ユキ
「私は試作有機修復戦闘人形。私を救ってほしい」
一本向こうの滑走路からBAが飛び立った。
ブースターの噴射音がやけに響いて聞こえる。
まるで彼女の言葉をバートに届かせまいと、空気が抵抗しているかのようだった。
『BAに轢かれて無傷って、それホントに人間なのか』
と今朝ジンに言われたのを思い出す。
人形。
彼女は確かにそう名乗った。
バートも考えてはいた可能性、しかし最もそうであってほしくなかった可能性だった。
それならいっそ、私はあなたの妄想だといわれたほうがマシだったと思えるほど。
「信じられなくても無理はない。証拠を見せる」
バートの沈黙を別の意味にとった少女はそう言い、自分の服に手をかける。
「いや、信じてないわけじゃない。証拠なんて昨日のあれで十分だ」
バートはそれを手で制して首を振る。
「ただ、頭が理解したことを心がなかなか納得してくれないだけだ」
大きく一度深呼吸して冷たい空気を肺いっぱいに満たす。
夜の冷気に、体の芯がキンと冷やされるのを感じた。
「それは信じていないのではないのでしょうか?」
少女はよく分からないといったように首を傾げる。
人形と告げられてなお、バートはその仕草をとても愛らしいと思った。
「信じたくないってゆうのが正しいかな。……俺にもよく分からない」
「つまり信じていない?」
「……信じるさ。ただ、一つだけ聞かせてくれないか」
「なんでしょう」
「さっきの有機修復……人形?「試作有機修復戦闘人形です」それだ。それが君の名前なのか?」
バートは真剣な表情で訊ねた。
「私の開発者たちは私をそう呼びます。しかしそれは正確には開発計画の名であり、私自身にあなたの言う意味での名はありません」
少女は顔色一つ変えずに答える。
「そうか……」
バートの声は意識せず低くなっていた。
少女は自分を人形だといい、実際昨日(正確には一昨日だが)には人間には不可能な現象を起こして見せた。
確かに彼女は人間ではないのだと思う。
しかしだからといってバートは、彼女が機械だとも思わなかった。
なぜだかは分からない。
ただ、彼女が平気な顔で自分には名前がないと言ったことに、強い怒りを感じた。
「ユキだ」
「はい?」
「名前だ。有機からウをとってユキ」
「その、名前というのは、私のでしょうか」
少女は戸惑ったように聞く。
その反応をみて、やはり彼女は、いやユキは機械ではないと確信する。
もちろん物理的には機械、もしくはそれに準ずる存在なのだろう。
しかしその精神に、人間との差があるとは、バートは全く感じなかった。
「そうだ。勝手で悪いが、俺は今から君をそう呼ぶ。ユキ」
「……そうですか。私の、名前……」
「ああ」
「……ありがとう。その,嬉しい……です」
ユキは今まで一度もそらさなかった目線を地面に向け、小さく呟いた。
その頬が朱く染まっているように見えて、バートは目を擦ると、その時にはすでに再び顔は上げられていた。
しかしバートは今のが見間違いでないと分かっていた。
ユキの顔に、初めて小さな笑顔が浮かんでたからだ。
その後しばらくユキから話を聞き、バートはおおよその状況を理解した。
ユキはある研究機関で育てられた、機械と人間が混ざり合った肉体を持つ戦闘用の人形であること。
人間と同じように食事したり成長したりするが、人間には無い様々な機能が搭載されていること。
特にメインの「修復機能」は、戦争の引き金にすらなりうる技術で、逃げ出したユキを機関は追っているということ。
身体に仕掛けられた発信機に昨日気づき、それを破壊する為にバートに轢かれたこと。
にわかには信じがたい話だったが、昨日の出来事を知るバートはむしろ納得もしていた。
ユキが何かしらの能力を持っていたとして、機体の前に飛び出してきた理由が分からなかったからだ。
まさかそんな理由だったとは思いもしなかったが、それでもバートはユキの話が真実なのだろうと思った。
「それで、修復機能ってゆうのはつまり」
「はい。字の通り、自身の損傷を修復する機能です。私の肉体は、何らかの原因によって本来と異なる状態に置かれると、元通りになろうとする力が働きます。具体的には、付けられた傷は一瞬で癒え、昨日のように原形を留めないほどに破壊された場合でさえ、数秒で元に戻ります」
