『まあ、志摩氏という一族が玉江を治めていたんだけど、この一族は龍神を祀っていた。この志摩氏が、一度城を追われて領地を離れたことがある』


 戦国の世ならよくあることだ。だが。


『結局、志摩氏の誰も、この玉江を治めることができなかった』

「ねえ、間飛んでない?」

 思わずツッコミを入れる梛に、透一郎は説明してくれた。

『志摩氏の手を離れている間、玉江は戦火が絶えなかった。不当に城を占拠したものは、必ず追い出された。このことから、龍神が志摩氏以外を受け付けなかった、ととらえることができるよね』

「よね、って……」

 では、同じことなのだろうか。祀られていた間は抑えられていた厄災が、軽んじられるようになると浮き彫りに現れる。鳴山城……というか、那樹姫の怪物退治も、玉江から志摩氏以外が追い出されたことと同じなのだろうか。

「……じゃあ、少なくとも、戦国時代に怪物は現れた?」

『那樹姫は実在する人物だ。神代の時代はわからないけど、その時代は、そうだね』

「鳴山城が廃城になったのはこの時?」

『もう少し後だね。武宮氏が篠崎氏を臣下にして、篠崎氏は山城を降りてる。うがった見方をすれば、「自分を祀らない一族など不要」と山の女神が山から降ろしたのかもね』

 それは確かにうがった見方だ。だが、決してありえなくはない。説明できない力、というものは確かに存在するのだ。


「じゃあ、それ以降、あの祠は祀られていない?」

『戦後に信仰が薄れたみたいだね。それまでは、割と丁寧に世話をされていたんじゃないかな。そのあたりは空襲もなかったようだしね』


 推測の域を出ないが、重要なのは、そこに確かに山の女神がいて、代わりに祀ってくれる存在を探していて、今、怪物が襲ってくることを警告している。趣旨とは違ってくるが、これは対処するしかないのではないだろうか。

『その場にいるわけじゃない私が話せるのはこれくらいかな。また必要なものがあれば連絡してくれ』

「わかった。兄さんありがと」

『梛、本当に気を付けるんだよ。少なくとも君の『千里眼・水鏡』は神代の域に近いんだからね』

「わかってるって」

 じゃあね、とほぼ一方的に通信を切る。切ってから、「ほかに聞くことあった?」と聞いた。


「いや……そうではないが」


 依織が口を開いたのは、夜にもう一度鳴山城に登った時だった。すでに九時を過ぎているが、五人そろって出てきた。そう言う人はたまにいるらしくて、旅館の人には遅くなりすぎないように、と言われた。なお、昼の反省を踏まえ、八合目まで車で上がってきた。


「初めて会ったころ、透一郎さんがあんなにシスコンだとは思わなかったな、と」


 突然話が飛んだ感じで、梛は一瞬眉をひそめたが、すぐに「ああ」とうなずいた。先ほどの透一郎との通信の後、依織が言いたかったことがこれだろう。

「依織ちゃんと初めて会ったの、五年くらい前だっけ。兄さんが一番荒れてた頃だもんね」

「俺はいつ梛が兄貴殴るかとひやひやしてたけどな」

 これは弘暉の言葉である。梛自身もよく殴らなかったものだ、と思う。今なら絶対殴っている。それだけ今は信頼関係があると言うことだが、当時もぶん殴って説教くらいかましてやればよかった。だが、当時の梛はしがない中学生であった。


「正直に言うと、あの頃、弘暉と梛が付き合っているのだと思ってた」


 依織が恐ろしいことを言い始めた。さらに「実は俺も」と祐真も同意する。え、そうなの?

「まー仲良かったもんね。梛も大人っぽかったし」

 双葉もそう言って笑うが、弘暉は眉をひそめた。

「馬鹿言うな。五歳も年下だぞ。子供だ子供。妹みたいなもん」

「そうだねぇ。彰次兄さんと同い年だからね、弘暉さん」

 多分、梛も弘暉を兄のように慕っている。透一郎に甘えられなかったせいもあるし、弘暉が彰次と少し似たところが会ったからだと思う。

「……俺も梛と五歳差なんだが……」

 祐真が戸惑ったようにそんなことを言った。当然である。年齢差は埋まらない。

「ここまで来たら、もう誤差の範囲だよ。大丈夫。私は祐真さんが変態でも好きだよ」

「……泣いていいか?」

 祐真が本当に泣きそうな顔で言った。ちょっと反省した。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


急に持ち上がる祐真の変態疑惑(笑)

透一郎が例に出している志摩氏の話は、『春来る湖の城』の話。


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