約束の場所で
勝負が引き分けに終わった二人は、どちらが奢るわけでもないので、結局同じ宿で昼食をとった。
普段通り合わせて八人前を平らげると、ジンは用があると出かけて行った。
ジンと違いすることのないバートはせっかくの宿だと仮眠することにしたが、先ほどの戦闘で高ぶった体が邪魔してまるで寝付けない。
十分ほどベットの上で粘ったが、どうやら今は寝れないようだと理解すると、仕方がないので散歩にでも行くことにした。
傭兵は自由な職業である。
依頼さえ受けなければ蓄えがなくなるまで遊び続けられるし、仕事中でさえ依頼主を選べばかなり好き勝手することができる。
実際バートはここ数年、大きな仕事をしては数か月遊ぶのを繰り返して生きていた。
そういう意味ではバートは人に羨まれる人生を送っていたが、本人からすれば遊んでいると思われている期間はしたくとも仕事がなかっただけで、遊んでいるという意識は全くなかった。
スカウトライン社の入社試験に来たのも、ここならより安定して仕事が手に入るからに他ならない。
スカウトライン社の看板は、しょっているだけでクライアントからの信用を得うるのだ。
特にあてもなく出かけたバートだが、クエストカウンター――各地からの依頼を社員に斡旋している受付――と思しき建物を見つけると、誘われるようにそこに入っていく。
一階は休憩や待ち合わせのためのスペースのようで、人はまばらだった。
バートはすぐに興味をなくすと、隅に設けられた減重力フロアに向かった。
そこだけ天井がくりぬかれ、二階とつながっている。
軽く床を蹴ると、人工的に上向きの加速度を生じさせることによって弱められた重力はバートを引き留められず、体が宙に浮かぶ。
そのまま空中を漂って二階の高さまで上がったバートは、今度は壁を蹴って二階の床に進んだ。
減重力フロアを抜けた瞬間重力が復活し、バートは自分の足で床に立つ。
同じようにして次々に階を上がっていくと、四階からは様々な依頼がモニターに表示されていた。
依頼の難易度は、全宇宙戦力評価システムの個人ランクで表される。
たとえば「C×3」であれば、個人ランクCの傭兵三人でチームを組み行うのが適正であるという意味になる。
しかしこれはクライアントからの情報をもとにマニュアルに沿って決定される大雑把な基準であり、あくまでも目安である。
実際には、クライアントが把握していない敵戦力があったり、逆に敵を過剰に評価していることがあったりと、あてにならないことも多かった。
ここに表示されている依頼はすべてスカウトライン社に出されたものなので、社員でないバートは受注できないが、眺めているだけでもどの地域からの依頼が多いかや、どの勢力とどの勢力とが敵対しているのかなど役に立つ情報がいくらでも手に入った。
バートは時間を忘れてモニターを眺めていたが、ふと隅に表示された依頼が目に留まった。
「家のBAに乗って娘が家出したので、連れ戻してほしい」という今の時代ではありふれた内容だったが、バートが興味をもったのはその難易度だった。
「S」
とても内容に釣り合っているとは思えないそれに、思わず首をかしげる。
全宇宙戦力評価システムの個人ランクは主に過去の戦績によって決定されるが、およその目安として「同ランクの三人を同時に相手にして勝利できるようになると昇格」というのがある。
つまりSランク傭兵は、Cランク傭兵二十七人を相手取って勝利できるだけの戦力を持っているわけだ。
もちろんそんな化物は滅多にいないが、全くいないわけでもない。
しかし一般にランクが上がれば報酬も相応に多額になるものであり、詰まるところこんな些細な事案にSランクは出張って来ないというのが常識だった。
「事務方がミスしたのかねぇ」
結局はっきりしたことは分からず、クエストカウンターを出るころにはバートはこの奇妙な依頼のことをすっかり忘れていた。
外に出ると日は既にかなり傾いている。
意識していなかったが、随分長い時間中にいたらしかった。
宿に寄る時間はなさそうだと判断し、離発着場行きの軌道シャトルに乗り込む。
十分とかからずたどり着いたそこは、昨日の夜から何も変わっていなかった。
滑走路の脇に寄せておいた愛機に歩いていく。
「いつ見てもイケてるな、相棒」
夕日に照らされた銀鼠色の機体に呼びかけ、ハッチを開く。
パイロットシステムが起動し、いくつかのモニターが明るく光った。
コックピットに座り、沈んでいく夕日をぼーっと眺める。
ハーバーを買っておくべきだったと、空の箱を見てふと思った。
「今こうしているのも昨日あの娘に会ったからなんだよな」
一日前の出来事を思い出し、頬を緩める。
あの不思議な現象の説明を、彼女はしてくれるだろうか。
そんなことはどうでもいいと、バートは思った。
とにかく、また会いたいと。
会って、名前を教えてくれればそれでいい。
そうすれば、彼女のためにどんな償いでも出来ると、バートは信じていた。
それから一時間経っても、三時間立っても、バートは目を凝らしていた。
とうに昨日のあの時間をすぎていたが、それでもバートは動かなかった。
もうすぐ日付が変わる。
(今日が終わるまで残り数分か)
そんなことをぼんやりと考えたバートは、しかし次の瞬間ついに見つけた。
滑走路のど真ん中、昨日の場所。
ついさっきまで誰もいなかったそこにすっと立つ少女と、目が合う。
バートはブースターをふかし、あえて機体に乗ったまま彼女のもとへ向かう。
昨日と全く同じ状況。
違うのは、バートが機体を彼女の三メートル手前でピタリと止めたことと、遮る雨雲のない月が、二人を美しく照らしていることだけだった。
バートはコックピットから飛び降り、彼女と向かい合った。
「久しぶり」
声をかける。
「まだ一日しかたってない」
無感情なあの声が返ってくる。
それだけのことが無性に嬉しくて、バートは自分の顔が笑みをつくるのを止められなかった。
「そうだな。今日は償いをしに来たんだ」
今度はもっと大きな声で、彼女の青い瞳を見つめながら言う。
「知ってる。貴方は待っていてくれた。だから私も答えよう」
その視線をまっすぐ受け止めながら、彼女は言った。
「私は試作有機修復戦闘人形。私を救ってほしい」
バートを腕時計が、ちょうど十二時を指した。
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人工天候システム
その名の通り、人工的に地球の天候を再現するシステムである。
宇宙開発の初期にはすでに開発されていた。
恒星がエネルギー資源として利用されるようになったことでその光が惑星に届かなくなることへの対策として生み出されたもので、初めは昼と夜を作り出すだけだった。
宇宙開発が進められるに伴い改良が重ねられ、天候や四季を表現できるようになった。
自転周期が地球と異なる星でも地球と同じペースで昼夜が訪れるのも、このシステムのため。
本文中に登場する夕日や月も、実際にはこのシステムによって再現されたものである。