「なるほど、そりゃ確かに戦争にもなる……」
バートは背中に冷や汗をかく。
ユキを作った「研究機関」とやらは、相当に危険な技術を生み出してしまったようだった。
「今はまだ私のように胎児のころから肉体操作を重ねることでしか実現できない能力ですが、将来的には後天的な手術一度で同等のことが出来るようになるでしょう。そうなれば手術を受けた一部の人々が世界を牛耳る支配階級になるか、或いは更に破滅的な結末が待ち受けているかもしれません」
ユキの表情はどこまでも真剣だった。
バートはそこまでの危機感は抱かなかったが、それでも確かに時代を変える可能性のある技術だとは理解する。
「つまりその研究を止めるためにユキは逃げ出してきたのか?」
「その通りです」
「そうか……」
正直なところ、バートはどうするべきか悩んでいた。
研究の実験台にされるのに耐えられなくなって逃げてきたということなら、バートはユキを保護することに何のためらいをない。
しかしそうではなく、危険な研究を止めてほしいとなれば話は変わってくる。
技術者の父を持つバートは、どんな内容であっても技術開発は止めるべきではないと考えていた。
止めるべきは技術の悪用であって、研究そのものではない。
事ここに至り、バートはユキの願いを断る選択肢を考えざるを得なくなっていた。
「どうか私も守り、五十嵐博士のもとへ連れて行ってもらえないでしょうか」
だからその言葉を聞いたとき、思わず
「えっ」
と間抜けな声を上げてしまったのも、別にバートのせいではなかった。
「……そんなことでいいのか? てっきり研究所を襲撃して職員を皆殺しにしてくれって頼まれるのかと」
思わず聞き返す。
(どうゆうことだ。研究を止めるんじゃないのか。)
バートはさらなる混乱に襲われた。
「なぜ私の育ての親を殺すのです。これだから野蛮な傭兵は」
急に人間らしくなり蔑みの視線を向けてくるユキに、バートの思考は完全にストップした。
「その、研究を止めるん……ですよね?」
十以上年下であろう少女に敬語になってしまう。
「だからって殺す必要はないでしょう。彼らが諦めてくれればすむ話よ」
「ああ分かった、分かったから。口調を戻してくれ」
「承知しました」
とたんに元の無機質な声になるユキ。
バートにはもう何が何だか分からなかった
とにかく、ユキは怒らせないようにしよう。
それだけをを心にしっかりと刻んだ。
「では、機体に搭乗してください。追手に見つかったようです」
「そうなのか?」
周囲に他の機体は見えなかったが、言われた通りにする。
彼女に逆らってはいけないのだ……。
「そういえばユキの機体はどこだ?」
「逃げてきた時に乗っていたBAは壊されてしまいました。あれは私と違って脆いので」
(そりゃそうだろうさ)
バートは心の中で突っ込みを入れ、
「なら早く来いよ」
とユキに手を差し出した。
二人なら、コックピットに収まらないこともない。
「いえ、流れ弾が来たとしても問題ありませ「よっと」んからっ!?」
ユキが何か言っているが気にせずお姫様抱っこで持ち上げる。
『いいかバート。なんだかんだ言っても女ってのは抱っこすりゃあ大人しくなるもんだ』
やけに上から目線で言ってきたジンの昔の言葉を思いだす。
「……!!!」
先ほどよりはっきり頬を染めたユキは確かにすっかり静かになっていた。
(流石ジンだ。伊達にいい顔してるわけじゃない)
今頃歓楽街を満喫しているであろう友人に向けて、バートは親指を立てた。
愛機に乗り込みハッチを閉める。
膝の間にユキを挟んで、何とかコックピットに座った。
「あ、相手が有効射程距離に入るまで、あと十秒……」
朱くなったまま、小さな声で教えてくれるユキ。
バートもすでに敵影をモニター越しにしっかり捉えていた。
「一、二……三機か」
戦闘システムを起動しながら、バートは楽しそうに呟く。
相手が一斉にライフルを掃射してきたのに合わせブースターを吹かし、
「行くぞ、相棒!」
ジャガーMkⅡを一気に加速させた。
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